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今の幸せ

 部屋に戻ると、なぜかシオンも一緒に入ってきた。


「帰りなさい」

「ほら、リー先輩もうすぐ卒業じゃないですか。ここらで恋愛イベント回収しておこうかと」

「起こさないし回収しない。さっさと帰りなさい」


 シオンを抱き上げて外に出そうとしたが、持ち上げた瞬間がっちり私に抱きついた。


「お願いだから帰って。いつものシオンならここまではしないでしょ」

「い、いや〜」


 なんかすごく目が泳いでいるのが気になり、仕方なく話を聞いてあげることにした。


「何かあったの?」

「実はですね〜。ほら、もう暖かくなってきたじゃないですか、それでですね、好感度イベントが絶賛私の部屋で起こっておりまして。それが私一人じゃ対処できなくてですね」

「それで、私に何をしてほしいの?」

「その、奴が現れまして」


 奴。その一言で何が起こったのか、何を求めているのか瞬時に理解できた。

 しかし、私はそれに応えられない。

 この世界に現代のものはない。ならば対処するとなれば、潰すか魔法でどうにかするかの二択だ。

 しかし、急に気配なく現れる奴に、冷静に魔法で対応できるかと言われるとノーだ。

 前世のDNAに深く刻み込まれた奴への拒絶が魔法に乱れを起こしてしまう自信しかない。

 おそらくシオンも同じだろう。

 そうなると、潰すという案一つになるが、これも無理だ。

 そもそも死体ですら片付けられる自信がない。


 ならばここは、確実に全てのタスクをこなせる人間に任せるしかない。


「リシア、お願い」

「リシア先輩お願いします。奴は一匹だけとは限りません。とにかく目についたら構わず殺って下さい。その後は見せずに処理してください。ついでに掃除もお願いします」

「あ、あの、私助けてほしいとしか聞かされていないのですが……」


 そういえばそうだった。

 部屋から顔を出したリシアをとにかく引っ張ってシオンと共に連行していただけだった。


「ほらシオン、説明しなさい」

「奴が出たので退治してください」

「その、奴ってなんですか?」


 そりゃそうだ。リシアに奴と言ったとて伝わる訳ない。

 これは同郷だからこその言葉なのだから。


「黒くて素早い奴です!」

「ああ、ゴキ──」

「口に出さないでください。とにかく退治してください。ただし潰さないでください」

「分かりました」


 なんて頼もしい一言なのだろう。

 奴に恐れをみせないどころかまかせられるなんて、日本では大変希少な人物として大切にされるだろう。


「あれ? リシア手ぶら?」

「はい。捕まえて庭に放せばいいので」


 お願いした立場で申し訳ないけどマジでやめてほしい。

 奴を触った人に近づきたくない。


「絶対にやめてください! 気色悪いです!」

「ですが、殺してしまうのは可哀想ですし」

「素手で触らないで下さい! せめて雑巾越しにして下さい! そしてその雑巾リシア先輩が捨てて下さい!」

「そこまでおっしゃられるのでしたら……」


 リシアは雑巾を片手にシオンの部屋を隅々まで見て回った。

 見つけては窓から捨てを繰り返していた。

 一匹こちらに飛んで来た時は声にならない悲鳴を二人してあげたが、すかさず捕らえたリシアに思わず拍手を送った。


「ねえシオン、あんたの部屋いすぎじゃない?」

「これシューティング系のミニゲームなんです。二次元だとすごくマイルドどころか虫としか言及されていなかったんですけど、そのせいで私が対処できない虫になってしまったのだと思います。まじで運営恨みます」

「ああ……」


 そりゃ何匹いるか分からなくて当然だ。


「シオンさん、もう大丈夫ですよ。隅々まで調べましたが、もうどこにもいませんし痕跡もありません」

「そうですか、ありがとうございます。ところで、なんで私の部屋こんなに荒れてるんですか?」


 どうやらリシアは他人の部屋まで瞬時に汚部屋にできる才能を持っているらしい。


「手伝うよ。どうせ隅々まで掃除するつもりだったんでしょ」

「じゃあよろしくお願いします」

「私も手伝います」

「リシアはもう大丈夫だよ。虫の対処ありがとう。その雑巾捨ててちゃんと手と体洗ってね。いい、ちゃんと、必ず、絶対捨てるんだよ」

「わ、分かりました」


 リシアに片付けなんてさせられない。余計酷くなるに決まっているのだから。

 でも、かといって二人で片付けるのも流石に時間がかかりすぎる。

 もう夜だし、長引かせるわけにはいかない。


「というわけでニーファとシスタ連れてきた」

「シスタ先輩片付けとか掃除できるんですか?」

「シスタがいれば私のやる気が増す」

「片付けはいつもやっているので大丈夫ですよ」


 貴族の、しかも高位の貴族の愛らしい子女から、片付けはいつもやっているという言葉が出てくるとは、この世でも貴重な瞬間だろう。


「ヴィリアラ様は理解されていると思われますが──」

「大丈夫だよ、ニーファがサボっているなんて微塵も思っていないから。それに、シスタが整理整頓していることくらい知っているよ」


 むしろ整理整頓に関しては私よりも上手い。


「では皆さん、お願いします」


 掃除は私とニーファ、服や本などの整理はシオンとシスタ、二手に分かれてシオンの部屋を綺麗にしていった。


「皆さんありがとうございました〜」

「どういたしまして。シスタ、ニーファ、帰ろう」


 私は部屋に戻って早々シスタに膝枕をしてもらう。


「どうしたんですかお姉様、今日は甘えん坊ですね」

「そういう気分になったみたい」


 シオンの話を聞いていると、今こうしてシスタに撫でられる日々を送れるのも奇跡なんだと思わされる。

 あの時リシアの手を取らなかったら、攻略対象がクズじゃなかったら、幸望が過去を見せてくれなかったら、ラウザがいなかったら、剣術を始めなければ、魔法を学んでいなければ、男装を許されていなかったら、ニーファがメイドじゃなかったら、両親がシスタを受け入れていなかったら、何より、シスタが推しじゃなかったら。

 どれか一つ欠けてもきっと今はなかった。それどころか、私が生きているのかも怪しい。

 私は本当に恵まれてきた。運に環境、そして、人。


「シスタ」

「はい」

「シスタは今幸せ?」

「とっても幸せですよ」

「良かった。私も幸せだよ。卒業しても、幸せでいられるよね?」


 乙女ゲームの加護がなくなるであろう本編後の世界。

 何が起こるか分からない。何が起きてもおかしくはない。

 この幸せが、奇跡が続く保証は何一つない未来。

 でも──


「もちろんです。もし辛いことがあったとしても、お姉様には私がついています」


 シスタが側にいる、それだけで私は幸せだ。


「私もシスタの側にいるからね」


 たとえ離れていたとしても。

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