ニーファ・メドー①
ニーファ視点
私は十一人兄弟の末っ子として生まれた。姉が七人、兄が三人。そして私は唯一父が外出先で平民とこさえた子。私が子爵家でいることが許されたのは、母が亡くなり一人になってしまった私を案じた父が、使用人として家の役に立つのなら置いてくれるとのことだった。そんな境遇に置かれた私を他の兄弟が見下さないはずもない。
家での味方は誰もおらず、頼みの綱である父ですら家に置いてやってることを感謝しろというだけ。
使用人も、一応私も子爵令嬢であるため腫れ物扱いをする。
そんな家族から見放されている私に婚約話など間違ってもくるはずなかった。学園にいる間もそれは変わらなかった。
しかし、現実は非情であった。私が置かれている環境がどうであれ、嫁にも行かず家からも出ない、恥知らずな令嬢だと周囲から言われ始めた。
父も流石にまずいと思ったのか、私の婚約者を本格的に探し始めたが既に噂が広まっており、皆鼻で笑うだけであった。そんな日々が続いたある日、父に呼ばれた。
「今度の交流パーティーにはお前も参加してもらう。そこで誰が相手だろうとお前はもらってもらう。お前に拒否権はないからな」
「つまり、厄介払いですか?」
「分かりきったことを聞くな! ちっ、可愛げのない。これだから平民の血は。そもそもお前がそんな態度だから──」
自分が欲に抗えなかったくせに何をと思ったけれど、それを言ったところで私の立場が悪くなってしまうだけ。どうせ父のことだ、奴隷として売りに出されなかっただけでも感謝しろとでも言ってくるはず。私は何も言わず、ただ無表情で父の暴言を耐えるしかなかった。
数日して交流パーティーが開かれた。珍しく綺麗な服を着せられ、多少のおめかしも許された貴重な日。
父が招待されるくらいのパーティーなのだから、どうせ小さなものでしょうと思っていたのだけれど、実態は国王陛下の戴冠式であった為、自国の有力貴族だけでなく他国の貴族も参加なされていた。
「おや、トラシュ卿ではありませんか、お久しぶりですな」
「これはこれはメドー殿ではないか。三年ぶりといったところですかね」
「トラシュ卿の息子さんの十五歳の誕生日の日ですよね。その節はどうもお世話になりました」
トラシュ卿は我が国の伯爵であり、嗜虐趣味があったりと良い噂の聞かない貴族ということをよく耳にする。
「ところで、そちらの娘さんは?」
トラシュ卿は値踏みするように私のことをじっくりと観察し、時折ニヤついたりと気味が悪い。
「私の娘ですが、いかんせん末娘でして縁に恵まれず。どうですトラシュ卿、家では厳しく躾けてきましたので、メイド業務ならこなせますよ。それに、息子さんとは年も近い」
「ほう〜。では、下の方も」
「実娘に手を出す気は起きませんので試したことはありませんが、器用な娘です、決して損はないかと。見てくれも悪くないと思いませんか」
「たしかに、息子が気に入りそうだ。良い子をお持ちではありませんか、メドー殿」
「母親がかなりの美人でしたからね」
「なるほど。気に入った、うちで引き取るとしよう」
私の人生は終わってしまった。本気でそう思った。こんな気色の悪い家に招かれてほぼ奴隷と変わらぬ扱いを受けてしまうのならいっそのこと死んでしまおうとさえ思った。しかし、神は私を見捨ててはいなかった。
「失礼、お取り込み中申し訳ない。先ほど少しだけ会話が聞こえたのだが、彼女がメイド業務をこなせるというのは本当かね?」
一目で高位の貴族だと分かってしまうほどの溢れんばかりの気品、私とさほど変わらない歳と思われる若さ、父とトラシュ卿の謙った態度、おそらくこの方は、若くして地位を引き継ぐほどの人望と功績を上げたと噂をされているロジャー公爵様であろう。
「おっと、焦って話しかけてしまい申し訳ない、ジェルト・ロジャーと申します。ロヴ王国で公爵の地位を任されています」
「い、いえ、ロジャー卿の噂はこの国でもよく聞いております。そんな素晴らしい御方が私達にどのような用がおありで」
父は先ほどの下品な会話がロジャー卿の機嫌を損ねたのではないかと少々焦っている。
「いえ、大したことではないのですが、そちらのお嬢様がメイド業務をこなせると耳に入りましたので、良ければうちの娘のメイドを任されてもらえないかと思いまして」
「私が公爵様のご令嬢をですか?」
