卒業
珍しくワックスを使って髪を遊ばせ、服は白を基調とした正装。単色にならないようにベストは黒。
鞘も今回は服に合わせて特注で作ってもらった金が入った白ベース。
見た目は私史上最も完璧であるが、心臓は今にも崩れそうなほど脆くなっている。
「ヴィリアラ様、もう大丈夫ですか?」
「もう少しかかりそうだからシスタの方行っていいよ」
「先ほどもそう言われ、シスタ様の準備はもう完了いたしました」
「じゃあリシア!」
「リシアさんも同様に準備できています」
「じゃあ……」
「ヴィリアラ様、時間は有限ですよ」
ニーファは呆れた目を向けてくる。
だってしょうがないじゃん、去年のような失態を犯すわけにはいかないんだから。
「ニーファ、私は今日死ぬかもしれない」
「それも本日五回目です」
「ああ神よ、どうか今日一日だけでもいいので私に強靭な心を授けたまえ」
ニーファはどデカい溜息を一度吐いた後、冷めた目で私を一瞥し、すぐに背を向けてドアノブに手をかけた。
「分かりました、ヴィリアラ様の準備が済み次第改めて迎えに参りますので、私は先にシスタ様とリシアさんを会場にお送りします」
「ちょっと待って!」
「もう待てません」
「行く! 行きます! 準備できました!」
私は慌てて部屋の外に出る。
あまりの勢いに珍しく転びそうになってしまうほどだった。
「お兄様、大丈夫ですか?」
思わず息を呑んだ。息を呑むまでに頑張って留めた。
一瞬ウェディングドレスを着ているのかと錯覚してしまうほどの白を基調としたドレス。
濃さの違う白糸と限りなく色の近い銀糸で紡がれ、単調な布にならないように工夫された柄。
スカート部分は何重にも薄い生地で作られ、白に隠れた淡い紫が優しく彩りを与えている。
髪はハーフアップにし、後ろはお団子にされて美しさと可愛さ両方を兼ね備えた天使が目の前に存在している。
「すごく綺麗だよ、シスタ」
言いたい事はもっといっぱいある。ありすぎて言葉が纏まらない。
でも、何も言わずにはいられなかった。
ようやく振り絞れたたった一言。
シスタはそれに嬉しそうに笑みを浮かべて応えるが、私は少し悔しい。
シスタの魅力はもっとたくさんあるというのに、実際に言葉にできたのがその一言だけだったのだから。
「ありがとうございます。お姉様も紳士的でとてもかっこいいです。いつもと違う雰囲気で少し不思議な気持ちです。今のお姉様、すごく輝いて見えます」
「ありがとう。……リシア迎えにいこうか。随分と待たせちゃったからね」
「そうですね」
シスタの言葉が嬉しくて、嬉しすぎて、卑怯と自覚していながらも逃げずにはいられなかった。
これ以上シスタからの真っ直ぐな言葉を受けてしまうと私の理性と心臓が危うくなってしまう。
「リシア、迎えにきたよ」
ドアをノックして開くのを待つ。
ニーファから特に部屋が散らかっているとかの情報も無かったし、これほどリシアの部屋を見るのに心が軽い日は早々ない。
今日という貴重な日を忘れないでおこう。
「お待たせしました」
「んっ──⁉︎」
不可抗力により変な声が出てしまった。
下に行くほど深みが増す青のドレス。
春頃から伸び始めた髪は編み込みお団子にして綺麗に纏められている。
黒の手袋以外、装飾品は白で纏められ、青空や海を彷彿とさせる綺麗な姿に思わず射止められそうになった。
「リシアちゃんすごく綺麗だよ。生地を合わせた時も凄く似合うと思っていたけれど、改めてドレスアップした姿を見て、非の打ち所がない姿に感激したよ」
「ありがとう。シスタちゃんもとても綺麗だよ」
一度深呼吸をして真っ直ぐリシアの方を見る。
「ヴィリ様?」
「ごめん、見惚れていた。とても似合っているよ」
「ヴィリ様にそう言われると照れてしまいますね。ありがとうございます。ヴィリ様もとてもお似合いです。なんだかいつもより柔らかい雰囲気があって、私は今のヴィリ様も好きです」
女の子達は褒めるのが上手いな。私なんて定形文みたいなことしか言えなかったというのに。なんとも情けない。
