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代理の王さま  作者: 海野宵人
第二章 外交

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21 解毒魔法 (2)

 一同が執務室に戻ったところへ、火の精霊王イグニスがワゴンを押して部屋に入ってきた。


「今日はアップルタルトだよ」

「おお、いい匂い」


 エリーの好みに合わせて、レモンとシナモンをたっぷり効かせたタルトは、焼きたてだ。香ばしい匂いが部屋の中に広がる。イグニスは手際よくタルトを切り分け、紅茶とともにテーブルの上に並べた。

 エリーも席を立って、みんなと一緒にソファーに座る。


 紅茶椀を手にしたまま、飲むでもなくぼんやりしていたヴィヴィアンが、ふとレイモンドに話しかけた。


「ねえ、レイ」

「何でしょう?」


 アップルタルトにフォークを刺そうとしていたレイモンドは、とたんに背筋を伸ばして、キリッとした顔で返事をする。エリーやジェイに対するときと、あからさまに態度が違う。その変貌ぶりに、あやうくジェイは吹き出しそうになった。


「あの魔法書や解毒薬は、何の毒に効くものなの?」

「ああ。それがね、わかんないんですよ……」


 何だそりゃ。とジェイは思った。

 解毒薬とは、毒を中和するためのものだろう。何の毒のためのものだかわからなければ、使いようがないではないか。解毒したい毒がわからないのに、なぜ解毒薬だけ存在するのか。わけがわからない。

 怪訝そうに眉をひそめたジェイに、レイモンドはあわてて解説をする。


「すごく珍しい毒らしいんだ。でも地元の人は、誰でもあの解毒薬を持ち歩く習慣があるんだって」


 ますます謎である。

 そんなに珍しい毒なら、解毒薬を持ち歩くほどのことはないのではないだろうか。

 エリーやヴィヴィアンも同じ感想を抱いたようで、どちらも首をかしげている。


 タルトを食べる手が止まっていたエリーは、ややあってからぽつりとつぶやいた。


「フェリペ将軍に手紙を出してみようかな」

「何て?」

「もしかして、何かご存じじゃありませんかって」

「やめとけ」


 ジェイはエリーの案を即座に否定した。素直で純真なのはエリーの長所だが、さすがにこれはまずい。


 エリーはおそらく「個人的に仲よくしてほしい」と言ったフェリペの言葉を、額面どおりに受け取っているのだろう。だが、相手はモンドール帝国の要人なのだ。モンドールなど、フロリア王国にとっては仮想敵国と呼んでも差し支えないほど、緊張感あふれた関係の国ではないか。しかも、その国の軍部における頂点に立つ人間。

 うかつな連絡はすべきでない。


 そんな人物に「ある毒物について、何か知っていることはないか」と尋ねるなど、愚の骨頂だ。


 まず、そう尋ねること自体が、相手の逆鱗に触れる可能性がある。「『お前は毒を使った裏工作をしたことがあるだろう』と探りを入れられた」ととられても仕方のない質問だからだ。よほど親しく、気心の知れた相手でなくては、聞いてよいことではない。


 それに、もっと根本的な問題もある。こちらが毒についての情報を集めているということを、相手に知らせてしまうのが、そもそもまずいのだ。そうなれば当然、「なぜそんな情報を集めているのか」と勘ぐられることになるだろう。


 せっかくアランのことを「病に倒れている」と公表しているのに、それを台無しにしかねない。しかも、それだけで済めばまだいい。

 最悪、ゼノビス王国の「アランがモンドール帝国の刺客により毒殺された」とする主張を裏付けるような行動ととられかねない。つまり、モンドール帝国と戦争中にあるゼノビス王国寄りの行動をとることで、モンドールと敵対する意志ありとみなされかねないわけだ。


 ジェイがエリーにこうした事情を噛んで含めるように説明すると、エリーはしゅんと肩を落とした。


「そこまで考えてなかった。ごめん」

「わかってくれれば、それでいい」


 ジェイは表情をゆるめて、ホッと息をついた。

 エリーは聡い。世間知らずなところはあるけれども、一度注意すればもう大丈夫なはずだ。

 なまじフェリペ将軍が友好的に振る舞うものだから、きっとエリーも気が緩んでしまったのだろう。だがあの国は、ほんの少しであれ隙を見せてよい相手ではない。とことん用心してかかるべきなのだ。


 しょんぼりしてしまったエリーを慰めるように、眉尻を下げてレイモンドが声をかけた。


「私もガリストン地方について、もう少し詳しく調べてみるよ」

「うん。ありがとう」


 それまで口を挟まずに黙って聞いていたイグニスが、「ガリストン」という名前に反応した。


「このタルトのりんごも、ガリストン産だよ」

「え、あんな遠くから、わざわざ仕入れたの?」

「うん。ちょっと奮発した」


 イグニスの答えに、ジェイは眉を上げた。

 本当に「ちょっと奮発した」のか、少々疑わしく思ったから。りんごは確かにガリストンの特産品ではあるけれども、生のりんごを輸入するにはフロリア王国から距離がありすぎた。ジェイはこれまで、ガリストン産のりんごがフロリア国内で流通しているのを、見たことがない。フロリアで見かけるのは、りんご酒のように加工されたものばかりだ。


 ジェイがチラリと横目でイグニスを盗み見ると、イグニスはいたずらっぽく片目をつぶって見せた。

 なるほど。やはり、そうか。

 どうやら、精霊王ならではの特殊な経路でこっそり入手したものらしい。たぶん、これくらいであれば「人の世への干渉」にはあたらず、許容範囲なのだろう。


 ジェイは口の端をつり上げたが、何も言葉にはしなかった。

 ガリストンの「金のりんご」とは、懐かしい。

 子どもの頃には、ガリストン産のりんごをよく食べたものだ。


 ガリストン産のりんごは「金のりんご」と呼ばれている。

 赤でも緑でもなく、黄色っぽい色をしているためだ。正直、ジェイはあのりんごが金色と言われても、あまりピンとこない。ただ、他のりんごと違い、ガリストンのりんごは皮にとてもつやがあった。だから日の当たる場所に置かれていると、光の具合で金色に見えることがないでもない、とは思う。


 ガリストンのりんごは、別の土地に植えても金色の実はつけないと言う。「金のりんご」が採れるのは、ガリストン限定なのだ。しかも、ガリストンの中でも特定の地域に限られているらしい。


 そんなふうに「金のりんご」について考えているうち、ジェイの頭の中には何かがつながりそうな気がした。「ガリストン」、「毒」、そして「金のりんご」。遠い記憶の中に、この三つの言葉をつなぐものが、確かにあった。

 アランの解毒には役立つまいが、後で確認してみよう、とジェイは思った。

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