ラウザ・ロジャー①
僕には姉が二人いる。一人はとにかく優しく腰が低い。年下である僕ですら心配してしまうほど、自分を下に見ている姉様。もう一人はとにかく人を振り回す。両親や使用人が頭を抱えている姿を何度も見たことがあるほどだ。けれど、人一倍強情で、期待以上の成果を出す姉さん。
そんな正反対の姉達だが、二人はかなり上手くやっている。僕も二人と仲良く付き合っていきたいと思っていた。けれど、実際はそうもいかなかった。姉さんはただの一度も僕を見ていなかった。僕と二人でいる時も、常に姉様のことを気にかけていた。
姉さんの格好も、剣や魔法の腕も全てが姉様の為だって皆言っている。昔は怪我をしてでも姉様に会いに行っていたと聞く。きっと姉さんは僕に対してなら絶対にそんなことはしないだろう。だって、姉さんは姉様しか見ていないから。その目が怖くて、見て欲しくて、姉さんに迷惑をかけてきた。でも、結局見てくれなくて、ため息をつかれて、怖くなった。姉さんは僕を嫌ってしまったのではないかと。一度そう思い込むと、姉さんの目が、態度が、僕を嫌っているようにしか見れなくて、これ以上取り返しのつかない事になることを恐れて、僕は姉さんと距離を取った。
分かっている。姉さんはそんなこと思っていないって。でも、そう楽観的に考えて、本当は嫌っていたらと思うと、嫌われていると思っていた方がましだと考えてしまった。
姉さんが僕のことを気にかけているということは分かるけど、どうしても姉様の存在を気にせずにはいられなかった。
「ラウザ? 大丈夫?」
「──だ、大丈夫です。それより姉様、毎日僕の部屋に来なくても良いんですよ。夜まで勉強をしているということは僕の耳にも入っているのですから」
「私のことは気にしないで」
「気にしますよ。姉様も少しくらい自分のことを大切にしてください」
「大丈夫だよ。私はお姉様とラウザが笑って過ごしてくれるだけで良いから」
「姉様も笑わないと姉さ──僕も笑えないです……」
姉様は寂しそうに微笑んでいる。僕の前で姉さんの話をすることは無くなった。僕が耳を閉じてしまうから。姉さんのことを誰が何と言おうと、あの目を見ると怖くなる。自信がなくなってしまう。
「私はね、皆が笑ってくれたら私も嬉しいの。だから、そんな顔しないで」
姉さんに大事にしてもらえる姉様のことを羨んだことがないと言ったら嘘になる。でも、姉様になりたいかと問われれば僕は頷けない。僕は姉様のように優しくいられないから。だから僕は、せめてこれ以上姉様に迷惑をかけないように振る舞う。姉様にだけは嫌われないように。
「はい!」
「うん、素敵だよ、ラウザ」
屋敷がいつもより騒がしいと思ったら、姉さんの十歳の誕生日の準備のようだ。それと、剣術が認められたとのこと。
「聞きました? ヴィリアラお嬢様、剣術を認められたそうですよ。ずっと剣術に励まれていましたからね。ようやく報われたようでなによりです」
「凄いですよね、認められるなんて。たとえ成人したとしても認められる人なんてほんの一握りだと言われていますのに、十歳のお誕生日の直前に認めてもらえるなんて。ヴィラアラお嬢様、普通の自主練に加えて私達の仕事も一番頑張ってこなしていましたものね」
「そうですね。でも、今回の件を機に私達の仕事をしなくなってしまうのではないかと少々不安ですね。ヴィラアラお嬢様と接する事ができる貴重な機会ですから」
「ヴィリアラお嬢様の事ですから絶対続けますよ。あの方が途中で何かを投げ出した事なんてありませんから」
「それもそうですね。少し安心しました」
「あなた、今言ったこと以外にも理由があるのではなくて? ヴィリアラお嬢様に甘えているのではないですか?」
「ヴィリアラお嬢様がいらっしゃると仕事が早く終わるんですもの。甘えたくなりますよ。あなただっていつも助かるって言ってるじゃないですか」
「それもそうですね」
姉さんが褒められているのを聞くのは嬉しい。僕も姉さんの努力とかは陰ながら見てきたから。
けど、もっと嬉しいのは──
「ありがとう、ラウザ」
姉さんにありがとうと言われることだ。やっぱりまだ、目を見るのは怖いから、どんな表情をしているのかは分からない。でも良い、声が弾んでいることくらいは分かるから。
僕が部屋で本を読んでいると、執事が声をかけてきた。
「何?」
「ヴィリアラお嬢様が王宮騎士団団長と手合わせをするようですが、拝見なさりますか?」
僕は本を閉じて立ち上がる。
「どこ?」
中庭だというから、僕は上から見下ろすように姉さんを見た。その時気づいた。姉さんが王宮騎士団団長をまっすぐ見ていることに。我が家の護衛隊の隊員の時は余裕があるのか他のことにも気を配っている姉さんだったが、あの人は違う。一切の油断なく、あの人だけを見て戦っている。
「そうか、そうなのか」
「ラウザ坊っちゃま?」
──僕も剣で強くなれば、姉さんに手強いと思わせれば、まっすぐ僕だけを見てくれる。そしたら、姉さんと真っ直ぐ話せるようになるかも!
