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何もない一日

 生まれたてはとても可愛らしい弟だったラウザだが、三年も経てば口も頭も多少は回るようになる。


「おはようラウザ」

「姉しゃんはちゃんとしたあいさちゅも知らないの? おはようございましゅだよ」


なんて一丁前に言うようになった。


「私は良いんだよ」

「しょんなことない!」

「そんなことある」

「しょんなことない!」

「そんなことある」

「ない!」

「ある」


そんなことを言い合っていると、いつの間にか食堂にやってきたシスタがくすりと笑い出した。


「シスタ! おはよう」

「おはようございます、お姉様。ラウザもおはようございます」

「おはようございましゅ! 姉しゃま!」


シスタは誇らしげに挨拶をしたラウザを褒めるかのように頭を撫でた。くそっ! 羨ましい奴め!


「姉しゃまはちゃんとあいさちゅできる! 姉しゃんはできない! できないから姉しゃんは撫で撫でしゃれない!」 

「ラウザ、弟だからって言って良いことと悪いことがあるんだよ。そしてラウザは今私を傷つける言葉を言った。そんな時はなんて言うのかな?」

「人のしぇいにしちゃだめなんだよ」


なんてムカつく弟なんだ! シスタの前じゃなければ我慢しなくて済むのに!


「お姉様、ラウザはまだ小さいですから。それに、ラウザもお姉様がちゃんと挨拶をすれば納得してくれますよ」


生まれて八年、まともに交流を許されてから三年という、人生で考えると短い期間だというのに少し大人びて、今では憎たらしいラウザのお姉ちゃんもちゃんと務めている。なんて愛らしい子! シスタのその甘さに甘えたくなっちゃう!


「私も撫でてくれる?」

「お手本見せれたら撫でますよ」

「やったー! じゃあ改めて、ラウザ、シスタ、おはようございます」

「はい、よくできました」


ああ、朝から幸せ。これからラウザを口実に毎日撫でてもらおう。


「姉しゃん子どもみたい」

「私はラウザのお姉ちゃんだけど、まだまだ幼い子どもだよ。ほら、せっかくの料理が冷めちゃうから早く席に着くよ」


 食事が終われば私はすぐに魔法と剣術の自主練をする。魔法は魔力操作ができるようになってから一年かかったが、ようやく発現できるようになった。本来は祝いとして自分に合う杖が贈られるのだけど、ソルシーはあんな緩そうな性格をしているが魔法に関しては一切妥協をしないため、私はまだ自分の杖を持たされていない。だから、今は発現に成功した時に使っていたソルシーのお下がりの杖を使ってただひたすら色んな形の氷を空中に生成したり、魔法を使うための重要な要素である集中力を高めるために、ラウザの邪魔が入る中で本を読んだり書き写したりなど、とにかく集中力が嫌でも高まる訓練をしている。

剣術の特訓は、最初こそは普通に木刀を振ったり、筋トレをしたりしていたが、負荷をかけるためにシスタとラウザ、時にはニーファを背負ったり、座らせたして筋トレしている。他にはメイド、というか使用人の業務が割と良いトレーニングになると気付いてからは、腕や足に重りをつけながら掃除したり、料理をしている。

ちなみに後者をし始めた時は再び両親が頭を抱えたのは言うまでもない。


「今日のケーキも良い感じにできた。どう? この出来栄え」

「素晴らしいですね。味も申し分ありませんし。料理人として雇いたいくらいですよ」

「料理長はお世辞が上手いんだから〜」

「いえいえ、私が料理にうるさいことを一番ご存じなのはお嬢様ではありませんか」

「最初の頃はしごかれたもんね〜」


厳しすぎて泣いたことが懐かしいよ。でもそのおかげで、料理の腕は料理長のお墨付き、下手な料理人なんかに負けない腕となった。


「私も体を鍛えるために料理を教えてほしいと言われたのは初めてでした」

「今も目的は変わってないけどね。さてと、それじゃあ私は行くね。ティータイムの時間だから」

「はい、ごゆっくり料理を堪能してくださいませ」


 綺麗に手入れされた中庭で楽しむスイーツとお茶。なんて心地の良い時間だろうか。特に自分で育てた花が綺麗咲いているのを見ると少々誇らしげに思う。しかしそれ以上に屋敷から聞こえてくる音楽がこの時間を最高のものとしている。礼儀作法とは別に私が魔法や剣術を教わっているように、シスタも音楽を教わっている。いやはや、ティディの顔の広さには頭が上がらないよ。


「今日は掃除も済ませたし料理もやった。庭の手入れも済ませたし、本も三冊読み終えた。もう何もすることがないし、夜のトレーニングまでの時間はこうして心と体を休ませる。なんて優雅な貴族ライフ。今この瞬間の私ほど貴族生活を謳歌している者はいないは──ず。ラウザ、私のケーキを盗み食いしようとするとは、なんて命知らずな弟なのだろうか」

「な、何で」

「何で分かったのか。そんなの簡単。いくらシスタが奏でる美しい音楽に耳を澄ませていようと、近づいてくる者の気配に気づかないようでは剣士は名乗れない。ラウザ、もし今私がラウザに何か食べさせれば怒られるのは私になる。そんなことになればシスタとの時間もトレーニングの時間も減ってしまう。さぁ、私が今ここでこの時間を堪能している間に部屋に戻りなさい。遊びたいのならそこら辺の執事でも捕まえて遊んでもらいなさい」

「姉しゃんだけずるい! 僕もケーキ食べたい!」

「ラウザは今食べると夕食が食べれなくなるでしょう。私はその心配がないから許されているの。食べたければラウザも私のように代謝の良い人間になりなさい」

「たい?」

「勉強をすれば分かるよ」


こうして私が話している間にもラウザの手はケーキに伸びていたので、仕方なく最終手段を使わせてもらった。


「ラウザが私のケーキ狙ってるからちゃんと見張っといて」


業務中のラウザ専属の執事に引き渡しておいた。


「大変申し訳ありません、ヴィリアラお嬢様」

「んー、ずるいずるい! 僕もケーキ食べたい!」

「なりません、ラウザ坊っちゃま。ヴィリアラお嬢様を邪魔をしては」

「やだやだやだ!」

「いけません!」

「それじゃあよろしく」

「はい。大変申し訳ありませんでした」


部屋を出てもまだラウザの駄々が聞こえる。ごめんよラウザ、大きくなったら一緒にケーキ食べようね。


「はぁ、なんかどっと疲れた。気分も下がったし今日はやめとこう」


余ったケーキは使用人にお裾分けしといた。いつもはちゃんと別で作ってあるから、こういうことはたまにしかないけれど、流石に不自然に数切れないケーキを持っていくのは毎度の如く申し訳なくなる。喜んでくれるから余計に。

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