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代理の王さま  作者: 海野宵人
第二章 外交

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40 まだまだ代理の王さま

 アランが目覚めて、二週間が過ぎた。

 数日前には、アリリオからエリーに手紙が届いた。例の事件に関する、モンドール帝国内での続報だ。


 ブルーノと、それに同調して国境付近で盗賊事件の自作自演をしていた者たちは、あの後すぐに軍事裁判にかけられた。すでに商業ギルド長オーソンから十分な証拠を提出されている上、フェリペが間髪を入れずに行った追加調査でも、言い逃れできないだけの証拠が挙がったそうだ。


 ブルーノの動機は、ジェイの予想どおり、フロリア王国への逆恨みだった。

 彼自身は「フロリアはモンドールを馬鹿にしている」と動機を語った。だが具体的に何を理由にそう思うのかについては、口をつぐむ。そしてただ「あの国には痛い目を見せるべき」とか「滅ぼすべき」などと言うばかり。


 そうした軍事法廷での尋問の最中に、フェリペが「エリオット王の温情に免じて、これまで黙っていたが」と前置きをした上で、フロリアの王城地下でブルーノが雷に打たれて倒れていたのを発見された件の一部始終を暴露してしまった。


 フェリペが語ったのは、客観的な事実だけ。だがこれを聞いて、ブルーノに後ろ暗い目的がなかったと信じる者などいるわけがない。挙げ句に「トイレを探してただけじゃないか」とフロリア国王にかばわれたことまで説明すれば、単なる逆恨みによる犯行なのは、誰の目にも明らかだった。


 彼らの目的は、最終的にはフロリアをゆすって金銭を得ることだった。

 ゆすりのために盗賊事件を自作自演していたわけだが、信憑性を増すために、実際に盗賊行為を働いていた。被害に遭った商人は、フロリア王国の者だけでなく、モンドール帝国の者も含まれ、その数は片手の指では収まらない。


 こうした余罪も積み重ねた結果、ブルーノたちの犯行は「非常に悪質」と断じられた。軍人の身でありながら、庇護対象たるべき民間人を襲って金銭を奪取した点が、特に悪質とされた。最終的に、終身刑が言い渡されたと言う。それも、最北にある離島の監獄に収監されるそうだ。この監獄は冬の寒さが厳しく、また通常の監獄よりも脱獄が難しいとされ、主に重犯罪者が回される。


 強盗傷害の件数が多いとは言え、殺人までは犯していないことを考えると、この量刑はかなり重い。

 おそらくは、商業ギルドに対して誠意を見せる目的で、政治的な意図により見せしめ的に刑が重くなったのではないか、と見られている。何しろ今回は、商業ギルド長がじきじきに評議会に姿を現したのだ。その上で、くだんの事件は商業ギルドを敵に回す行為であると、フェリペを通じて糾弾したも同然なのだから。


 ブルーノの蛮行に目をつぶってフロリアに侵攻するならば、あの事件は国ぐるみで計画されたものと商業ギルドに見なされるだろう。国ぐるみで商人を襲うとは、つまり、国ごと商業ギルドに敵対するということだ。だが、いくらモンドールが大国とはいえ、あえて商業ギルドを敵に回したいわけがない。

 ましてや、商業ギルドを敵に回してまでフロリアに侵攻したとしても、利益を得るどころか損をすると言う。こうなれば、動かぬ証拠を突きつけられたブルーノをかばう理由がない。

