29 初めての国外折衝 (3)
モンドール帝国側の対応が決まるまでの間、フロリア王国でしておかなくてはならないことがある。それは、国民への周知だ。この件に関して、現在わかっていることの周知と、当面の対応について指示を徹底する必要があった。
これは公示という形で行う。
フロリア王国内では、村や町ごとに公示用の掲示板が置かれている。そこに中央から魔法手紙で送った内容を張り出すことになっていた。この国は識字率が高いので、これで十分に周知可能なのだ。
公示内容は、次のようにした。
『フロリア王国の商人が、モンドール帝国からの帰路で、国境警備隊を盗賊と誤認して攻撃した。これが原因で、モンドール帝国と緊張関係に陥っている。詳細については、現在モンドール帝国に問い合わせ中である。本件について対応が決まるまでの当面の間、モンドール帝国へは商用を含め一切の入国を控えること』
これまでも、モンドール帝国とは国民レベルでの交流は禁じてきた。だが今回はそれに加えて、商取引をも禁じる措置を講じることになったのだ。何しろ、発端となったのが、商用でモンドールを訪れた者が起こした事件である。これ以上、似たような事例が増えてはたまったものではないからだ。
三日後、アリリオから新たな手紙が届いた。
エリーは不安そうに封を開けて、中身を読む。そして、目を見開いて固まった。そのままエリーは放心したように便箋を見つめていて、動かない。エリーが手紙の内容を説明してくれるのをしばらく待っていたが、やがてしびれを切らしてジェイが尋ねた。
「何て言ってる?」
「宣戦布告派が激増したって……」
「理由は?」
「ジュースっぽい」
「は?」
なんでジュースが開戦の原因になるのか。意味がわからない。
首をひねるジェイに、エリーが暗い顔で説明をした。
今回のエリーの公示に従い、商人たちはモンドール帝国への入国を控えるようになった。これにより、「元気の出るジュース」の主要な原材料である「元気のもと」の供給が、モンドール帝国内では絶たれてしまった。
それでも、すぐに在庫が切れるようなことはないはずである。
にもかかわらず、ジュース店は閉店した。
原材料の供給とは別の問題として、モンドール帝国でジュース店を開いたのが、フロリア王国から派遣された者だったからだ。この店主が、今回の騒ぎを理由として、店を閉めてフロリアに帰国してしまったのだと言う。
これに対して、帝国内で不満が噴出した。
どうやら、ジュース店が開店して日も浅いというのに、「元気の出るジュース」がすっかり浸透していたようなのだ。それも、主に軍部に所属する者たちに重宝されていた。まずいが、飲めないというほどではないし、何よりポーションより安い。連続使用できなくても困らない程度にしか使用しない者にとって、ジュースは手放せないものとなっていた。
なのに突然の閉店だ。
その結果、「聞けば、原材料の供給元も、店主もフロリア王国のものだと言うではないか。ちょうど攻め込む口実もあることだし、国を落として本店ごと手に入れてしまえばよいだろう」という強硬派が、わらわらと湧いて出てきたらしい。
ちなみにこの「わらわらと湧いて出てきた」という表現は、アリリオの手紙に書かれていたままの言葉だ。
エリーからの説明を聞き終わり、ジェイの頭の中には何かが浮かびそうになった。
「そうか。ジュースか」
「うん……」
エリーは沈んでいるが、ジェイには逆にこれが突破口を開く光明のように思えた。
と言うのも、逆に考えれば「モンドールは戦争を辞さないほど、ジュース店を手に入れたいと思っている」ということだからだ。うまくすれば、これは使える。
それをエリーに説明しようとしたところへ、レイモンドが飛び込んできた。
「エリー! あ、ジェイもいた。ちょうどいい」
「どうした?」
「ふふふ。商業ギルドの調査結果が出たんだ」
レイモンドらしい得意顔に、エリーはかすかに笑みを浮かべた。相変わらず顔色は悪いが、多少は気持ちが浮上したようだ。
「父と兄を連れて来たんだけど、部屋に呼んでいいかな?」
「もちろん」
レイモンドの言葉に、エリーは部屋の入り口のほうを振り向いた。そこには、二人の人影がある。腰を浮かしかけたエリーをジェイは片手で押しとどめ、入り口へ向かう。入り口で控えていたのは中年男性と、ジェイと同じかやや年上くらいに見える青年だった。
いずれも華美ではないが、仕立てのよい服に身を包んでいた。
「どうぞ、中へ」
「失礼します」
ジェイの案内に従って、二人とも執務室に入る。
エリーは椅子から立ち上がって、二人を歓迎した。レイモンドが二人の脇に立って、紹介する。
「こちらが父のオーソン、こちらは兄のスコットです」
「ようこそ、いらっしゃい」
エリーは二人にソファーを勧め、自分も向かい側に座った。レイモンドも兄の隣に腰を下ろす。そこへまるで見計らったかのように、入り口の扉を叩く音が響いた。振り返ってみれば、ワゴンを押したイグニスがいる。
エリーがうなずくとイグニスは入室し、パイを切り分けた。
「今日はレモンメレンゲパイです」
イグニスの横で、ジェイは紅茶を入れて配る。配り終えると、エリーが自分の横の座面を手で指し示しながら、ジェイに声をかけた。
「ジェイも座って」
ジェイは少し迷って、さっとレイモンドたちのほうに視線を走らせる。レイモンドの家族とはいえ、一応は「外部の者」だ。だが、すかさずレイモンドから「うん。そのほうが私たちも落ち着く」とエリーを援護する言葉をかけられた。彼の父と兄も、同意するようにうなずいてみせるので、ジェイは素直にソファーに腰を下ろすことにした。
いつの間にかジェイの分のパイと紅茶も用意されている。イグニスの仕業だ。ワゴンを押して出ていく精霊王を見送ると、部屋を出て扉を閉める直前に、彼はパチリと片目をつぶってみせた。




