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ニーファ・メドー④

ニーファ視点です。

 ヴィリアラ様の男装で最大の懸念であった奥様からの許可もいただき、ようやく気兼ねなくメイド業務を日々こなせるようになった。


 それから三年の月日が経ち、ヴィリアラ様もシスタ様も、そしてラウザ様も目に見えて成長なされました。見た目もそうですが、中身や行動も少しずつ成長なさってました。

ラウザ様は好奇心旺盛で、しかしシスタ様のようにしっかりした部分もある天真爛漫な坊っちゃまに。

シスタ様は優しいところは変わりませんが、以前よりも自分の意見を表に出して言えるようになりました。

ヴィリアラ様も性格面は表立って変わった部分はありませんが、とにかく剣術と魔法に対する向上心は以前とは比べ物にならないほどになりました。それはもう空いている時間をつぎ込むほどに。しかし、それに伴い問題も起きました。もうないだろうと油断していたこともあり、トレーニングと称して使用人の業務全般をこなし始めた時は旦那様と奥様と共に頭を悩ませていました。ヴィリアラ様は良くも悪くも自分を持っている方で、私たちが言ったところで決して自分で決めた事を曲げません。シスタ様の言葉なら大抵のことは聞いてもらえるのですが、シスタ様もヴィリアラ様にとにかく甘いので、シスタ様にお願いしたところで


「お姉様がやりたいとおっしゃっているのに、私からお願いしてやめさせるのはお姉様に申し訳ありませんので。すみませんニーファさん」


と断られてしまいます。


 そんな毎日に頭を悩ませながら働いている時に、その話はきました。


「私がお見合いですか?」

「うちが懇意にしている商会の三男の方がぜひメドーさんにと」

「なぜ私なんかに……」

「先方からは一目惚れと聞いている。向こうは無理にとは言わないと言っているが、メドーさんの年齢と立場からしてもこの機会を逃すと中々婚約話というのは来ないと思うから、受けるだけでもどうだろう」

「もしお相手の方が気に入りましたら、他のことは気にせず婚約をしてもらって構いませんから。ヴィリアのこともどうにかしますので安心してください。あの子も意固地なところがありますが、物分かりの良い子でもありますので、きっと祝福してくれますよ」

「……ありがとうございます。その話、受けさせていただきます」


旦那様と奥様の手前、私に許される返答はこれしかなかった。


「そうか! では、見合いの日程を取り決め次第また報告させてもらうよ」

「あまり気を張らなくて良いですからね」

「はい。では、私はこれで失礼します」


本来ならば喜ぶべきなのでしょう。三男といえど公爵家に懇意にされている商会の息子さんと婚約できる機会なのですから。

でも私は、ヴィリアラ様の側を離れたくない。


「ニーファ〜、今日もラウザ口聞いてくれなかったよ〜。もうどうすれば良いの〜。ケーキあげなかったのがそんなに嫌だったのかな〜。でもあれはラウザのためだったし、もうどうしたら……。ニーファ、聞いてる?」

「え? あ、はい! 聞いてますよ」

「……大丈夫? 疲れてる? 今日は私ももう休むから、ニーファもゆっくり休んでね」


ふと思う。もしヴィリアラ様に相談したらなんて言ってくれるのでしょうかと。子どものように引き止めてくださるのか、それとも大人のように背中を押してくださるのかと。ヴィリアラ様に仕えて約四年、未だになんて言ってくださるのか分からない。そして、どうしてほしいのかも分からない。ただヴィリアラ様に迷惑をかけたくないということだけしか分からない。


「ヴィリアラ様」

「何?」

「例えばですが──」


いえ、例え話にしたところでヴィリアラ様は勘づいてしまう。ラウザ様のことで悩まれているヴィリアラ様に、これ以上悩み事を増やさせるようなことはできない。やめておこう。


「何?」

「あ、いえ、その、ヴィリアラ様はもし自分が男の子だとしたらどうしますか?」


ヴィリアラ様は怪訝そうな顔で私をじっと見つめたのち、口を開かれた。


「……分からない。でも、たぶん今みたいにはなっていない。男だと、シスタと今みたいなスキンシップが取れないから、もしかしたらまだ部屋の中に閉じ込められたままかもしれない。ラウザも生まれてないかもしれない。二人のことは本当に分からない。でも、確実にニーファとは出会えていない。男の私につけられるのは執事だから。だから、私は女で良かったって思ってるよ。それで、これがどうしたの」

「いえ、ただ気になっただけです。そろそろお休みになりましょうか」

「聞きたいことがあったんじゃないの?」

「今答えていただきました。明日も早いのでお休みになってください。眠りにつくまではお側にいさせてもらいますので」

「そう? それならいいけど。変なの」


ヴィリアラ様が寝息を立てられたのを確認して、そっと部屋を後にしました。


 報告書を作成し終わったら今日の仕事は終了。あとは屋敷を一回りし、異常がなければ就寝準備に取り掛かるのだけれど、いつもはすでに暗くなっている部屋から光が漏れており、少し気になって部屋を訪ねた。