 だから彼らは、ブルーノを切り捨てることにしたのだ。


 彼らの装備や家財は、国により没収された。これは主に、被害者への補償に充てられることになると言う。


 この件に関して、皇帝ハイメからは何の知らせもない。

 だから当然、謝罪もない。


 期待をしていないので驚きもないが、やはりそういう国なのだ。

 もはや「便りがないのがよい便り」と割り切っておくのが、精神衛生上よいのかもしれない。


 ブルーノの失脚に伴い、アリリオが昇格して、魔法師団の団長となった。

 素直に祝福してよいのか悩ましいところだが、とりあえずエリーは「昇格おめでとう」と手紙を送っておいたようだ。


 事件の解決を受けて、モンドール帝国のジュース店も営業を再開した。

 再開直後から、連日の大盛況とのことだ。


 エリーに頼まれた用事を済ませて、ジェイが執務室に戻ると、いつものようにレイモンドが来ていた。


「やあ、ジェイ」


 レイモンドの挨拶に手を挙げて返すと、彼は機嫌よく声をかけてきた。


「サフィード領の監査、終わったって?」

「ああ、終わったよ」

「どうだった?」

「予想どおり」


 サフィード領の監査は、エリーの指示だ。

 ゴッドフリーが姿を消した後、エリーは彼に指名手配をかけるとともに、ジェイにサフィード領の収支について監査をするよう頼んだのだ。それでジェイは領地の屋敷に泊まり込み、数日かけて帳簿を過去数年分まで遡ってすべて洗った。


 なお、ゴッドフリーは一週間ほど前から魔法手紙が届かなくなっている。

 手紙に対して返信がないのではなく、そもそも手紙が飛んで行かない。魔法手紙は、宛て先の人物がどこにいても届くはずのものだ。それが飛んで行かない場合、考えられる原因はひとつだけ。それは、その人物がどこにも存在しない場合だ。つまり、死んだと考えて差し支えない。

 もっとも、物理的に死亡しているとは限らないことを、ジェイは知っているが。たとえそうだとしても、ゴッドフリーという人間はこの世から消えたのだ。


 監査の結果は、おおかたの予想どおりだった。

 ありとあらゆる不正が詰め込まれていた。架空請求あり、税収の中抜きあり、公共事業に関する虚偽報告あり。もちろん裏帳簿も、裏金もある。裏金は十年以上にわたって溜め込まれていて、相当額にのぼった。


 幸いなことに、裏金の大半は回収できた。

 ゴッドフリーは用心深く裏金を分散して隠していたが、出奔するときにはそれが裏目に出たのだ。一部を持ち逃げするのが精一杯だったようだ。回収した裏金は、国庫に入れた。


 屋敷の使用人も、半分以下に減らした。

 領地を王家の直轄領としたわけだから、屋敷は王家の別荘のようなものとなる。使用人は、屋敷を維持するのに最低限の人数だけいればよい。

 と言っても、解雇したわけではない。減らした分は、そのまま王城で雇い入れることにした。おかげで王城の人手不足も、一気に解消だ。増えた分の人件費は、領地収入で十分まかなえる。もともと領地収入で雇っていた人員なのだから、当たり前だが。

 人件費だけでなく、あらゆる予算に余裕ができそうだ。


 ジェイは、仮予算の中の項目を指さしてみせる。


「食費にも、普通に予算を回せるようになったな」

「なっちゃったねえ……」


 なぜかこれには、レイモンドがため息をついた。

 何に困っているかと言うと、食材を普通に購入できるようになってしまうからだ。普通に食材が買えるなら、わざわざコカトリス肉など狩ってこなくても料理人は困らない。だが、ジュース店を派手に展開してしまった後である。コカトリス肉の供給が止まると、必然的にジュースの主原料の供給も止まってしまうのだ。

 当面は在庫でしのげるにしても、供給が完全に止まってしまうのはまずい。


 でも、まあ、マティルダは細かいことは気にせず狩りに行きそうな気はする。


「コッコだけは、今までどおり狩ればいいんじゃね?」

「うん。マティにお願いしておくよ」


 ジェイの言葉に、エリーも同意した。

 報告と相談を終えて、レイモンドは「じゃあ、また」と帰って行く。それと入れ替わりに、アランが部屋に入ってきた。


「エリー、呼んでたって聞いたけど」

「あ、兄さん。ちょっと相談が」

「うん、どうした?」


 アランは執務机の近くの椅子に腰を下ろし、小首をかしげる。エリーはアランに向き直って尋ねた。


「戴冠式、いつにしようか」

「戴冠式? 誰の?」

「兄さんの」

「なんで?」

「だって僕は代理だから。兄さんがよくなったら、戻すのが当たり前でしょ」


 アランは小首をかしげたまま、しばし固まる。そして、やおら額に手を当て、「あ、ちょっとめまいが……」と、ふらついたようなそぶりを見せた。エリーは心配そうに腰を浮かせる。


