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代理の王さま  作者: 海野宵人
第二章 外交

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23 国際紛争 (1)

 ジュース店の支店を展開してから、早くも一週間が経過した。

 結局、国内の支店を出すのと同時に、モンドール帝国とゼノビス王国にも支店を出すことになってしまった。原料は基本的に現地調達なので、前倒しにしてもさほどの支障はなかったらしい。

 現地調達できない唯一の例外が「元気のもと」、つまりコッコの皮を乾燥させて粉末にしたものである。だが、これは乾物なので保存性が高い上に、重量もたいしたことがない。だから支店を出す場所が確定した時点で、すぐに輸送済みだったそうだ。


 この日も、レイモンドが王城の収支報告のために、エリーの執務室を訪れていた。


「国外の支店も、売り上げは順調だって報告が来てる」

「そっか。ありがとう」


 ただし、モンドールでもゼノビスでも、開店当初はちょっとしたいざこざがあったと言う。いずれもそれぞれの国の王都に支店を出したのだが、販売価格がフロリア王国の王都にある本店よりも高いことに、文句を言う者がいたのだ。

 店では「材料の一部をフロリアから輸入しているため、輸送費分を上乗せした価格設定なのだ」と説明している。その説明で、今のところはそれ以上ごねる者は出ていないようだ。


 つまり全体的に見て、大きな問題もなく順調だった。

 そして、大きな問題が舞い込んでくるのは、えてしてこのように物事が順調に進んでいるときなのだ。


 二人の間に、どこからともなくすうっと魔法の小鳥が現れた。

 小鳥は小さくさえずるとエリーの手にとまり、姿を手紙に変えた。封筒の表には、大きく赤い「至急」という文字がスタンプされている。エリーは封筒を裏返して、差出人を確認した。


「ゴッドおじさんだ」


 エリーは「ちょっと失礼」とレイモンドに断ってから、封を開けて手紙を読む。そして大きく目を見開き、顔面蒼白になった。見たところ文面は短いはずなのに、エリーは手紙から顔を上げない。便箋をじっと見つめたまま、声もなく固まっている。

 しばらく静かに待ち続けていたレイモンドだが、心配そうにおずおずと声をかけた。


「何かあった?」

「モンドールから襲撃を受けたって……」

「ええっ⁉」


 衝撃的な知らせに、レイモンドは大きな声を上げる。ジェイも、驚きに目を見張った。

 モンドール帝国は好戦的な国ではあるが、今このときに襲撃を受ける理由がわからない。つい一か月ほど前に、特使としてフェリペ将軍たちが訪れたばかりではないか。それなりに友好的な交流が図れたはずだ。

 レイモンドもジェイと同じようなことを考えていたらしい。いぶかしげに首をかしげた。


「理由は?」

「わかんない。商人と護衛が襲われたらしい」


 なんだそりゃ。とジェイは眉をひそめた。ただの追い剥ぎにしか聞こえない。

 エリーはしばらく便箋を見つめて考え込んでいた。が、やがて勢いよく立ち上がる。


「ちょっと、おじさんとこに様子を聞きに行ってくる」

「うん。気をつけて」


 レイモンドは引き留めはしないものの、心配そうだ。

 足早に部屋を出ていくエリーをジェイが追いかけようとしたとき、その腕をレイモンドがつかんだ。


「どうした?」

「私の思い過ごしならいいんだけど、本当に気をつけて」


 レイモンドの言いたいことがよくわからず、ジェイは眉根を寄せる。レイモンドは困ったように苦笑した。


「今は時間がないだろうから、帰ってきたら相談するよ」

「わかった」


 ますます意味がわからないが、とりあえずジェイはうなずいておいた。

 レイモンドに手を振って別れ、ほとんど小走りのようにしてエリーを追いかけて廊下に出る。エリーは水の精霊王マールにつかまっていた。何やら口論しているようだ。

 エリーは迷惑そうな顔で、首を横に振っている。


「いらない」

「もう夏なんだから、日射病に気をつけないと。帽子がいやなら、スカーフでもいいから──」

「いやだよ、スカーフなんて。女の子じゃあるまいし」


 なるほど。状況はわかった。

 どうやらマールが世話を焼こうとするのを、エリーが拒否しているらしい。さすが乳母。即位したって、子ども扱いだ。でも、マールの言うことにも一理ある。これからゴッドフリー・サフィードのところへ急ぐなら、まさか馬車ではあるまい。炎天下で馬に乗るなら、この季節、日射病対策は必要だ。

 ジェイはエリーに近づき、ささやいた。


「帽子は、あったほうがいい」

「でも、デクが走ると帽子なんて飛んじゃうからさ」

「ならスカーフでいいだろ」

「いやだよ」


 チラリとジェイがマールを見やると、応援するように力強くうなずいている。任されてしまったようだ。


「スカーフは男だって使うぞ」

「えええ。本当?」

「男には男の巻き方があるんだよ。後で教えるから」


 すかさずマールが、子どもの機嫌をとるような笑顔でにこにこと、エリーとジェイにスカーフを一枚ずつ手渡す。


「ほら、おそろいよ」

「もう。子どもじゃないんだから……」


 辟易したように顔をしかめてぶつぶつ文句を言いながらも、エリーはスカーフを受け取った。こんな子どもっぽい態度のエリーを見るのは、初めてだ。ジェイは笑ってしまいそうになりながら、エリーの耳もとにささやいた。


「その態度は、反抗期の子どもそのものにしか見えないな」


 小声でからかわれ、エリーの頬はピクッと引きつった。だが、言い返すことはない。そのまま、きまり悪そうにうつむいてしまった。しばらく黙って足もとを見つめた後、エリーはしゅんとして上目遣いにマールに謝る。


「今のは八つ当たりだった。ちょっと不安で、イライラしてたんだ。マール、ごめん」

「いいのよ、わかってるわ。気をつけて行ってらっしゃいね」

「うん」


 手を振ってマールと別れると、今度はイグニスが足早に近づいてきた。水の入った皮袋を二つ手にしている。


「出かけると聞いたから。ちゃんと水分をとるんだよ」

「うん。ありがとう」


 スカーフで反省したのか、エリーは今度は素直に受け取った。

 二つの皮袋のうち、ひとつはジェイに渡された。ひんやりとよく冷えている。まったく至れり尽くせりだ。精霊王たちの過保護っぷりには、笑うしかない。


 だが彼らが気を配ってくれることができるのは、道中の支度まで。これからエリーが対処しなくてはならない問題に関しては、手助けどころか、助言も何もない。自分たちだけで何とかしなくてはならないのだ。

 外交問題に関してジェイにできることは、正直ほとんどない。が、できる限りの手助けをしよう、と気を引き締めた。

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