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代理の王さま  作者: 海野宵人
第二章 外交

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32 金のりんごとお姫さま (2)

 この話の何が気に入らないって、悪役の王妃が黒髪なところ。


 こんな昔話が広まっているせいで、その地域で黒髪は差別されていた。差別と言っても、生きていくのに支障があるたぐいの差別ではないところがまた、陰湿だ。「黒髪の人間は、きっとあのお妃のように性格に問題がある」と、まことしやかに陰口を叩く、そういうたぐいの差別なのだ。

 それでも、ジェイは男だからまだいい。まったくもってたちの悪いことに、この陰口が餌食とするのは主に女性である。


 ふとジェイの脳裏に、いじめられて泣く、黒髪の幼い少女の姿が浮かぶ。

 ジェイの宝物だったあの子は、少年たちから「黒髪のやつは──」とはやし立てられて、泣いていた。そのときジェイは、自分よりも体の大きなその少年たちに「謝れ」と猛然と食ってかかったものだ。謝るどころか逆に手出ししてきたこの連中を、三対一にもかかわらず返り討ちにして、完膚なきまで叩きのめし、後で大人たちからこっぴどく叱られた。


 暴力はよくない、とは思う。だけどあのときのあれは、仕方なかった。悪いことをしたなんて、今でもちっとも思わない。やつらには当然の報いだ。


「ジェイ?」


 絵本を読み終わったエリーの呼ぶ声で、ジェイは古い感傷から引き戻された。

 二度と会えないあの子の面影を、頭の中から追い出す。

 エリーは絵本を手にして、不思議そうに首をかしげていた。


「この絵本が、どうかした?」

「似てると思わないか?」

「え? 何が?」

「ほら。ここだよ」


 ジェイはエリーから絵本を受け取り、ページをめくって、最後のほうに出てくる、水晶の棺の絵が描かれている場面を開いた。


「水晶の棺。白い小さな花」

「あ。本当だ」


 エリーも気づいたようだ。

 この挿絵は、アランの眠っている環境とそっくりなのだ。


「最後に『金のりんご』が出てくるだろ? この話は、ガリストンの昔話なんだよ」

「へえ、そうなんだ」


 エリーはまだ肝心なところがわかっていない。


「この間、一瞬だけ解毒できた薬があったのを覚えてるか?」

「うん」

「あれは、『金のりんご』を酒に漬け込んで作るものらしい」

「へえ」


 エリーは相づちを打ちながら、ふと首をかしげる。そのまましばらく考え込み、ひとり言のようにつぶやいた。


「まるで絵本の内容が、本当にあったことみたいだ」

「うん。こういう昔話には、なにがしかの真実が含まれてると思うんだよな」


 ジェイが返した言葉に、レイモンドが目を輝かせる。


「じゃあ、『真実の愛のキス』で目を覚ますかもしれない!」


 いや、それはどうかな。とジェイは思った。

 ジェイが期待を持ったのは、その部分ではない。だが驚いたことに、エリーは「そうだね」とレイモンドに同意するではないか。そして椅子から立ち上がり、足早に部屋の出口に向かう。


「姉さんを呼んでこよう」

「あら、呼んだ?」


 エリーが部屋から出る前に、ひょっこり扉の影から姿を現したのは、ヴィヴィアンだ。まるで測ったかのようなタイミングだ。と思ったら、ヴィヴィアンの後ろから水の精霊王マールがにっこり微笑んで手を振って、去っていくのが見えた。どうやら、彼女が連れてきたらしい。


「ちょうど呼びに行こうと思ったとこ」

「どうしたの?」


 エリーは絵本を開いてヴィヴィアンに見せながら、おとぎ話とアランの状況との類似性について説明した。ヴィヴィアンは絵本を手にとり、ページをめくりながら文字にもさっと目を通す。そして、毒に倒れたお姫さまを水晶の棺に入れて、神殿に安置したところのページで手をとめた。


「本当ね。この神殿の絵は、アランが眠っているところとそっくりだわ」


 実際、まるでアランをモデルにしたかのように、絵本の描写はアランの状況にそっくりだった。棺の中に眠っているのは、お姫さまじゃなくて前国王だけれども。それ以外は、本当に状況がよく似ているのだ。

 ヴィヴィアンが最後まで読み終わるのを待って、エリーが話の続きを口にした。


「だから、同じようにしたら目を覚ますかもしれないじゃない?」

「そう! 『真実の愛のキス』だよ!」


 エリーの説明にかぶせるようにして、レイモンドが力説する。

 だから、そうじゃない。とは思うものの、エリーとレイモンドの期待に満ちた目を見ると、ジェイは『真実の愛のキス』を頭ごなしに否定するのを忍びなく思った。チラリとヴィヴィアンの表情を盗み見てみれば、面白がっているような顔の彼女と目が合ってしまう。


「あらまあ。ロマンチックだこと」


 前王妃は、レイモンドの言うことを否定も肯定もしなかった。

 ということは、ジェイと同じような心境でいるのかもしれない。


 四人で連れ立って、地下の部屋へ向かう。

 部屋に入るが早いか、レイモンドは小走りにアランの眠っている台の向こう側に回り込み、目を輝かせて両手を広げた。


「さあ、『真実の愛のキス』を!」


 困ったように微笑みながらも、素直にヴィヴィアンがアランに歩み寄るのを見て、ジェイはあわてた。


「待て」

「なんで?」


 ジェイがヴィヴィアンをとめると、レイモンドが不服そうに理由を尋ねた。

 不満そうにされたって、とめないわけにはいかない。だって毒に倒れた人間に不用意に口づけるなど、明らかな危険行為ではないか。万が一にもアランの口もとに毒が残っていたら、ヴィヴィアンも一緒に毒におかされかねない。とても許すわけにはいかなかった。

 そう説明すると、さきほどまでの勢いはどこへやら、レイモンドは急に肩を落とす。


「じゃあ、どうすればいいんだよ……」


 ジェイはため息をついた。『真実の愛のキス』とやらを試すより前に、試すべきことがあるだろう。

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