33 金のりんごとお姫さま (3)
ジェイはアランに近づき、あごを押さえて口を開けさせた。
口内に何か残っていないか確認したが、見える範囲には何もない。
ジェイの行為に、エリーがいぶかしそうに尋ねた。
「何をしてるの?」
「何か残ってないか、探してる」
もっと奥にあるのかもしれない。
だが、指を突っ込んで口内を探るわけにはいかなかった。まかり間違って、奥へ押し込む結果になどなったら、最悪だ。取り返しがつかない。
ジェイは大理石の台の上に乗ってアランの頭の側に周り、アランの両脇の下に腕を差し込んで、上体を起き上がらせて前かがみの状態にした。
「エリー、手伝ってもらえるか」
「何をすればいい?」
「あごを押さえて、口を開けさせて」
「うん」
「反対の手で、舌を押さえておいてほしい」
「わかった」
片腕で上体を支えたまま、アランの背中を平手で強く叩く。肩甲骨の中央付近を、続けざまに何度か叩くと、アランの口の中から何かがポロリと飛び出してきた。
ジェイが狙っていたのは、これだった。
「解毒魔法を」
ジェイが言い終わる前に、ヴィヴィアンが魔法を使う。前に試したときと同様、アランの顔色がわずかによくなった。背中に回した手に、ゆっくりとした鼓動を感じ始める。浅くゆっくりだが、呼吸もある。
アランのあごを押さえていたエリーが、所在なげに質問した。
「いつまで押さえてればいいの?」
「もう離していい。すまん、言い忘れてた」
前に試したときは、数回呼吸しただけでまた仮死状態に戻ってしまっていた。そろそろ、その数回が過ぎる頃合いだ。全員がかたずをのんで見守っている中、アランはゆっくりと呼吸を続けている。
どれだけ時間が経っただろうか。
間違いなくアランは息を吹き返したのだと、やっと信じられるだけの時間が経過した。ジェイは安堵の息を吐き出して、エリーとヴィヴィアンを見上げた。
「解毒できたな」
「うん」
ヴィヴィアンは両手で口を覆って、はらはらと涙をこぼしている。言葉が出てこないようだ。あまり見てはいけないような気持ちになり、ジェイは目をそらす。そしてアランを再び水晶の棺の中に横たえた。
「寝室へ移動しよう。誰か手伝いを呼んでくる」
「僕が手伝う」
「私も」
アランを寝室に動かすための人手を確保しようとしたのだが、エリーとレイモンドが名乗りを上げた。だがジェイは、チラリと二人に視線を走らせて、首を横に振る。
「いや。取ってくるものもあるから、待っててくれ」
いくらアランが重いとは言っても、ジェイひとりで担げないこともない。だから三人いれば、毛布にくるんで運ぶ方法でも何とかなるはずではある。が、やはり補助がこの二人では不安だった。何しろひとりはひょろりとした魔法師で、もうひとりはまだ少年にしか見えない治癒師なのだ。
それに人手だけでなく、アランをくるむための毛布も必要だった。
ジェイは足早に部屋を出た。
リネン室から毛布を一枚拝借し、厨房をのぞく。
「イグニス! ちょっと手を貸してくれ」
「うん」
ルーパスにも声をかけようと思っていたが、相手のほうからやってきた。
「私も手伝おうか?」
「助かる。頼もうと思ってた」
ローリーからも「手伝う?」と声をかけられたが、こちらは断った。イグニスとルーパスがいれば、人手は十分だ。
「アランの解毒に成功した」
「そうみたいだね」
「体を温める必要があるから、寝室に移動したいんだ。それを手伝ってほしい」
「了解」
地下の部屋に戻り、アランを水晶の棺から出して、毛布にくるんだ。イグニスとルーパスの補助があれば、危なげもなく楽々と動かせる。三階にあるアランとヴィヴィアンの寝室まで運び、毛布にくるんだままベッドに寝かせた。
やっとひと息つける。