「はい。少々事情がありまして、それにうちの娘は手強くてですね、中々首を縦に振ってくれないのですよ。それでも良ければどうでしょうか、一度考えてもらえませんか?」
公爵家の、しかもご令嬢のメイドなんてこの機を逃してしまえば一生出会えない好機。断ったところで私に待つは地獄のみ。たとえどんなご令嬢であろうと私は構わない。
「とんでもありません、そのお話是非とも受けさせていただきたい所存です」
「ありがたい。では、後日馬車を向かわせますので我が家にお越しください。そこで娘と面会してもらい、説明も聞いてもらった上で問題なければそのまま雇うということでよろしいですか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
パーティー会場では改めてお互い軽く挨拶だけを交わした。
そして数日、我が家とは比べ物にならないほど豪華な造りの馬車が迎えに出向いた。
私は少ない荷物を持って馬車に乗り込み、ロジャー家へと向かった。
挨拶もそこそこに応接間へと通された。両親に連れられてやってきたお嬢様は心ここに在らずといった印象を抱いた。
「初めまして、ニーファ・メドーと申します」
「ヴィリアラ・ロジャーです」
お嬢様は他には何も喋らず、公爵夫妻も少々困っているようでした。
「すみません、今日のヴィリアはとても不機嫌でして。せっかくお越しくださったのに」
「気にしないでください」
「……お父様、お母様、一度席を外してもらえますか。一対一で話したいと思いますので」
「そ、そうか? 何かあったらすぐに父さん達を呼ぶんだぞ」
「ヴィリア、失礼のないようにしてくださいね」
「分かっております」
お二人は軽く頭を下げると部屋を後にされた。
お嬢様はお二人が完全にいなくなったことを確認すると、お菓子を持ち、不意に立ち上がりました。
「私の専属メイドになる予定なんですよね」
「はい」
「なら、二時間ほどここで静かにしといてください。もし誰かが入ってきたら、上手く誤魔化しておいてください」
そう言ってお嬢様は庭の方へと向かわれた。
「どちらに行かれるのですか?」
「……メイドになれば分かるよ」
お嬢様はそのまま庭に出ると、本当に二時間ほど帰ってきませんでした。途中使用人の方がお茶やお菓子を持ってきましたが、どうにか誤魔化すことができた。
「誰か来た?」
「お茶菓子のおかわりを持って何回かいらっしゃいました」
「ふーん」
お嬢様は私の隣に座ると、近くにあるお茶菓子を食べ始めました。
「誤魔化せたんだ」
「はい」
「大変だったでしょ」
「そうです──あ、いえ、問題ありません」
お嬢様は手を止めてじっと私の方を見てきました。
「何かついてますか?」
「いいや、ただ、いつになったら聞くのかなって」
「何をですか?」
「私がどこに行っていたのか」
「それは先ほどお嬢様がメイドになれば分かると仰ってましたので」
お嬢様は私の言葉を聞くと笑い出しました。
「そっか〜、これは初めてだ」
「初めてですか?」
「今までの人は私が外に出ようとすると止めたり、外に出た瞬間近くの使用人に報告したりしていたから、新しいタイプだなって。どうして止めないし言わないし聞かなかったの?」
「もしお嬢様のメイドになるのでしたら、お嬢様がやりたいことをしてもらうことが一番だと思いましたので。お付きとて、常に一緒にいるわけではありませんから。もちろん、何かありましたらすぐに駆けつけます」
「そっかそっか〜。うん、今のところ私は気に入ったよ。あとは一緒に過ごさないと分からないけど、とりあえずはよろしくお願いしてもいいかな、ニーファ」
初めて会った時の印象では、私の名など聞いていないと思っていたけれど、どうやらヴィリアラお嬢様は私が考えるより単純な方ではないようで、少しの不安と期待が入り混じる。
「はい、よろしくお願いします、ヴィリアラお嬢様」
ヴィリアラお嬢様が退席された後は、お二人に雇用形態と屋敷のことを色々と教えてもらった。お二人、あとおそらくヴィリアラお嬢様も一番気にしていたのであろうシスタ様の存在だけれど、私にとってはヴィリアラ様と変わらずお嬢様という印象だったので、特に問題なかった。そういうわけで、私は正式にロジャー家に雇われることが決まった。
ニーファの話は全四話です。




