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代理の王さま  作者: 海野宵人
第二章 外交

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17 男のバナナジュース (1)

※バックギア全開の飯テロあり

 夏至祭から一週間。

 厨房の片隅で、ささやかな試飲会が内々に開かれていた。参加者はマティルダ、ローリー、レイモンド、そしてジェイ。火の精霊王イグニスもその場にはいるが、傍観に徹する構えのようだ。


 テーブルの上には、三種類のジュースが置かれている。

 りんごジュース、ぶどうジュース、バナナジュース。


 実はこれ、夏至祭の数日前に発足したプロジェクトにおける試作品なのである。プロジェクトのコードネームは「コッコ」。コードネームというより、単なる原料名でしかないのだが、そこは深く考えてはいけない。

 このプロジェクトは、「コカトリスの皮を原料にして、ポーション相当の効果を持つものを、錬金術師ギルドを通さずに販売できる製品を作ること」を目的としている。


 錬金術師ギルドを通さずに売るための策として、ジェイが考えたのは「ポーションではなく、食品として売る」という方法だ。単なる食品であれば、錬金術師ギルドを通す必要はない。たとえ、その食品にたまたま体力回復や治癒の効果がついていたとしても。


 ただし、ポーションよりも安くする。

 効果がポーションと同じであるにもかかわらず、ポーションよりも高くしてしまったら、売れるわけがない。だから安くする。

 だが、効能と使い勝手が同じで、値段まで安かったら、錬金術師ギルドから横やりが入る可能性が極めて高い。


 だから、ポーションに比べて不便な点をひとつ作る。

 同じ効果で、ちょっと不便だけど、その代わりに少し安い。

 これがジェイの出した条件だった。


 逆に、「ちょっと便利で、少し高い」とする案もあった。当然ながら、そのほうが利益率は高い。だが、食品でありながらポーションよりも性能がよいと、それはそれで錬金術師ギルドの誇りを傷つけることになりそうだ。それよりは、劣化版を作るほうが無難だろう、とジェイは判断した。

 そしてその条件をすべて満たした試作品が、テーブルの上に置かれた三種類のジュースというわけだ。


 ジュースはそれぞれ、ガラス製の水差しに入れられている。

 ジェイはそれを、疑念に満ちた目でにらむように見つめ、いぶかしそうに首をひねった。


「これは、ジュースなんだよな……?」

「そうよ」


 試作品を作った人物であるマティルダは、こともなげにうなずく。

 だが、ジェイにはそれがジュースであるとは、どうしても納得できそうもない。


 何しろ、色がおかしい。

 りんごジュース、ぶどうジュース、バナナジュースというならば、それぞれ名前から想像される色というものがある。りんごジュースなら飴色だろうし、ぶどうジュースなら琥珀色ないしは紫色だろう。

 だが、目の前のジュースはどうだ。どれもこれも一様に、毒々しい緑色をしているではないか。どう見ても果物の色じゃない。


 マティルダはジェイとレイモンドの前に、食前酒用の、ひとくちサイズの小さなグラスを置いた。そこにまず、彼女が「りんごジュース」と称するものを注いだ。


「はい、どうぞ」


 どうぞ、と言われても手を出したくない。ジェイは基本的に食べ物の好き嫌いはしないほうだが、さすがにこれには食指がまったく動かなかった。


「これ一杯で、ポーションと同じ効果なのか」

「そうよ。それで初級ポーションと同じくらいの効果があるわ」


 諦め悪く、時間稼ぎも兼ねて効能を確認してみる。できることなら、難癖をつけて飲まずに済ませたい。だが残念ながら、予想どおりの答えが返ってきただけだった。

 眉間に深くしわを刻んで、ジェイは小さなグラスを目の前にかざす。いくらにらみつけても、緑色のドロドロが琥珀色の液体に変化したりするわけはないのだが。


 その横で、レイモンドが意を決したように勢いよくグラスの中身をあおった。


「うえっ。まっずうううい……」


 感想を聞いたら、よけいに飲みたくなくなる。しかも、えずくほどのまずさらしい。

 飲みたくない。ものすごく飲みたくない。


 だがマティルダは威圧感あふれる笑顔で試飲を待っているし、ローリーも期待に目を輝かせて見守っている。仕方なくジェイはため息をついて腹をくくり、ぐいっとグラスの中身を飲み干した。


「うっ……。まずい……」

「そうよね!」


 満面の笑顔でうなずくマティルダ。

 いや、なんでそこで得意そうなんだ。とジェイは思ったが、口に出す元気は残っていなかった。何しろ、見た目を裏切らない激烈なまずさだったのだ。


 まず、匂いがひどい。青くさいだけでなく、何とも言えないくさみが何層にも重なっている感じがする。不思議と腐敗臭だけはしないが、それ以外のありとあらゆる不快な匂いが凝縮されている。

 舌触りもひどい。繊維質の何かがドロドロの中に残っている上に、ネバつく食感まである。

 そして何より、味が最悪だ。苦いし、渋いし、わけのわからないピリッとした辛味はあるし、飲み下した後までしぶとく口内に残るえぐみもある。ちなみに、りんごジュースのはずなのに、りんごの風味どころか、甘味と酸味さえまったく感じられない。りんご要素はどこへ消えてしまったのか。


 最低な後味に耐えていると、マティルダが笑いながら水の入ったグラスを目の前に置いた。


「お口なおしをどうぞ」


 ほんのりとレモンの香りのする水だった。口の中に残った後味が洗い流されていく。

 ホッと息をつくジェイに、マティルダが尋ねた。


「どう? これなら条件を満たせる?」


 質問の意図を測りかね、ジェイは眉根を寄せた。

 その様子を見て笑いながら、マティルダは説明をする。


「まずくて連続では飲めないでしょ? 『ちょっと不便』じゃない?」

「ああ、そういうことか」


 説明を聞いて、やっと理解ができた。

 確かにこの味では、とてもではないがポーションのように連続して使うことなどできそうもない。でも、これが「ちょっと不便」程度で済む話かというと、実感としては決して「ちょっと」ではない気がする。

 そう感想を告げると、マティルダは首を横に振った。


「でも、味覚って慣れるし。慣れて連続使用できるようになる程度のまずさじゃ、やっぱり錬金術師ギルドから何か言われそうじゃない?」

「ふむ」


 筋が通っている。ジェイはうっかり納得しそうになってしまった。

 だが、しかし。やはり、このまずさは尋常ではない。渋い表情でじっとジュースの入った水差しをにらむジェイに、マティルダは何かを思い出したという顔で口を開いた。


「実はね、もうひとつ試作品があるの」

「ほう?」

「生クッキーにしてみたんだけど、まずすぎて飲み込むのが大変でね」

「へえ……」

「やっぱり飲み物にしたほうが無難かなあって、ジュースになったのよ。試してみる?」

「いや。いい」


 ジェイは早口に断った。

 脳内には、このジュースを凝縮して固形化したクッキーが思い浮かぶ。それを口に入れたところを想像すると──。ジュースが無難だというマティルダの意見に、ジェイは一も二もなく同意した。

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