「え、大丈夫?」

「毒の後遺症だと思う。まだしばらくは、政務は無理かもしれないなあ」

「うん、無理しないで。ちゃんとよくなってからでいいから」

「そう言ってくれると、助かるよ」

「ちょっと待ってて。姉さんを呼んでくる」


 エリーは焦ったようにアランに治癒魔法を使ったが、よくなる様子がない。何度か治癒魔法を繰り返しても具合が悪そうにしているアランを見て、あわてて立ち上がり、部屋から出て行ってしまった。

 ジェイは黙ってその後ろ姿を見送り、ため息をつく。


 どこが毒の後遺症だ。

 こんなわざとらしい小芝居に、どうしてエリーはころっと騙されるのか、不思議でならない。エリーに頼まれてアランを部屋まで呼びに行ったとき、この男はリハビリと称して筋トレに励んでいたのだ。


 ジェイがうろんげな眼差しを向けると、アランはけろっと背もたれから体を起こし、ジェイに微笑みかけた。


「うちの弟は、かわいいだろ?」

「ええ、まあ……」


 ちょっと心配なレベルだ、と思ったが、口には出さなかった。エリーはあれで、大事なものを見誤ることは決してない。


「きみは、告げ口したりしないよな」

「はあ」


 尋ねるとも念押しともとれるアランの言葉に、ジェイのほうも是とも否ともつかない相づちでお茶を濁した。


「人間、ひとつやふたつ秘密を持つほうが魅力的になると言うし。きみだってそうだろう?」


 アランのは「秘密」とは言えないような気がする。騙されるのはエリーくらいなものじゃないのか。でもアランの言いたいことは、何となくわかった。ジェイの秘密を詮索する気はないと言っているのだ。

 何と返そうかジェイが迷っているうちに、部屋の外から小走りの足音が聞こえてきた。


 扉の陰からエリーとヴィヴィアンが姿を現す前に、アランは背もたれに力なく寄りかかって、額に手を当てる。あまりのしらじらしさに、思わずジェイは遠くを見る目になった。


「姉さん、解毒をお願い」

「はいはい」


 エリーにせっつかれて、ヴィヴィアンは半笑いでアランに解毒魔法をかける。


「ありがとう。楽になったよ」

「どういたしまして」


 魔法を受けたとたんに、アランはしゃっきり背を起こした。ヴィヴィアンは微笑んで、夫の頬にキスを贈る。


「エリー、アランはまだ国王に戻るのは難しいと思うわ」

「うん。いいよ、代理で僕が頑張るから。ちゃんと休んでて」


 どう見てもヴィヴィアンは共犯だ。そして、エリーはちょろい。ちょろすぎる。

 ジェイは諦めたように笑い、窓から外を眺めた。


 抜けるように鮮やかな夏の青空が広がり、輝くような純白のわた雲が遠くに見える。

 キリギリスの鳴き声が聞こえる中、すいっとトンボが飛んで行った。

 夏も終盤、秋の近づく気配がする。


 エリーが代理を降りるのは、少なくともまだしばらく先のことになりそうだ。

これにて二章完結です。

この後もアランは、のらりくらりと王位から逃げ続けます。

王冠は引き取ってくれないけど、頼りになる兄貴なので、これからエリーもちょっとは楽になっていく……はず。

今のところ三章以降の予定は未定です。気が向いたら書くかもしれないし、切りのよいところまでは書いたので、このままかもしれません。


最後までお読みくださりありがとうございました。

よろしければぜひ評価をお願いします。


なお、ローファンタジーの連載を始めました。

裏で小人さんががんばる、超ローテクなスマートホームが舞台です。

よろしかったら、下のリンクからどうぞ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アランは目を覚ましたし、ブルーノは捕まったし、ゴッドフリーは死んだ(ことになった)し、ハイメ皇帝は相変わらずで無傷だけど、めでたしめでたし。 [気になる点] アランとヴィヴィアン夫妻ほ王権…
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