でも思っている事全部口に出して引かれるのも嫌だし。ほんと、根本はオタクなんだって思わされるよ。
「ありがとう。私のせいで時間も押しているし会場に行こうか」
私は早歩きで馬車に向かい、馬車の中でもなんだか気まずかった為景色を見て凌いだ。
「あっボス! 随分と遅い到着だったね」
「間に合ったからいいでしょ。何より、早く準備終わらすとまた去年みたくアドラと同行する可能性があったからね」
それにしても、アドラを見て安心するなんて中々ない。
それほどあの二人は私には眩しすぎる存在だったよ。
「僕はボスと来たかったけどね。こうして気軽に会えなくなるしね」
「結局アドラはどうするの?」
「お父様の仕事を手伝う事になったよ。そこで成果を出せたら当主になる。見た目もあって舐められるかもしれないけど、実力があればどうにかできるからね」
「そうかもね。ま、頑張りなよ。私も知らない奴が侯爵になるくらいなら、アドラがなってくれた方が安心できる。表舞台に出ないとはいえ、シスタも多少なりとも貴族同士の話し合いには参加しないといけないかもだし、そういう時に偏見のない人が相手の方が助かる」
「あはは、そうだね。シスタちゃんの為にも頑張らないとね。ところで、シスタちゃんとリシアは?」
「え? 一緒に来たけど……」
アドラに言われて辺りを見回すが、二人とも私の側にはいなかった。
目を凝らしてようやくネイトに捕まっている二人を見つけた。
「こら、何二人の邪魔してるんだ」
「よ! ヴィル。最後くらいいいじゃねーか。俺卒業したら騎士養成校に行かされるんだぜ。一年も男しかいない空間に行かされるんだぜ! ヴィルもこの辛さ分かるだろ⁉︎ 女がいない地獄の空間だぞ⁉︎」
「なんだ、いい事じゃないか」
これって普通にゲームにある展開なのかな? それともリシアと結ばれてたら違うのか? この辺はシオンに聞かないと分からないな。ま、どうでもいっか。
「んなひでー事言うなよ! こんな事なら婚約者を作っておくべきだった」
あ、じゃあリシアと結ばれるかでルート変わるのか。
「ま、そのうち親が見繕ってくれるでしょ」
「俺は今欲しいんだ! ……そういやシスタ、お前婚約者いないよな」
「えっ、そうですね」
「おい馬鹿ネイト、人生からも卒業するか?」
指をポキポキと鳴らすと、ネイトはシスタとリシアを盾にして後ろに隠れた。
女の子に隠れるなんて未来の騎士として恥ずかしくないのかこいつは。
騎士団長が騎士学校に入れる理由がよく分かるよ。
「お兄様、ネイト様も冗談で仰られただけですから」
「そうだそうだ! お前がいてシスタに手なんて出せるかよ!」
普段はそうでも今日のシスタは特段天使。私という障壁があろうと、この馬鹿は悩殺されていてもおかしくはない。
私なら例え相手が私であろうとシスタの為に命をかける事ができるのだから。……この馬鹿にはそれだけの覚悟はないか。でもここで引いたらこの馬鹿調子に乗るしやっぱりお灸据えとかないと。
「そんな事理解している。その上で、そのようなくだらない冗談を今後一切言わないよう身体に教え込んでやろうと言っているんだ」
「ひ、ひぃぃぃぃ!」
ネイトに一歩近づくと、シスタが押されて私と衝突する。
あまりの事で咄嗟に支える事が出来ず、ボフッという小さくも問題のある衝突音がした為、すぐに背を低くしてシスタの顔を伺う。
「シスタ! 怪我はない? 大丈夫? 痛くなかった?」
「大丈夫ですよ」
確認したところ怪我もしていないみたいだし、化粧も崩れていない。
「そっか、良かった」
私はにっこりと笑顔を作り、ネイトに顔を向ける。
怯えたネイトは今度はリシアを前に差し出したので、先手を打ってリシアをこちらに引き寄せた。
「ネ〜イ〜ト〜」
「お兄様、そろそろやめましょう」
「シスタちゃんの言う通りです。せっかくのおめでたい日です、今日くらいは波風立たせずに終えましょう」
「相変わらず君らは騒がないと気が済まないようだな」
