危うい好奇心
魔法教室はうちから走って二時間とそこまで遠くなかった為、筋トレも兼ねて走っていくことにした。
ただそんな姿を両親に見られるとまたなんやかんや言われるので、門を出るまでは馬車、出た後は走り、その後ろを馬車が追うという形だ。いくら鍛えてるといっても剣も持たない公爵家のお嬢様、護衛は必ずつけられる。
「ふー、良い汗かいた」
「お疲れ様です。我々は外に出ていますので、気兼ねなく馬車の中をお使いください」
「ん、ありがとう」
流石に汗をかいた状態でいるわけにもいかないので、馬車の中で体を拭き、服を着替える。
「いいよ、ありがとう。君らは外の警護に当たっておいて。流石に向こうも公爵家のご子息が相手だと緊張するだろうし」
ソルシーのことだから多分名前くらいしか伝えてないだろうしね。
「かしこまりました。何かありましたらすぐにお呼びください」
「うん、よろしく」
しっかしまあ、ボロいな〜。平民の子は完全にタダだろうし、そこそこ裕福な家からもそんなに取ってないんでしょう。裕福といっても貴族でいったら男爵家くらいまで、それも長女以外のご令嬢、貴族じゃなければちょっと商売が上手くいってるとか豊作が続いているとか、どこかの貴族の使用人とかそんなもんだろうし。お金があってもあまり出せないというのが現実といったところか。
「あ、あの……」
これまたお若いお姉さんだこと。とんがり帽子に分厚いメガネと、いかにも魔法使いという格好で恐る恐る私に近づいてきた。
「どうも、ソルシーから話がいっていると思います。ヴィリアン・ロジャーです」
「あ、あなたが、はぁ〜。お、お若いですね」
「実力はソルシーのお墨付きです。ところで、あなたがソルシーの知り合いの方ですか?」
「じ、じぶんなんかがウィザルド様と知り合いだなんて、と、とんでもありません! じぶんはここで教師として実力をつけさせてもらっている身です。レティスと申します」
そっか〜、そうだよね。普通このくらいの人ってまだ見習いとかだよね。ソルシーが化け物なだけで。
「そうでしたか、早とちりしてしまい申し訳ありません。これからよろしくお願いします」
「は、はい。あ、ヴィリアン様のことは聞いていますので。どうぞ、案内します」
大丈夫かな〜と思いつつも、レティスさんに着いていく。
「ひゃっ」
説明の途中、レティスさんの片足が抜けた穴に落ちてしまった。
「す、すみません。この建物ボロくて、床が抜けることがあるので気をつけてください」
「はい、気をつけます」
今の床は明らかに抜けそうだったけど……。
「案内はこれくらいです。ここがヴィリー様の担当教室になりますので、鐘が鳴ったら入ってください。何か分からないことはありましたか?」
「いえ、特には。……あの、人と話すことが苦手だったりしますか?」
「そんなことはありませんが。何故ですか?」
「あーいえ、その、目が合わなかったり、たまに言葉が詰まっていたりしていたので」
「ああ。視界が悪いので」
「メガネをかけてもですか?」
「いえ、逆です。視界を悪くするためにメガネをかけているんです。魔法で常に視界がモヤがかって見えるようにしてあるんです」
「……なぜわざわざ視界を悪くするんですか?」
「じぶん、顔の良い人にものすごく弱くて」
……何の話だ?
「顔が良ければ老若男女関わらず、積極的になってしまうんです。逆にあまりにブスだと気性が荒くなるようで。それで衛兵に捕まったりもしまして。この前はうっかりメガネをする前に鏡を見てしまい、あまりの自分の顔の美しさに見惚れて半日経っていたんです。はぁ、全人類仮面になれば良いのに」
捻くれている人が考えていそうなことを本気で思ってるよこの人。でも、そこまでの悩み、少し気になるな。時間もあるし、まあ見つめられるだけなら問題ない。すぐにメガネを掛け直せばいいだけ。それに、最悪何かあっても声を上げれば外に待機させている護衛が駆けつけてくれるでしょう。よし。
「そうなんですね〜。あ、レティスさん、埃が。少し屈んでもらってもいいですか?」
「え、あ、はい。ありがとうございま──」
メガネを取ると、そこには桃色の目を持った端正なお顔。なるほど、確かに美人だ。なんて呑気なことを考えていると、いつの間にか押し倒されていた。
「へ?」
「ヴィリアン様、なんて素敵なお顔。まだまだ成長途中の子ども特有の丸い顔、穢れを知らない綺麗な瞳、ふにふにした唇、全てが可愛らしい。それに、先程の話を聞いていたのにも関わらず私のメガネを取ってしまうなんて、いけない子。そんな悪い子にはお姉さんがお仕置きしてあげないと」
ちょっと待って! そのお仕置きっていわゆるイケナイお仕置きとかじゃないよね! ね! というかあなた性格変わりすぎですけど!
「あ、あの、レティスさん」
「レティスさんじゃなくて、レティスお姉さんって呼んで」
耳元でそんなことを囁かれ、そろそろ本格的にやばいと思い、抜け出すことにした。教官に散々踏んづけられたり押さえつけられてきた成果がここで活きてくれる。
「よし、抜けられ……た」
手や足、最後に胴体と完全に抜け出せたはずなのに、私は立ち上がれなかった。
「ダメですよ、ヴィリアン様。ちゃんとお仕置きは受けないと」
レティスさんの魔法だろう、床から出てきた土が拘束具の代わりとなり、私を床に縛り付けている。
「レ、レティスさん、これ以上は流石に……」
「大丈夫。すぐに終わらせるから」
そう言ってレティスさんは私の体を指でなぞっていく。
やばい、これは流石にやばい。しかもこの状況で護衛なんて呼べばレティスさんが御用になることなんて明白。もしかしたら私を危険な目に合わせたとかで処刑なんてこともありえる。いや、危険な目でなくてもこの国にだって成人が未成年に手を出すことはアウト! しかも無理やりは極刑に値するといっても差し支えないほどのアウト! 呼べない、流石に後味悪すぎて呼べない!
「そうやって静かにしていればすぐに終わりますよ」
この人は本当に九歳児に何をやろうとしてんだ! とにかく、どうにかして阻止しないと。くそ〜杖さえ手にあれば……あった!
「あ、え!」
私はレティスさんの杖を握り、氷魔法を彼女の腹部に直撃させた。お腹を抑えて怯んだ隙に身体強化をして、力技で土の拘束から逃れ、即座にメガネをつけた。
「痛っつ、あ、あれ、わ、じぶんは何を……。す、すみません! な、何もしてませんか!? い、いえ、どこまでやりましたか! じぶんの記憶に間違いなければセーフなのですが!」
「いや、まあ、はい。あ、いえ、私はよく分かりませんが、その、大丈夫だと思いますよ。体を撫でられただけですし」
「し、下の方は撫でてないですよね」
多分過去にやらかしたんだろうな、この人。今ここにいるってことは成人相手だろうけど。性の知識を持っていてもおかしくない歳だったら遠慮せず直接聞くけど、今の私は九歳、流石に早すぎる。ま、その代わり子供特有の無垢な質問ができる!
「大丈夫ですよ〜。ところで、下を撫でると何かまずいのですか?」
レティスさんは顔を真っ赤にして、行き場の無い手をその場で四方八方に振った。
「へっ! あ、い、いえ、いえ、その、その、大人になれば分かります……」
「何で今はダメなんですか?」
「え、あの、その、どうしても知りたいならご両親に聞いてください」
考えうる中で一番気まずくなる相手を出したな。
「分かりました……」




