34 モンドール帝国評議会にて (1)
オーソンは帰国した足で、まっすぐ王城のエリーを訪ねた。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい。あらましは、アリリオから聞いてます」
午後も遅い時間だったので、エリーはオーソンを夕食に招いた。レイモンドと、その兄スコットも一緒だ。ヴィヴィアンと一緒に、アランも同席した。
アランの姿を認めて、オーソンは驚いたように目をまたたく。
「おや。お加減はよろしくなったのですか?」
「まだ本調子じゃないけどね」
本調子じゃないというアランは、顔色もよく、肉付きが落ちた様子もない。どこからどう見ても元気いっぱいだ。だがオーソンはそつなく「そうですか、どうぞお大事に」と、アランの言葉を素直に受け取った。
アランがこうして、一応は病み上がりのような状態にもかかわらず夕食の席についたのは、オーソンの話を聞きたかったからだ。もちろん、体調が悪くないからでもある。
オーソンももったいぶることなく、食事が始まるとすぐにモンドール帝国で見聞きしてきたことを話し始めた。
* * *
オーソンがモンドール帝国の帝都に到着したのは、デクでフロリア王国を出発した日の夜だった。馬での移動なら、通常は十日から二週間ほどかかる道のりだ。デクを駆けさせて、それを七時間ほどで走破した。
すっかり日も落ちて、宿を取るには少々遅い時間だった。だが、そこは商業ギルド長という肩書きがものを言う。特に苦労することなく、それなりのグレードの宿に泊まることができた。
当初はモンドール帝国の皇帝ハイメに謁見するつもりだったが、出発前にエリーと話し合った結果、皇帝ハイメではなくフェリペ将軍を訪ねることにした。
宿から将軍宛てに手紙を出すと、すぐに「翌朝、朝食後なるべく早く来られたし」との返事が届いた。
オーソンはもともとモンドールの帝都を拠点としていたので、フェリペ将軍とも面識はある。特に親しいわけではないが、顔を合わせれば挨拶を交わす程度の仲ではあった。
翌朝、あわただしく宿で朝食を済ませたオーソンは、すぐにフェリペ将軍の屋敷を訪ねた。フェリペは機嫌よく彼を受け入れた。
「エリオット王から、だいたいの話は聞いてますよ」
「それなら話が早くて助かります」
オーソンは商業ギルドとして調査した結果をさっそく説明する。フェリペは背もたれに背を預け、腕組みをして静かに聞いていたが、オーソンが話し終わると、体を起こして口を開いた。
「今日の午後、帝国評議会が開かれます」
「はい」
「そこで、くだんの商人との間に起きた事件についての審議と、フロリア王国への対応に関する採決が行われる予定です」
「はい」
オーソンは、ごくりとつばを飲み込んだ。彼がモンドールにやって来たのは、なんと実にギリギリのタイミングだったのだ。デクを借りていなければ、おそらく間に合わなかった。
「そこに証人として出席していただきたい。お願いできますか」
「もちろんです。そのためにまいりました」
オーソンはフェリペに同意してから、もうひとつの重要な案件を持ち出す。
「フロリア王国への対応というと、慰謝料か開戦かという話ですよね?」
「そうですね」
「それについても、お話ししたいことがあります」
「ほう。何でしょう?」
オーソンが簡単に説明すると、フェリペは「なるほど」とゆっくりうなずいた。
「つまり、たとえフロリアを攻め落としたとしても、モンドールにとって得にならないどころか、損をする、ということですね?」
「そういうことです」
「ありがとうございます。そういう情報を事前にいただけるのは、大変助かります」
「いいえ。こちらにとっても損得の絡む話ですから」
「そう言ってもらえると、ありがたい」
それから二人は、評議会で行う証言について、昼までとっくりと相談した。
昼食は、フェリペの屋敷で軽食が用意された。午後からひと仕事あるので、眠くならない量の食事にしたらしい。そういう配慮は、さすが軍人といったところか。
食事の後は、フェリペの用意した馬車に乗って、帝国評議会の議事堂に向かった。
中に入ってすぐに、オーソンはフェリペと別れた。案内役の男にオーソンが連れて行かれたのは、小さな待合室だ。評議員ではなく、証人として呼び出された者は、ここで出番を待つらしい。
待合室は、狭くはないが、決して広くもない。
部屋に案内されたのは、オーソンひとり。今日の証人はオーソンだけだ。もっとも、複数の証人が喚問された場合でも、同じ部屋に通されることはないと言う。証言する内容にもよろうが、証人同士で事前に口裏を合わせることのないように、との用心なのだろう。
長く待たされることも覚悟していたが、呼び出しは意外に早かった。
案内に従って会議場に向かう。会議場に足を踏み入れるのは、初めてだ。傍聴席もあるのだが、利用したことがない。傍聴するには評議員による紹介状が必要で、簡単に入手できるようなものではないからだ。
案内された会議場は、典型的な半円型をしていた。議長席が前方中央にあり、それを囲むようにして評議員の席が二席ずつ組になって配置されている。後ろの席ほど高くなっていて、すり鉢状だ。
入り口は、議員席の後方中央にある。
証人席は議長席のすぐ近くに用意されているため、議員席の中央を後ろから議長席まで、評議員たちの注目を浴びながら歩く羽目になった。それなりに緊張する。議長の後ろの少し高い席に悠然と座っているのが、皇帝ハイメ。会議場の下段まで下りたオーソンは、皇帝に向かって軽く頭を下げてから、案内された席についた。
証人席のすぐ目の前には、演台がある。
会議において発言する者は、簡単な質疑を除き、議員席からこの演台まで下りてくることになっているようだ。
オーソンが席につくと、議長が小槌を叩いた。
会議場内のざわめきがやむ。それを待ってから、議長が声を張り上げた。
「会議を再開します。証人はここへ」
議長にうながされ、オーソンは議長席の前に立つ。そのまま指示に従って、偽りなく証言することを宣誓した。宣誓が終わると、議長は再び小槌を叩く。
「ではフェリペ卿、発言をどうぞ」
議長の進行に従って、フェリペが議員席から出てきた。オーソンが入場したときには気づかなかったが、フェリペの席は最前列の中央付近だ。目が合ったので会釈をすると、フェリペはにこやかに手を挙げ、敬礼風の挨拶をした。
これから、一国の命運を分ける発言が始まる。




