漠然とした不安
自分の足で動かない男共を引っ張って、どうにか教室に着いた。
「はぁ、疲れた」
「お疲れのところすみませんヴィリアン様、シスタちゃんが……」
「シスタ……?」
そういえば見当たらない。……まさか⁉︎ 性悪と一緒にいたりして⁉︎
「連れ戻してくるから、リシアは席取っといてくれる? この二人物代わりにしていいから」
「素直じゃないですね、僕と一緒に授業を受けたいのならそう言ってくれれば良いのに」
あ、復活した。
「じゃ、よろしくリシア」
「また無視⁉︎」
「無視くらい慣れろチビ」
「チビじゃないです! 可愛いんです!」
馬鹿にチビに性悪か。本当に碌な攻略対象がいないなこのゲーム。
私は早歩きでシスタのところへ向かう。
「シスタ──」
「王子様はピアノの授業を取られたのですよね」
「君に何の関係がある」
「私も同じ授業ですので。それで、王子様はピアノ弾けますか?」
「指を動かすだけの簡単な作業だ。聞くまでもないだろう」
「そうですか。私はちゃんと弾けるようになるまで一年掛かりました。私には王子様のような才能はありませんので」
「そうか。ただでさえそのような容姿だというのに、哀れだな」
あいつ、シスタになんてことを! 許せん!
「たしかにそうかもしれませんね。私は王子様のような才能はありませんし、自分の思った事を言える度胸もありません。お兄様がいなければ、私は何もできない役立たずです。むしろ、このような容姿ですから、他者からは害と見なされます」
今すぐ出て行って、そんなことはないと言ってあげたい。けど、同時にシスタの気持ちを聞ける機会も失うことになる。だから、出ていけない。
「何が言いたい。君の自虐に付き合う暇はない」
「では、本題に入らせていただきます。先ほど、努力は馬鹿がする行為だと言いましたよね」
「間違ったことは言っていない」
「王子様にとってはそうなのでしょう。ですが、世の大半の方は皆努力をしています。お兄様も例外ではありません。以前王子様はお兄様のことを強いと仰られましたよね。その強さはお兄様が十年間、一度も努力を惜しまなかった結果です。体が限界を迎えても決して挫けることなく、ひたすらに努力してきた結果です。そして、今もなお高みを目指して努力しております。ですから、先ほどの王子様の言葉には少々憤りを感じました。努力を一度もしてこなかった王子様が、努力の辛さを知らないあなたが、なぜ努力を軽んじることができるのですか? 私は王子様のような器用さはありませんので、理解することはできません。私ができることは自身の思いを王子様にお伝えすることのみです。お願いです、努力する人間を馬鹿にしないでください。では、私はこれで失礼します」
王子は足早に去るシスタを見つめている。相変わらず何を考えているのか分からない目だ。
「……シスタ、強くなったな」
私も私でなんだか力が抜けた。守るべき存在であるシスタに、影で私の尊厳が守られていた。嬉しいはずなのに、どこか寂しかったりする。今の私はシスタを守るために存在している。なら、シスタが強くなり、守る必要がなくなったら私はどうすればいいのだろうか。
「分からない。分からないよ、私。私は私が分からないよ」
床に座り、顔を足に埋めて自問自答をする。
目の前が暗いからか、漠然とした不安が闇となって私を飲み込んでいく。ダメだと分かりつつも考えを巡らしてしまう。
しばらくして、そんな悪循環がピタリと止まった。
──ああ、この感覚知ってる。
顔を上げると、モザイク掛かった見知った顔があった。
でも、視界が開けると同時に私の記憶にまた封がされた。
モザイクが消えた先にいたのは、馴染みの人物。
「ニーファ」
「こんなところでどうかされましたか? ヴィリアラ様」
頭にはニーファの手が添えられたままだ。そっか、これで戻ってきたんだ。
「ううん、何でもない。ただちょっと考え事してた」
「そうですか。答えは見つけましたか?」
「いや。分からない」
「私も一緒に考えましょうか?」
「……遠慮しておくよ。これはたぶん、私自身で見つけないといけない。だから大丈夫」
「分かりました。ですが、必要とあらばいつでもお力になりますからね」
「ありがとう。……それじゃあ、私は教室に戻るよ」
「お供いたします」
「うん」
私はニーファに誰を重ねて見ていたんだろう。分からない。でも、優しかった。私の心がそう教えてくれる。そして、もう一つの感情も。
「ニーファ」
「はい」
「ずっと側にいてね」
「もちろんです」
ニーファのその返答でも拭えない漠然とした不安が心の記憶に残っていた。




