08 魔法師の昔話 (3)
レイモンドは、初めて見た魔法師にすっかり夢中になってしまった。
かっこいい。最高にかっこいい。
自分も魔法師になりたいと言いだし、父に魔法書をねだった。下の息子には特に甘い父親は、ねだられるままに魔法書を買い与える。どうせ習得できずにすぐ諦めるだろうと、軽く考えていたようだ。
だがレイモンドは本気だった。しかも父の読みを裏切って、魔法師としての才能もあったらしい。
誰にも教わらず、完全に独学だったにもかかわらず、着実に魔法を覚えて行った。魔法の適正が火属性だとわかれば、さらに熱がこもる。だって、あこがれの魔法師と同じなのだ。
ある程度魔法を覚えた後は冒険者ギルドに登録して、ソロで狩りに行くようになった。思いがけない息子の頑張りに、父は目を見張る。ついには息子の夢を認め、狩りでけがをすることのないよう、装備には金を惜しまず一級品を買い与えるに至った。
もっともレイモンドは、別に冒険者になりたいわけではなかった。だから冒険者ギルドには一応登録だけしてあったものの、たいした活動はしていなかった。むしろ魔法の勉強をするかたわら、家業の手伝いにいそしんだ。父と兄はそれを歓迎し、商売の基本をきっちりと教え込んでくれた。ある程度の元手の金を与えられ、見よう見まねで商売を始めてみたりもした。
ときどき失敗しながらも、なんだかんだと元手は増えていった。商家に生まれ育っただけあって、それなりに商才もあったようだ。
レイモンドのあこがれの魔法師は、彼がソロでまあまあの狩り場に行けるようになる頃には、ほとんど姿を見かけることはなくなってしまった。魔法師団の中でも実力を認められて、ダンジョンの深層や大型の魔物討伐に派遣されているらしいと、風の噂に聞いた。
やがてレイモンドが二十歳を過ぎた頃、父と一緒に招待された夜会の場で、モンドール帝国魔法師団の中隊長に声をかけられる。
「やあ、君がお父上の秘蔵っ子の魔法師か」
あこがれの魔法師の所属する魔法師団は、レイモンドにとって当然あこがれの職場だ。そんな魔法師団での役職を持つ者から持ち上げられれば、もちろん悪い気はしない。
「魔法師団は、あこがれなんです」
「なんと、うれしいことを言ってくれるじゃないか」
「最高にかっこいいと思ってます!」
熱のこもった賛辞に中隊長は鷹揚に笑い、からかうような声音でレイモンドに尋ねた。
「じゃあ、うちに来るかい?」
「ありがとうございます。お世辞だとわかってても、うれしいです」
褒められればすぐ調子にのるたちだとは言え、さすがにこれを額面どおりに受け取るほどレイモンドも子どもではない。社交辞令をさらりと聞き流し、自分も社交辞令がてら、魔法師に助けられた昔話をした。恩人にあこがれるあまりに素人魔法師となったのだ、と。
その恩人の所属する魔法師団はレイモンドのあこがれなのだ、と話すのを、中隊長は機嫌よく相づちを打ちながら聞く。しかしレイモンドがその恩人の名を告げたとたんに、中隊長の顔から笑みが消えた。
「その者のことは、忘れなさい。うちからは除隊されたよ」
「えっ。どうしてですか?」
「反逆罪に問われてね。今はお尋ね者だ」
あまりのことに、レイモンドは言葉を失った。
いったいどんな経緯があったのか、いきさつを知りたい。だが「軍の機密が絡む話なので、詳しいことは話せない」と言われてしまえば、それ以上尋ねることはできなかった。
あこがれの魔法師が今やお尋ね者だ、などという衝撃的な話を聞いて、レイモンドの魔法師団へのあこがれは一気に色あせてしまう。あの日の恩人の姿までが色あせたわけではないけれども、その恩人のいない魔法師団には、もはや魅力が感じられなかった。
ところが、レイモンドが魔法師団に向けていた熱意がぺしゃんこにしぼんだのとは裏腹に、中隊長はその後もレイモンドに勧誘をかけた。しかも本人に直接声をかけるだけでなく、父にもこんなふうに話を持ちかけていたらしい。
「商業ギルド長の息子さんがうちに来てくれたら、お互い利がある話じゃないですか」
これを聞いて、レイモンドは心の底からがっかりした。魔法師として認められて勧誘されているわけではないと、はっきり理解できたからだ。中隊長は「商業ギルド長の息子」が欲しいだけであり、「魔法師のレイモンド」が勧誘されているわけではない。
そして「商業ギルド長の息子」を欲しがるようなところなど、行ってもどうせろくなことにはならないだろう。その考えには、父と兄も全面的に同意した。
モンドール帝国軍の横暴についても、この頃はとみに耳にするようになってきた。あこがれの人がいると思っていたときには、悪評もいくらか割り引いて聞いてしまっていた。だが、そのひいき目を取り払って冷静に噂に耳を傾けてみれば、決して気高い組織なんかではないことは明らかだった。
このままモンドール帝国で魔法師として活動を続けていくのは、おそらく危険だ。いずれ勧誘がエスカレートして、入団するよう圧力を掛けてくるようになるだろう。単なる勧誘のうちは断ればよいが、圧力を掛けられてしまったら最後、断るのが難しいであろうことは想像にかたくない。
だからレイモンドは、国を出ることにした。
家族は、彼の決断を支持してくれた。
行き先には、フロリア王国を選んだ。
モンドール帝国からは逃げたいと思うものの、別に帝国に恨みがあるわけではない。だから帝国と敵対しているゼノビス王国は、候補にならなかった。大国なので魔法師の登用も多いのだろうが、「商業ギルド長の息子」と知られれば帝国での二の舞となりかねない。
それよりは、平和な国でのんびりと冒険者として活動したかった。
そうして首尾よくフロリア王国に逃れたレイモンドだが、冒険者としての生活は思い描いていたものとはかけ離れていた。攻撃力の高い魔法師ならパーティーで引く手あまたかと思っていたのに、パーティーに入れてもらえても一回限りで、次は断られる。ひどいときは最初の一回さえ最後まで付き合ってもらえず、狩りを始めて一時間もたたないうちに追放された。
そのうち、どこにも入れてもらえなくなった。
自分から声をかけてみても、なんだかんだと理由をつけて断られる。タイミングが合わないだけかと思って、積極的に声をかけ続けていたら、困った顔をされたり、迷惑そうに顔をしかめられたりするようになった。さすがにそこまでされれば、レイモンドにもわかる。
断られるのは、レイモンドだからだ。彼とは組みたくないのだ。なぜそんなに嫌われるのか、理由がわからず、レイモンドは落ち込む。
そんなとき、声をかけてくれたのがローリーだった。




