07 魔法師の昔話 (2)
ジェイ以上に驚いてみせたのは、ローリーだ。
「すごいお坊ちゃまだった!」
「いや、親はすごいけど、私は次男だし、お坊ちゃまってほどのものじゃないよ」
商業ギルドというのは国をまたがった組織で、基本的に商売を行う者すべてが所属する。そんな商業ギルドは、言ってみれば利権の塊のような組織である。国の法律とは別に独自の規律を持ち、商売に関わるありとあらゆる情報を握っているのだ。ギルド長と言えばその頂点に立つ者なわけで、場合によっては一国の王より影響力を持ち得る。
たとえ跡取りでなくとも、親がギルド長と聞けば、レイモンドの装備が一級品尽くしなのも納得ではある。ただし装備に納得できても、そんな人物がフロリア王国のへき地で冒険者として活動していることは、意味がわからない。
ローリーは不思議そうにレイモンドに尋ねた。
「レイレイは、どうしてフロリアにいるの? 商業ギルドの本拠地って、モンドール帝国にあるんじゃないっけ?」
「よく知ってるね。何というか、逃げてきた感じかな……」
「逃げるって、いったい何から?」
「モンドールの魔法師団から、勧誘されたんだよねえ」
皮肉げに薄く笑うレイモンドと対照的に、ローリーは目を丸くして鼻息も荒く身を乗り出す。
「え! すごいじゃん! あそこ超エリートだよね? なんで入らなかったの?」
「そんな超エリート集団に、きな臭い動機でもなきゃ、私なんかが勧誘されるわけないからですよ」
「……どういうこと?」
「息子の役職を餌にして、親の手綱を握りたいってこと。下手したら忠誠の誓いを盾に取って、ていのいい人質にされかねないからねえ」
ぶっちゃけられた裏事情に、ローリーは「こわっ」と自分の両腕をさすった。
ジェイは静かに赤ワインのグラスを揺らしながら、レイモンドの冷静な状況判断に感心していた。おだてられるとすぐ調子に乗る性格の割に、案外しっかりと身の回りの状況を把握できている。
ここフロリア王国は、モンドール帝国とゼノビス王国という二つの大国に挟まれた小さな国だ。モンドールとゼノビスはどちらも好戦的な国で、互いに戦争状態にあり、国境ではたびたび戦闘が繰り返されている。フロリアはどちらにも付くことなく、これまでずっと戦争を回避し続けてきた。
モンドール帝国は弱肉強食の国で、国の上層部は誰もがいかにして私腹を肥やし、戦力を強化するかに腐心している。だから商業ギルドなどという金のなる木を私物化する方法があるのなら、どれほど卑劣な手段であろうともためらわずに取るだろうことは、容易に想像ができた。
商業ギルドは特定の国に属してはいないが、ギルド自身の判断により特定の国に便宜を図ることはあり得る。ギルド長の息子を国の中枢に取り込んでしまえば、親心から国に対して何かと融通を利かせることもあるだろう。もしも親子の情と商売は別と割り切るようなら、息子に危険な任務を割り当てるなどと脅すことも可能となる。いかにもモンドール帝国のやりそうなことだ。
レイモンドの話を聞きながら、ジェイは内心深くうなずいた。まったくそのとおりだ。モンドール帝国がどれほど強欲で悪辣であるかは、ジェイは骨身にしみて知っている。
レイモンドは自分自身の安全のためだけでなく、親のくびきとなることのないよう、モンドール帝国を離れたのだった。
それを聞いて、ジェイは密かに嘆息した。身内を巻き込む前に国から逃れたレイモンドは、自分よりはるかに賢いではないか。ただし、ジェイにはひとつ腑に落ちない点があった。
「そもそも、どうして魔法師なんかになろうと思ったんだ? 親のもとで商売するほうが、よほど金になるんじゃないのか」
「あこがれの魔法師がいたんだよ」
「へえ」
レイモンドがまだ子どもの頃に、命を救われた魔法師がいるのだと言う。
彼が十二歳になって親の商談について行ったときのこと、普段なら魔物の出ないはずの街道に、魔物の群れが出没した。無謀な冒険者が自分では狩りきれないほど集めた挙げ句に、逃げ出した結果だったのだが、そうとは知らずにレイモンドと父はその群れのいる地点を通りかかってしまったのだ。
一応護衛も一名同行していたが、あくまでも暴漢に襲われないようにとの対策のための人員である。そんな大量の魔物に襲われて対処できるような準備など、当然しているわけがない。護衛が魔物の注意を引きつけつつ、全力で逃げた。
逃げまどううちに、町の近くまで来てしまう。だが大量の魔物を引きつれた状態では、町の中に入ることなどできなかった。仕方なく救援要請のために非常用の呼び笛を吹き鳴らし、町の外周を回りながら振り切ろうと試みる。ところがあいにく、この魔物たちは足が速かった。どれほど馬を走らせても、振り切ることができない。
馬たちも命が懸かっていることはわかるらしく、必死に走るが、全力で走れる時間には限りがある。これ以上走らせ続けては馬をつぶしてしまう、というギリギリのところで、ふいに町のほうから人影が躍り出た。
それはモンドール帝国魔法師団の制服をまとう、年若い魔法師だった。十二歳のレイモンドよりはいくつか年上であろうと見られる、少年の姿だ。
若い魔法師は長杖を振りかざすと、早口に詠唱して攻撃魔法を放つ。長杖からは轟音とともに炎の柱がほとばしり出て、魔物の群れの中央を一直線に焼き払った。
レイモンドが攻撃魔法を見るのは、これが初めてだった。その圧倒的な威力を目の当たりにして、興奮のあまりに肌があわ立つ。
そこからはもう、その魔法師による一方的な蹂躙としか言いようがなかった。魔法師は群れの中央に飛び込んで、炎の雨を降らせ、逃げようとする魔物がいれば後ろから火の玉をぶつける。すべて一撃だ。最後の一体にいたるまで、魔法師はあっという間にきれいに片付けてしまった。
魔物の討伐が終わると、年若い魔法師はレイモンドたちのところへ歩み寄ってきて、声をかけた。
「けがはありませんか」
「おかげさまで、かすり傷で済みました。本当にありがとうございます」
レイモンドの父が深々と頭を下げて礼を言うと、魔法師は「礼には及ばない」と首を横に振る。そして「治癒魔法は苦手なので、気休め程度の効果しかないが」と断ってから、けがをした護衛と疲弊した馬に治癒魔法をかけて、去って行った。
これが、レイモンド少年にとっての英雄との出会いだった。出会いというか、直接顔を合わせたのはこれが最初で最後だったのだが。