「どうぞ」

「失礼します」

「どうしましたか? 何かありましたか?」


シスタ様はペンを置いて、不安そうに訊ねてきました。


「いえ、ただ光が漏れていましたので。いつもはご就寝されている時間のため、何かあったのかと思いまして」

「そうでしたか。訪れたのがニーファさんでしたので、お姉様に何かあったのではと少し怖くなりまして」

「ヴィリアラ様はもうお休みになられていますので、大丈夫ですよ」

「それは何よりです」


シスタ様は本当に心から安心したのか、安堵の息を漏らしていました。


「ところで、何をされているのですか?」

「自主学習です」

「この時間にですか?」

「ラウザと話していましたので、自学の時間を遅らせたのです」

「ヴィリアラ様とのことですか?」

「はい。私となら普通に話してくれるのですが、お姉様の話に切り替えようとすると一切喋らなくなりまして。私はいつもお姉様に助けられてきたので、少しでも役に立ちたいと思ったのですが、やはり私ではどうすることもできないみたいで」


シスタ様は悲しそうな顔をしていらっしゃった。ヴィリアラ様ならどうにか励ますことができるのでしょうが、メイドの立場である私が安易にシスタ様の気持ちに踏み込むことはできない。それはヴィリアラ様とラウザ様に対しても同じこと。

 ……そう考えると、私がメイドでなくても問題ないように思えてくる。


「シスタ様のその行動だけでヴィリアラ様は喜んでくださいますよ」

「だと良いのですがね。ありがとうございます」

「いえ。では、問題もないようですので私はこれで。勉強の邪魔をしてしまい申し訳ありません。無理はなさらないでくださいね」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみなさいませ」


 部屋に戻り、やる事を済ませてベッドに横になる。

いつもならすぐに寝付けるのに、今日は中々寝付けない。明日も早い、それだけで頑張って寝ようとするが、どうしても目は閉じてくれない。婚約に対する迷いがずっと私の心に引っかかっているせいで。


 次の日、先方から返事が来た。相手がすぐにでもということで、三日後に決まった。

日時がちょうどシスタ様の家庭教師の時間と被るので、先にお伝えしておこうと思ったけれど、もしかしたらヴィリアラ様の耳に入ってしまうかもと思い、当日までは黙っておくことにした。

そして、迎えてしまった。長かったような短かったような、そんな気分でした。

服や化粧は既に奥様が用意しているとのことでしたので、私は少し時間をもらい、シスタ様に今日のことを伝えに向かった。


「シスタ様、急で申し訳ありませんが、今日はお見合いがあるため授業を見送らせてください」

「……お見合いって、婚約するってことですか?」

「まだ決まってはおりませんが、返答次第では。それでその、もしかしたらシスタ様の家庭教師を辞さなければならないかもしれません」


いつも柔和な笑みを浮かべているシスタ様が、今日はぴくりとも表情が動きません。その無表情が怒っているようにも悲しんでいるようにも見える。


「お姉様にはお伝えしてあるのですよね。お姉様は何と仰っていましたか」


シスタ様のその問いに顔を見ることができず、私は頭を下げた。


「どうして頭を下げるのですか」

「ヴィリアラ様にはお伝えしておりません」

「どうしてですか」

「ヴィリアラ様は今、ラウザ様のことで手一杯です。そこに私に婚約話が持ちかけられていると知れば、自惚れていると思われるかもしれませんが、ヴィリアラ様を不安にさせるかと思いまして」


頭を下げている私の視界に、シスタ様の足元が映った。


「ニーファさん、頭を上げてください」


目に入るシスタ様はやはり無表情で、心が居た堪れなくなる。


「お姉様はニーファさんが勝手にいなくなったら悲しみますよ」

「はい」

「怒りますよ」

「はい」

「それでも言いませんか?」

「…………はい」

「…………そうですか。では、私から伝えにいくということはしません。ですが、もし聞かれたら迷わずお伝えしますから」

「はい」

「……今日の家庭教師の件は了解しました。ニーファさん、後悔しない選択をしてくださいね」


シスタ様はいつもみたいに笑みを浮かべました。いえ、いつもみたいというのは誤りでした。シスタ様の笑顔は段々と崩れていき、最終的に悲しそうな笑顔を浮かべていました。


「はい。もしヴィリアラ様に聞かれましたら、メインの応接間で話を進めているとお伝えください。失礼します」


シスタ様の部屋を閉じた瞬間、どうしようもなく怖くなりました。そして願いました。何か一つでいい、年齢でも言動でも立場でも噂でも、何か一つでも相手に問題がありますようにと。

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