僕は五歳の誕生日を迎えた時、両親に剣術を習いたいと直訴した。しかし──
「もう少し大きくなってからにしような」
「どうしてですか! 姉さんは僕と同じ歳にもう剣術を始めていたと聞きましたよ!」
「ヴィリアは特別です。あの子は一度決めたら私達が首を横に振ろうと勝手に始めてしまうのです」
「ですが!」
「妹に会いたい一心で、齢三つにして短剣を持ち出し、石と併せてドアを一つ破壊するほどの子。そんな子が剣術をやりたいと言い出したのだ、無断で剣の一本二本持ち出して、勝手に振り回し始めたとしてもおかしくない。いや、確実にする。そうなって怪我をされるくらいならと、諦めてもらう前提で厳しい教官に稽古をつけてもらった。結果、あそこまで成長したのだがな」
「た、たしかに僕は姉さんのように勝手に始めたりしませんが、でも、姉さんは今、認められるほどの実力を身につけているではありませんか! それは、早くから始めていたからではないのでしょうか?」
両親は一度顔を合わせ、少々厳しい顔付きになった。
「では、ラウザにいくつか問おう。それらができるというのなら、剣術の件は前向きに考える」
「本当ですか⁉︎」
「本当だ。まず初めに、ラウザは自身の危険を顧みず、たった一人に会う為に、上階の窓から窓へと移り、その人に会うことはできるか?」
「窓から手を滑らせて地面に落ち、その結果足を折り、病にうなされたとしても、諦めずにまた同じことを繰り返そうとしますか?」
「そ、それは……」
「剣術を始めるとして、剣術の先生にどんなに理不尽な量の特訓を言われたとしても、その事に文句を言ったとしてもこなせるか? 特訓といっても、剣を握らせてもらえるわけではない。ただの体力作りだ。もちろん、それ以外にも勉強など他にやらなければならないことはたくさんある」
「もし倒れてしまったとしても、諦めないで続けることはできますか? 酷い目に遭わされた先生についていけますか?」
いくら僕に剣術をさせたくないからって、何だよその無茶苦茶な問いは。
「僕はまだ五歳ですよ」
「これはヴィリアラが五歳の時にやっていたことだ。ヴィリアラのことを引き合いに出すのなら、こちらも同じことをさせてもらう。改めて問おう。ラウザにはヴィリアラと同じだけの覚悟を持って励むことができるか?」
お父様の問いに僕は何も言えなかった。口を開いては閉じての繰り返しだ。
「ラウザ、ヴィリアと比べなくていいのです。今改めて口にして、あの子の恐ろしさを実感したくらいなのですから。今なら倒れてしまう自信があります」
「あの頃はヴィリアラとシスタだけだったからな、性格の違いもあり、そういうものだと思うようにしていたが、それでも頭の痛い日々だった」
「……そう、ですよね。無理言ってすみませんでした」
手を強く握り、唇を噛み締めていると、お父様が僕の肩に手を置いた。
「あと少し大きくなったら剣術を頑張りなさい。それまでは、勉強と礼儀作法を頑張りなさい」
「……はい」




