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代理の王さま  作者: 海野宵人
第二章 外交

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28 初めての国外折衝 (2)

 エリーは初めての親書を、二時間ほどかけて書き上げた。

 内容を確認したのは、ジェイとヴィヴィアンだ。エリーに頼まれて、体裁や言葉遣いに問題がないかを二人がかりで添削した。添削したと言っても、修正が必要な部分はほとんどない。過去の親書を参考にしたらしく、初めて書いたとは思えないくらい、体裁が整っていた。


 二度ほど書き直した後、最終版を確認する。


「何も問題ないと思うわ」

「直したほうがいいような箇所は、特に見つからないな」


 エリーらしい、落ち着いた礼儀正しい文章だ。

 沸点が低いと思われるモンドール皇帝に出しても、これなら問題が起きることはないだろう。ジェイとヴィヴィアンの両方から保証されて、エリーはやっと安心したらしい。丁寧に封をし、祈るようにして魔法手紙を飛ばした。


 モンドール帝国の皇帝ハイメから返信が届いたのは、翌日のことだった。

 魔法手紙の小鳥が姿を現した瞬間、エリーの表情が強ばる。手紙の送り主を確認してから、封を開け、おそるおそるといった様子で中身を読んだ。読み終わるとエリーは、大きく息を吐き出した。


「これから事実関係を確認するって」

「そうか」


 エリーから手渡された便箋を読むと、確かに「これから事実関係を確認する」という意味のことが書かれていた。それ以上でも、それ以下でもない。

 つまり、少なくとも今の段階では、皇帝ハイメはまだフロリア王国に対して何かするつもりはないということだ。この先どう転ぶかは、わからないが。多少の猶予ができたというだけであって、楽観はできない。


「フェリペとアリリオには連絡したか?」

「してない。したほうがいい?」

「うん」


 正式なやり取りは、国主との間ですべきだ。だがそれだけでは、こちらが得られる情報が少なすぎる。皇帝ハイメからの親書には「事実関係を確認する」とあるだけで、確認した結果を知らせるとも何とも書かれていない。ということは、知らせてもらえるだろうなどと期待しないほうがよい。


 のんびりと待ち構えている間に、ブルーノの主張がモンドール帝国側ですんなり通ってしまったら目も当てられない。その場合、一週間後にいきなり宣戦布告を受けることだって、十分にあり得るのだ。だから、あちら側がこの件を今どのように扱っているのか、できることなら内部の情報を得ておきたい。

 そういう意味で、フェリペやアリリオと私的に親交を結べたのは僥倖だった。これを活用しない手はない。


 そう説明すると、エリーは「わかった」と真剣にうなずく。

 そしてすぐに、フェリペとアリリオそれぞれに宛てて手紙を書き始めた。これまでの状況を説明し、差し支えない範囲でモンドール帝国側の動きを教えてほしいと依頼する内容だ。一応ジェイも文面を確認した上で、魔法手紙を飛ばした。


 先に返信が来たのは、いかにもマメそうなアリリオからだ。一時間も経たないうちに返信が届いた。しかも、結構長い。手紙を読んだエリーは、目をパチクリさせている。


「なんか、すっごい謝ってる……」


 どうやら、ブルーノの蛮行について謝罪する文面で始まっていたらしい。

 そう。アリリオはこれを「蛮行」と捉えている。恥ずべき行為だという認識で、同じ国民として居たたまれない思いがする、と謝罪していた。だが、それがモンドール帝国側での共通認識かというと、残念ながらそうではないようだ。


 アリリオの所見によれば、モンドール帝国では、支配者層の大半が「どうでもいい」と感じている。ただし、この「どうでもいい」が厄介で、決して中立という意味ではない。むしろブルーノの蛮行を見逃す方向に働く可能性が高いと言う。彼らの「どうでもいい」とは、「興味がないので、どうでもいい。攻め込みたいなら、やっちゃえば?」という意味らしい。


 何しろ、フロリア王国には現状、軍らしきものが何もない。たとえブルーノの手勢だけだとしても、攻め入られたらおしまいだ。即降伏する以外、どうしようもないのだ。相手側もそれを十分に承知している。それゆえに、「どうでもいい」。

 それどころか、攻め入る口実があるなら便乗しようと言い出しかねない。攻め落とそうが、何も損することがないのなら、ブルーノを止める理由がないわけだ。


 そしてアリリオは、ブルーノの副官に過ぎない。

 エリーのために何かしたくても、この件に関しては何の権限も持たない、と手紙の中で謝罪していた。ブルーノは評議員だが、アリリオは違う。だから、帝国評議会での議決権もない。フェリペであれば評議員だが、将軍といえども評議会にあっては、評議員のひとりでしかない。一票だけでは、流れを覆すのは難しい。


 アリリオにできるのは、適宜、状況をエリーに知らせることだけだ。

 もし事態が動きそうなら、そのときまた連絡する、と書かれていた。


 アリリオからの手紙の内容をジェイに説明した後、エリーは胃のあたりを片手でつかんで机に突っ伏してしまった。


「どうしよう……」

「まあ、思ってたとおりの内容だな」

「そうなの?」


 ジェイの感想に、エリーは顔を上げた。

 エリーにしてみたら、想像以上に状況が厳しく、もはや手の施しようがないように感じられたのだろう。だからジェイが少しも動じていないのが、意外だったらしい。


 ジェイにとって、モンドール帝国内の動きは、完全に想定内のものだった。それどころかある意味、想定していたものよりもずっとマシだった。アリリオからこれほど詳しく情報が得られるとは、思っていなかったのだ。


 それからさらに一時間ほどして、今度はフェリペから手紙が届いた。こちらは、アリリオからのものに比べると短い。概ねアリリオの手紙を要約したような内容だった。


 違うのは、状況を変えるために必要な条件が書かれていたことだ。エリーは頬杖をついて、難しい顔でその部分を読み上げた。


「『フロリアと戦争になったらモンドールが損をする、あるいは現状を維持するほうが得だと説得する材料が何かありませんか』だって」


 そして深くため息をついた。


「そんなものがあったら、苦労しないよねえ……」


 それでも、何かひねり出さなくては。ないなら、作るしかないのだ。一週間以内に。

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