ようやく挨拶に一区切りついたのか、王子が無駄にオーラを纏わせ、澄ました顔をして近付いてきた。
「この国の将来が心配になる」
「あんたにだけは言われたくないよ。そもそも私は政治を担わないからね、立場としては一般市民と然程変わらないよ」
「君の事だ、妹や弟を使って僕に嫌味でも伝えにくるだろう。それに、貴族である以上全く関与しないという事にはならないはずだ。最も、そのせいでこの馬鹿ですら僕に意見をする権利があるというのが心底不愉快ではあるが」
「相変わらずひでーな王子は。今日くらいは優しくしてくれたっていいだろう」
「ならば君も少しは聡くなるべきだ。最も、生まれ変わったところで程度はしれているだろうが」
馬鹿は死んでも治らないって、言い方変えてもムカつくんだな。
「シスタ、この国のトップは軒並みダメだから、せめてシスタとラウザくらいはどうにか民に寄り添って。この国の唯一といっていい良心になって。でなければこの国の未来は暗い」
アドラが僕だってって言いかけたが、実際に侯爵になれるか不明瞭かつあまり自信がないのか、途中で言い淀んだ。
「相変わらず君は失礼だな。妹の事しか考えていない君と違って、僕は程度の低い者達の声もそれなりに聞き入れる努力はしている。だから今日も意味のない挨拶に対応をしていただろう」
そもそも人を見下している時点で先行き不安なのだけれど。王子が王になった瞬間程怖いものはない。
「ちなみに、卒業してすぐ玉座に着くとかないよね?」
「元老院の席にも限度がある。君らの父親含め、父王の代が早くに継いだ為、僕らの代が主導権を握るのはまだ先の事だ。少なくとも曽祖父の代が責務から引退しない限りは僕らの番はこないだろう」
私達の代が実権を握るよりも先に、次の代が成人する方が早そうだな〜。
「もう! 将来の事はいいでしょ。それよりもせっかくの卒業日なんだから、最後くらい良い思い出作って終わろう。学園とも今日でお別れなんだから。ボスはまた戻ってくるかもしれないけどね」
未来の話はアドラにとってはまだ考えたくもない嫌な話題なのだろうな。何気に将来で一番悩んでいるのはアドラかもしれない。
「かもはやめて。縁起でもない」
「えへっごめんね」
「全く」
でも、こうして学生としてこのメンバーでここにいられるのも今日で最後か。
良い思い出も嫌な思い出も沢山あったな。
リシアとシスタと過ごした日々は問答無用で素敵な日々だったけど、男性陣は違う。ネイトには散々迷惑かけられたし、王子には散々ムカついたし、アドラには散々呆れたけど、この出会いが最悪だとは思えないし、なんやかんやで私の青春の一部になっていた。
ゲームのシナリオのせいでやばかった時もあるけど、振り返ってみれば大切な思い出だったりする。
正直、もう少しこのメンバーでわちゃわちゃしていたい気持ちはある。気軽に会えなくなるのがほんの少し寂しい。絶対に言わないけど。
「ヴィリ様」
「どうしたのリシア?」
「卒業してもまた皆さんで集まりましょうね」
「そうですね。忙しくはなるかもしれませんが、手紙でも良いので定期的な交流は続けたいですね」
「騎士養成校卒業したら俺は王子とはしょっちゅう会えるけどな。手紙くれたらお前らのところにもすぐ遊びに行くから遠慮せず送ってくれ!」
「僕も家の事が落ち着いたら皆と集まりたいな。その時は僕の家に来てよ。僕だけまだ誰も招待できていないからね」
「卒業しても君らと関わらなければならないのが憂鬱だな」
相変わらずのムカつく口だけど、卒業以降も関わりを続けたいって遠回しに言っているある種のデレなんだよね。言い方が心底ムカつくけど。
でも、王子がデレたなら私も皆にそれなりに返さないといけない。
「未来の事なんて何も分からないし、自分達が想像している以上に翻弄されているかもしれない。でも、この関係だけはいつまでも続いていく事を願っているよ。マシになる分には歓迎だけど。──この二年間色々あったけど、とりあえずは卒業おめでとう。これからもよろしく」
