手放したくない人
あのケーキの一件からラウザは拗ねているのか、明らかに私を無視するようになった。
「反抗期早すぎるよ……」
シスタラブではあるが、ラウザも大事な弟。流石に凹んでしまう。
「おい! もっと踏み込め! 止められるぞ!」
「はい!」
といっても今は剣術の訓練中、悩みを持ってしまえばそれだけ剣のブレも隙も大きくなってしまう。模擬戦時は流石に木剣で革鎧をつけているといっても、教官の剣に当たれば体が痺れるくらい痛い。次の日に多少なりとも影響が出るから、真剣に取り組まなければ。
「ふむ……」
「どうしましたか、教官」
「お前が俺に勝てないことは百も承知だが」
「言わないでくださいよ」
「ああ、違う違う。俺に勝てないのは当然だが、今のお前なら騎士団の隊員くらいは相手できるだろう。人によっては相手にすらならないかもな。次までに護衛隊長と話つけてくるから、今日はもう終わっていいぞ」
「ありがとうございました!」
「おう。いやほんと、三年でよくもまあここまで成長したな。やはり俺が見込んだだけあるな!」
「教官を引き止めた私の目も褒めてくださいよ」
本当は新しい人に変わってまた一から教えられるのが嫌だっただけだけど。
「そうだな、褒めてやる。ほら、さっさと行け。ずっと気にかかってることがあるんだろ」
いやほんと、ソルシーにしても教官にしても、そんな節見せないのによく私のことをご存知で。
「そうですね。では、これで失礼します」
早く体綺麗にして服着替えてラウザに会おう。本当はこのままでいいから早くラウザにあって今日こそは口を開いてもらいたいのだけど、馬車が止まっているということは来客だろう。この状態で客人に鉢合わせて、もし相手が面倒なタイプだった場合、やれ無礼だやれ躾がなってないってなるしな〜。はぁ、面倒くさい。いつまでいるんだあの馬車は。特訓前からいるよ。
剣術の訓練が終わったことを知らせるために家庭教師をやっているニーファを尋ねたのだが、そこには困惑しているシスタしかいなかった。
「どうしたのシスタ、ニーファは?」
「あ、お姉様、その、実は──」
私はシスタの話を聞いた途端走り出した。焦って走り出したから、ニーファがどこにいるのか聞くのを忘れてしまったが、大抵こういう時は応接間に決まっている。
「ニーファ!」
「ニーファ!」
「ニーファ!」
応接間といっても一つじゃない。見つけるのも一苦労。
考えろ私、こういう場合に使う場所なんて大体決まっているでしょう。
「……メインか」
私は体の向きを変えて急いで下の階へと降りていく。
一番奥の大きな部屋の中にニーファと知らない男性が入っていくのが見えた。
「見つけた」
私がこれからしようとすることはニーファの人生を奪うことだ。ニーファにとってはこの上なく迷惑なことかもしれない。けど、私はもうすでに言っている。たとえニーファが私のメイドを嫌がっても、私はニーファを逃さない。私はただ有言実行しているまで。恨まないでよ、ニーファ。
「──お願いしま」
「待って!」
私が息を切らして部屋に入ると、ニーファと男性を驚いた顔をして私を見た。
「ヴィリアラ──ヴィリアン様! なぜこちらに!」
「そんなの一つに決まっているよ。すみません、今回の婚約話は無かったことにしてください」
「無かったことにって」
「お願いします! 私にはニーファが必要なんです。ニーファがメイドでなきゃいけないんです。私のメイドができるのは、ニーファしかいないのです。ニーファ以外のメイドは私が許せないのです。お願いします!」
「申し訳ありませんが、これは私とニーファさんの話です。いくらニーファさんの坊っちゃまであろうと、その言葉は受け入れられません。ニーファさん、改めて言わせてください。私と結婚してください」
ああ、ダメだ。どうしよう。色んな感情がぐちゃぐちゃになっていく。ラウザのことも解決していないのに、ニーファまでいなくなったら私、どうしたら。
ニーファの隣で涙が込み上げそうになっていると、私が不安な時いつもしてくれるように、ニーファは私の頭を優しく撫でた。
「申し訳ありません、今回の話はなかったことにしてください。私はまだメイドを続ける必要がありますから」
「……そうですか。では、私から断りを入れたとそう伝えておきます。本日はわざわざお時間を取っていただきありがとうございます」
「いえ、気持ちにお答えすることができず申し訳ありません」
「構いませんよ。ニーファさんが選んだお方です、さぞ素晴らしい方なのでしょう。何せ、格好も気にせず駆けつけてくださる方なのですから」
「はい、幼くも立派な主人です」
「ニーファさんにそこまで言わせるのですから敵いませんね。ヴィリアン坊っちゃま、ニーファさんはとても優しいお方です。私が一目惚れをしたお方です。どうか、よろしくお願いします」
父親に似ている。すごく優しい顔だ。きっと、この人ならニーファを幸せにできただろう。だけど、ニーファは私を選んでくれた。なら、彼に答えるべき言葉はたった二文字。
「はい」
彼が去った後、部屋は静かな空気に包まれた。一度引っ込んだと思った涙が安心のせいか静かに零れていく。
「ニーファ、ごめん。私のせいで」
「私が決めたことです。ヴィリアラ様のおかげで迷いが無くなったのです。駆けつけてくださりありがとうございます」
いつものメイド服とは違う豪華な服、力が入った化粧。ニーファの立場と年齢から考えてもこれが最後の婚約話になったのだろう。ニーファがどれだけ笑顔を見せても、涙を拭いてくれても、私が婚約話を壊したという事実は消えない。もしかしたらニーファはあの人と一緒になりたかったのかもしれない。その方が女性としては正しいから。でも、私が入ったせいで壊してしまった。
「ううん、私のせいでニーファは婚約話が──」
「それこそヴィリアラ様が気にすることではありませんよ。ヴィリアラ様のお側にいることが私の役目ですから。たしかに、多くのメイドの方は出会いや花嫁修行を目的としています。ですが、私はこれで良いのです。ヴィリアラ様が私を必要としてくださっているのですから。元々、この話も乗り気ではなかったのです。私はヴィリアラ様のメイドでありたいと思っていましたので」
「じゃあ、どうして受け入れようとしていたの」
ああ、嫌な部分が露呈していく。子どもみたいに自分の感情が溢れ出していく。喜びも悲しみも怒りも、全部全部出てしまう。
「お相手の方も良い方ですし、年齢や身分を考えてもこれほど良い条件はないと思いましたので。それに、旦那様と奥様の協力があってこそ婚約話のため、お二人の顔に泥を塗るような行為はできないと思いました。ですが、迷いもありました。この話を受け入れてしまえばヴィリアラ様のメイドを辞めなくてはいけなくなると。そのことだけが気がかりでした。ですから、ヴィリアラ様が来てくださった時、ようやく気持ちに整理がついたのです。不安な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
泣きじゃくるようなことはしないけど、一度遠くに行きそうになってしまったニーファのことが怖くて、その言葉に安心できなくて、また目に涙を溜めていると、ニーファは服が汚れるのも気にせず抱きしめてくれた。
「もう二度とヴィリアラ様から離れるようなことはしません」
「本当?」
「本当です。たとえヴィリアラ様が私を離そうとしても決して離しません。今のように抱きしめてでもずっとお側にいます」
「約束だから」
「はい、約束です」
その日は私が片時もニーファから離れようとしなかったため、周囲も少々困っていたけれど、一日くらいは許してほしい。
次話からは少しニーファ視点の話が続きます。




