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代理の王さま  作者: 海野宵人
第二章 外交

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16 雷とヒバリとトイレ (4)

 夏至祭の翌朝、モンドール帝国からの客人たちは、自国へと旅立って行った。もちろん出立前には約束どおり、コッコ肉の燻製を包んでそれぞれに渡してある。


 夏至祭そのものも、あの花火隊を最後の出し物として、無事に終了した。

 市民たちからは、大変に好評だった。


 何とか無事に、初めての夏至祭と、モンドール帝国からの客人の接待を乗り切った。エリーは執務室で、どっと脱力して机の上に突っ伏す。


「あー、疲れたあああ!」

「お疲れ」


 ねぎらいの言葉とともに、菓子と茶器の載ったワゴンを押して部屋に入ってきたのは、火の精霊王イグニスだ。今日は室内にゴッドフリー・サフィード伯がいない。昨夜の晩餐会の後、自分の屋敷に帰って行った。だからイグニスが室内まで入ってきたのだろう。


 ワゴンの上のレモンタルトを見て、エリーが目を輝かせる。エリーは甘さ控えめで酸味の効いた菓子が好きなのだ。


「おお、おいしそう」

「焼きたてだよ」


 イグニスはエリーに笑いかけながら、手際よくタルトを切り分けて皿に盛り付けた。


「さあ、どうぞ」

「いただきます」


 レイモンドとジェイの分も用意してある。ゴッドフリーの目のないところでは、ジェイもこうして一緒の席に座ったり、食事をしたりしていた。焼きたてでまだ温かいレモンタルトを頬張りながら、レイモンドが尋ねた。


「ところで、昨日の大音響はいったい何だったの?」

「ああ、あれはな──」


 ジェイはレイモンドに、昨晩ブルーノが地下の通路で倒れているところを発見されたいきさつを簡単に説明した。それを聞いて、レイモンドは眉をひそめる。


「つまり、あの部屋に入ろうとしたってこと?」

「だな」


 いつブルーノが姿を消したかと言えば、フェリペが花火隊に挨拶したいと言い出したときだ。そのときまでは、確かにモンドール帝国人は三人ともエリーたちと一緒にいた。姿が見えなくなったのは、バルコニーを下りて、門前広場まで移動するまでの間だ。


 ブルーノの姿が見えなくても、ジェイはあまり気にしていなかった。単に人混みにまぎれて見えなくなってしまっただけだと思っていたからだ。だが今にして思えば、すでにブルーノだけ別行動をとっていたに違いない。人手がなくて、目が行き届いていなかったが。

 そこまで聞いてから、レイモンドは歯切れ悪く切り出した。


「あまり考えたくないけど、フェリペ将軍が花火隊に挨拶したがったのも、計画的だった可能性があるよね……」


 そう言われてみれば、あれはブルーノが単独行動する時間を稼ぐためだった、と疑わしく見えないこともない。


 ただし、ジェイはそれに対しては懐疑的だった。あの男が、そんなせこいことをするだろうか。やるならもっと堂々とやりそうだ。

 別に、フェリペが清廉潔白な人物だと思っているわけではない。必要とあらば、冷酷な手段であってもためらうことなくとるだろう。ただ、せこくはない。もしフェリペが本気で何かを狙うなら、それこそ戦争を吹っかけるなりして、力尽くで手に入れるに違いない。

 ジェイがそんな考えにふけっていると、部屋の入り口から柔らかな声がした。


「何が計画的でしたって?」


 ヴィヴィアンだ。

 エリーがそれまでの会話内容とフェリペの疑惑をかいつまんで説明すると、ヴィヴィアンは首を横に振って否定した。


「ああ、それはないわ」

「どうしてそうわかるんですか?」

「だって、あのかたなら『フロリアの秘宝』が宝物庫に入ってるはずがないと理解しているはずですもの」


 不思議そうに聞き返したレイモンドに、ヴィヴィアンはにこやかに説明する。


「だから、ブルーノ卿の単独行動でしょうね」


 ヴィヴィアンの導き出した結論に、エリーは「そっか」と安堵したようにうなずいた。ヴィヴィアンはそのままいたずらっぽく微笑んで、とぼけた質問をする。


「それに、そもそもブルーノ卿は、お手洗いを探していただけなんでしょう?」

「うん。最初にビリッと来ても無理矢理開けようと頑張っちゃうくらいには、切羽詰まってたらしいよ」


 ヴィヴィアンとエリーのやり取りに、レイモンドは吹き出した。


「何それ。本気で言ってるの?」

「んー。まあ、そういうことにしとくのが、平和そうじゃない?」


 おや、とジェイはエリーの答えに眉を上げた。どうやらあれは、エリー渾身のすっとぼけだったらしい。すっかり騙された。ただし、あれはエリーだからできたことだ。他の誰がやっても、わざとらしくて嫌みにしかならなかっただろう。


「それにしても、本当は何を探そうとしてたのかしらね」


 ヴィヴィアンが首をかしげると、しばらくしてからレイモンドが「あー!」と大きな声を上げた。


「ごめん、たぶんそれ、私のせいだ」

「なんで?」


 きょとんとして尋ねたエリーに、レイモンドが説明する。

 前日の昼近くに、エリーたちはレイモンドが持ち込んだ新しい解毒薬をアランに試した。その後、階段でブルーノとすれ違っている。そのすれ違いの直前に、レイモンドは「国の宝のためなら、いくら金を使っても惜しくない」というようなことを口にしていた。そのせいではないか、とレイモンドは言うのだ。

 エリーは眉根を寄せて、首をかしげる。


「それって、兄さんのことだよね?」

「うん。でもブルーノ卿は、何か本当に宝があると思っちゃったのかもしれない」

「なるほど。でも別にレイのせいじゃないよ」


 レイモンドのせいじゃない、というエリーの言葉には、内心ジェイも完全に同意だ。仮に何か宝があると思ったとしても、普通の人間なら、こそ泥のような真似をすることはない。どう考えてもブルーノがおかしい。


 にもかかわらず、穏便に流してやったのがエリーの優しさだ。

 あいつは自分に温情をかけられたことが、きちんと理解できているだろうか。たぶん、理解していない。それどころか、あの手合いは自分が恥をかかされたと逆恨みしかねない。それがジェイには少し心配だった。

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