お互いにおめでとうと言い合い、卒業パーティーは幕を閉じた。
◇◆◇◆◇
「リー先ぱ〜い! 第二ボタン下さい〜!」
馬車に乗ろうとしている私の腕を必死に掴んで、シオンは第二ボタンをせがんでいる。
「だから嫌だって。服破損させて帰ったらお母様に怒られる」
「でも何か欲しいんです〜」
シオンは駄々を捏ねて、嫌々と私の腕に抱きついて体を大きく揺らしている。
シスタとリシアも馬車の中から呆れた笑みを浮かべているよ。
「……はぁ。もう、仕方ないな。このネクタイあげるよ」
私はネクタイを解き、シオンの首に掛けた。
「良いんですか?」
「よくはないけど、まあ、それでシオンが喜んでくれるなら別に良いよ。大事にしてよ」
「もちろんです! ありがとうございます!」
シオンは満足そうに笑うと、ポケットから綺麗に梱包された箱を取り出した。
「リー先輩、卒業おめでとうございます。先生として戻ってくる事楽しみにしていますね」
シオンが渡したプレゼントの中身は万年筆だ。
全く、シオンの開発力には常々驚かされるよ。
「ありがとう。大事に使うよ。それじゃあ、またね」
馬車に乗り込み、家への帰路へつく。
小さくなっていく学園を眺めながら学園での日々を思い返す。
たった二年だったけど、とても濃い日々を過ごした。それはもう家で過ごした日々以上に。
「シスタ、学園での生活は楽しかった?」
「もちろんです。たくさんの出会いと学びに溢れた素晴らしい日々でした」
シスタはこれからの人生、他者との交流がほとんどない生活になってしまう。
人と関わる事で嫌な思いもたくさんしただろうけど、皆に囲まれて過ごすシスタはとても楽しそうだった。
シスタが決めた事とはいえ、人との交流が薄れていくのはきっと辛いだろう。
「そうだね。リシア、シスタと仲良くしてくれてありがとう」
「それはこちらのセリフです。シスタちゃんの存在に私は何度も救われてきました。シスタちゃんがいたから私は不安な日々を過ごさずに楽しく学園に通うことができました。もちろん、ヴィリ様の存在もです」
「私もリシアには何度も救われたよ。──リシア、これから忙しいだろうけど、たまにはシスタとお茶会してあげてね。私もリシアとは頻繁に会いたいし。我が家はいつでも歓迎だよ」
私がリシアに会いに行くのは、別にリシアの職場に仕事帰り寄ればいい話だけど、シスタはそう簡単に家から離れられなくなるからリシアから来てもらう必要が出てくる。この二人の関係性だけは希薄にしたくないから、全力でリシアを家に遊びに来させる理由を作り続けなければ。
シスタとしばらく会っていないなんて状況になったら、私はシスタの為にも泣いて縋ってでもリシアを家に招待する。絶対。
「そう仰っていただけるのでしたらぜひともお邪魔させていただきたいです」
「いつでも歓迎するけど、あまり無理はしなくて大丈夫だからね」
シスタは何か感じ取ったのか、一度困惑した笑顔を浮かべて私の方を見た。
リシアもそんなシスタを見て、笑顔で頷くだけであった。
◇◆◇◆◇
リシアを家に送った後、私達は久しぶりに家に帰ってきた。
飛びついてきたラウザを受け止め、出迎えた家族に二人声を合わせて一言口にする。
「ただいま戻りました」
大変長らくお待たせしました。
ついに卒業しました!
せめて卒業シーズンに投稿しようかなと考えていたのですが、中々筆が進まず、結局ここまで伸びてしまいました、すみません。
何はともあれ、卒業させることができて良かったです。初期設定だとここで終わっていたんだよなーっと、ちょっと後悔しつつも、ヴィリアラ達のこれからを書くのが少し楽しみだったりします。(相変わらずの遅筆にはなりますが。)
完結がいつになるかは分かりませんが、今後もゆっくりとヴィリアラ達の成長を見守って下さい。
次話は新章ではなく別キャラ視点になります。まだ全然書き溜めれていないので、更新されていたら読みにきてください。




