30 初めての国外折衝 (4)
レイモンドの父オーソンと兄スコットは、どちらもレイモンドとよく似た赤銅色の髪の持ち主だった。いずれも背の高さは標準的だが、ひょろりとした細身のレイモンドに比べると肉付きがよい。
エリーは客人たちに紅茶とパイを勧めてから、話を切り出した。
「調査結果って、何を調査したんですか?」
「例の商人が襲われた件で、証言の裏付けをとりました」
代表して答えたのは、オーソンだ。
「彼はフロリアの国民であると同時に、商業ギルドのギルド員でもある。私はギルド長として、ギルド員を守る責務がありますから」
エリーが国民を守ろうとしているのと同じように、オーソンもギルド員を守ろうとしているというわけだ。オーソンは続けて、これまでの調査結果について、エリーに詳しく説明した。説明の後、これからの予定を告げる。
「これからモンドール帝国に向かいます。そして皇帝に謁見し、この内容を伝えるつもりです」
「え、自分で行くつもりですか?」
「もちろん。これは代理で済ませられる問題じゃありませんからね」
エリーは「なるほど」とうなずいてから、ひとつ質問をした。
「オーソンさんは、裸馬には乗れるかな?」
「数回しか経験ありませんが、乗れますよ」
「なら、デクを貸してあげる」
デクが何だかわからず、首をかしげるオーソンに、レイモンドが「エリーのペットで、神狼族なんだ。すごく速いんだよ」と小声で説明した。その説明に、オーソンは「神狼族⁉」と目をむく。
オーソンのギョッとした表情を、エリーは何か勘違いしたようだ。
「大丈夫。ちゃんと躾けてあるから」
「いや、そういう心配はしておりませんが……」
エリーは立ち上がって、執務机の引き出しから小さな呼び笛を取り出してきた。エリーが自分の首から提げているのとは、また別のものらしい。貸し出し用なのだろう。
「デク用の犬笛です。呼ぶときには、短く二回鳴らしてから、長く一回鳴らしてください。『ピッピッピー』って感じで」
そう説明して、エリーは笛をオーソンの前に置いた。
ソファーに戻って腰を下ろしたエリーに、ジェイは「エリー」と小さく名を呼んで注意を引く。
「え、何?」
「モンドールへ行くなら、話しておいたほうがよくないか」
ジェイは親指で、執務机のほうを指してみせる。執務机の上には、アリリオからの手紙が置きっぱなしになっていた。エリーは机を振り返ってから、「ああ、そうだね」とうなずく。ジェイが立ち上がって手紙をとってきて渡すと、エリーは「ありがとう」と受け取った。
手紙を開いて中身を確認しながら、エリーはアリリオから得た情報をかいつまんで説明した。
「さきほどモンドールの知人から、情報をもらったとこなんだけど──」
モンドールのジュース店が閉店したことがきっかけとなり、宣戦布告に同調する者が帝国内で急増したらしいと話すと、オーソンは苦々しげにため息をついた。
「いかにもモンドールの軍関係者が言い出しそうなことですな」
ジェイが周りの様子をうかがってから「考えたことがあるんだが」と口を開くと、エリーは期待に満ちた目で「なになに?」と先をうながした。そこでジェイは、モンドールとの交渉に「元気のもと」を利用する案を説明した。これにオーソンは、手を打って大きくうなずく。
「それはいい。この件も、私が預かりましょう」
「いいんですか?」
「だって、それが筋でしょう。ジュース店のライセンス元は、商業ギルドってことになってますからね」
この後、モンドールとの交渉について、エリーはオーソンとさらに詳細を詰めた。細かいところまで満足がいくまで話し合いをする。それがすべて終わった頃には、すっかり紅茶がぬるくなっていた。
ジェイが紅茶を入れ直していると、レイモンドの兄スコットが「ところで」と話題を変えた。
「陛下はご即位前の冒険者時代から、弟と親しくしてくださったと聞きましたが」
「うん」
「よくパーティーに誘おうと思ってくださいましたね。この子はどうしようもなく下手だったでしょう? どうして付き合ってくださったんですか?」
「え? ええっと……」
ぶっちゃけすぎた質問に、あやうくジェイは吹き出しそうになった。親兄弟にまで、下手だと思われていたのか。レイモンドは居心地悪そうにして、小声で兄に「ちょっと」と文句を言っている。
エリーはこの質問に、戸惑った表情を見せてから、ゆっくりと口を開いた。
「誤解があるみたいだから、先に訂正しておくと──」
「誤解?」
「うん。まず、レイは下手じゃない」
「いやいや、お世辞は結構ですよ。弟から聞いた話からでも、十分わかります。他のパーティーから追放されたのは、まともに連携して動けなかったからでしょう」
「うーん」
ジェイは内心、スコットに大いに同意した。だがエリーは、眉根を寄せて言葉を探している。
「レイはね、初心者だっただけ。ただ、魔力が高くて装備もいいから、初心者っぽく見えなかったんだよね。それで経験と攻撃力がつり合ってなくて、誤解されたんだと思う」
「そうなんですか?」
「うん。魔法師の初心者って、だいたいあんな感じだよ。レイはお願いしたことはすぐ聞いてくれるし、飲み込みも早いし、全然下手じゃない」
エリーの説明に、レイモンドは「へへっ。そうかな」と締まりなくにやにやしている。
ジェイはエリーのこの説明に、反発を感じつつも、どこか納得していた。あれだけの魔法を使えるようになっていて、「初心者」はない。けれども、エリーとローリーの指導を得てからのレイモンドは、確かに見違えるほど動きがよくなった。伸びしろが大きいという意味では、初心者だったと言えなくもないのかもしれない。
「それにね、僕はレイをパーティーに誘ったことはないんだ。いつだって、声をかけてくれるのはレイのほうからだったよ」
それについては、ジェイも全面同意だ。いつだって、パーティーに入れてくれと図々しく声をかけてくるのは、レイモンドのほうだった。しかしジェイのその感想は、エリーのものとはだいぶ違っているようだ。
「レイみたいな強い魔法師は、ソロのほうが稼げるはず。なのに声をかけてくれるんだよ。つまり自分ひとりの稼ぎよりも、仲間と活動するのを選ぶ人ってことでしょ。だから僕も帰省するとき、遠慮なく声をかけられたんだ」
言われてみれば、そのとおりだ。とジェイは目からうろこが落ちる思いがした。確かに攻撃力の高い魔法師ほど、ソロのほうが稼げる。あのときは、パーティーを引っかき回されるのに頭に来ていて、そのことに考えが回っていなかった。
エリーの説明に、オーソンとスコットはどちらもうれしそうに顔をほころばせる。
「すぐ調子に乗る、困ったところもある子ですが、商売の基本は叩き込んでありますし、思いやりのある自慢の息子です。どうぞこれからも、仲よくしてやってください」
オーソンはそう言って、エリーに深々と頭を下げた。
親にまでお調子者と思われているらしい。ジェイは笑ってしまいそうになったが、紅茶から上がる湯気をじっと見つめて心を無にすることで、何とかやり過ごしたのだった。