この間もずっと、アランの呼吸と鼓動は止まることがなかった。
ただし体温は冬眠中の動物並みに低いし、呼吸も鼓動もおそろしくゆっくりだ。少しずつ温めて平熱に戻すまでは、まだ気が抜けない。急ぐと心臓に衝撃を与えてしまって危険だから、時間をかけてゆっくりと。見守りにも忍耐が必要だ。
それまでは、ヴィヴィアンが側についていることになった。ヴィヴィアンに休憩が必要なときには、マールが交代する。
イグニスとルーパスに礼を言って別れ、ジェイはエリーとレイモンドとともに執務室に戻った。
しばらく三人とも放心したように沈黙していたが、やがてレイモンドがしょんぼりとつぶやく。
「『真実の愛のキス』じゃなかったね……」
気にするところはそこなのか。ジェイは思わず小さく吹き出した。エリーもつられたように、笑みを浮かべる。
「でも、よかった。きっとこれで犯人もわかるだろうし」
「そうだな」
「ジェイも、レイも、本当にありがとう」
エリーの謝辞に、レイモンドの気分は一瞬で浮上したようだ。「ふふふ。どういたしまして」と、得意そうににやにやしている。レイモンドに微笑みかけてから、エリーはジェイへ振り向いた。
「それにしても、よくジェイは『金のりんごとお姫さま』なんて知ってたねえ」
「子どもの頃に目にしたことがあったから」
主に嫌な思い出でしかないが、そこにはあえて触れない。覚えていたいような話ではないから、考えないようにしているうち、いつしか本当に忘れてしまっていた。
「レイモンドがあの解毒薬を探してこなけりゃ、たぶん思い出すこともなかった」
「じゃあ、レイのお手柄だね」
「そうだな」
レイモンドは「へへっ」とうれしそうに鼻の下をこする。けれども彼は、手柄を独り占めしようとはしなかった。
「でも、実際に生き返らせたのはジェイだよ」
「そうだね。口の中に何か残ってるって、よく気づいたよねえ」
エリーもレイモンドに同意して、うなずく。
「解毒薬や魔法を試したときに、何かおかしいって思ったからな」
解毒薬や解毒魔法を試したときには、解毒できたように見えるにもかかわらず、再び仮死状態に戻ってしまっていた。それが不思議で仕方なかった。それに、解毒できる魔法が光属性魔法だったことも気になっていた。普通の解毒魔法なら、無属性のはずだ。なのに光属性だなんて、解毒というより解呪のようではないか。
そんな折りに、イグニスがガリストン産の金のりんごを使ったアップルタルトを作った。
それでジェイは、ガリストン地方のおとぎ話「金のりんごとお姫さま」を思い出したのだった。あの話でも、姫は毒りんごを吐き出して生き返っている。子ども心に、「生き返ったのはキスのお陰じゃなくて、単に毒りんごを吐き出したからってだけじゃないのか」と思ったものだ。
しかも、ヴィヴィアンが覚えた魔法から推測するに、この毒は単なる毒というより、呪いに近い性質を持っている。毒りんごのかけらが体内にある限り、解毒しても解毒しても、そのかけらから呪いに似た毒がまき散らされるのではないか、とジェイは考えたのだった。
もしその考えが当たっていれば、毒りんごのかけらを取り除いてから、解毒すればよい。そして今回、賭けに勝ったというわけだ。
アランはまだ目覚めていないものの、解毒に成功したという事実は、エリーの心をかなり軽くしたらしい。ここ数日というもの、しょっちゅう胃のあたりを押さえていて、すっかり食も細くなっていたのだが、やっと普段どおりの食事をした。
ヴィヴィアンが付きっきりで看病した甲斐があり、アランは翌日の昼頃に目を覚ました。
その夕方には、アリリオからエリーに魔法手紙が届く。
そして、さらに翌日、レイモンドの父オーソンがモンドール帝国から帰還した。




