15 雷とヒバリとトイレ (3)
ヴィヴィアンは慰めるような声音で続ける。
「でも、入れなくてよかった。あの部屋は、知らずに入ると危険ですから」
「危険? 何が危険なんですか?」
アリリオが不思議そうに尋ねるのに、ヴィヴィアンが答えた。
「あの部屋には、薬の原料を保管しているんです。原料って、劇薬もあるでしょう? だから知らずに間違って入ることのないよう、厳重に管理しています」
「あ、宝物庫ではないんですね」
「違いますよ。命にかかわりますから、宝物庫よりずっと厳重です」
ヴィヴィアンは周到にアランの存在に触れずに話をしている。それでいて、嘘は言っていない。
「夫の部屋の扉にも、同じ仕掛けがしてあります。万が一にも、うつる病気だったら困りますからね」
「ああ、そうか。ご主人のために薬を……」
アリリオは気の毒そうに言葉をにごした。
とりあえず、これまでのところ、ヴィヴィアンは嘘は言っていない。アランの部屋と薬を管理している部屋が別々だと誤認させる言い方をしてはいるが、それ以外はまあ、嘘ではない。
そこへ、エリーが横から口を挟んだ。
「それに、うちの宝物庫は、地下じゃないんです」
「そうなんですか?」
「うん。宝物庫は、僕の部屋のすぐそばなの」
「それはまた、変わってますね」
愛想よく相づちを打つアリリオに向かって、エリーはため息をついた。ジェイもため息をつきたい。こそ泥の未遂犯の前で、宝物庫の場所なんて暴露しないでほしい。
だがエリーはくったくなく続ける。
「そもそも金目のものが全然ないしねえ。宝っぽいのは、王冠くらいじゃないかな」
「ああ、わかります。僕の故郷の城も、そんな感じでしたよ」
ここでフェリペが共感を示した。自らモンドール帝国へ併合される道を選んだような国だから、最後は財政的にもギリギリだったのだろう。
そしてエリーはとまらない。
「居室に近いから、兄さんたちが倉庫代わりにしちゃってて。サイズが合わなくなった装備なんかを、全部あそこに突っ込んでるんですよ。もう、いい加減にしてほしい。中古装備だけで、部屋が一杯なんだもの」
「まあ、空いた場所があるとそうなっちゃいますよねえ」
すっかり愚痴になっている。共感を表したフェリペに、エリーが興味を示した。
「モンドールの宝物庫もそうなんですか?」
「いや、モンドールは違います。きっちり規則化されているので」
モンドール帝国での宝物庫の利用規則を、フェリペは簡単に説明して聞かせた。エリーはそれに、興味深そうに耳を傾ける。
「なるほど。うちも、きちんとした規則を作ろうかな」
「うん、それがいいですよ。無秩序に何でも保管すると、すぐ一杯になっちゃいますからね」
「そう。ほんと、そうなんですよ」
エリーとフェリペが宝物庫の利用法で盛り上がっている横で、ヴィヴィアンがおっとりとブルーノに微笑みかけた。
「ブルーノ卿のお加減がよろしいようなら、お部屋へ案内させましょうか」
「はい」
ブルーノはフェリペを横目でうかがいながら、気まずそうにうなずく。
「それとも、先にお手洗いに──」
「大丈夫です」
にこやかに提案しようとするヴィヴィアンをほとんど遮るようにして、ブルーノは憮然とした顔で請け合った。
どうやらここは「ブルーノの捜し物はトイレだった」ということで、話をうやむやにする流れのようだ。それでいいのか、と思わなくもないが、仮にこそ泥だったとしても未遂にすぎない。だったら、ことを荒立ててもよいことなど何もないだろう。
ブルーノが少々──かどうかはわからないが──赤恥をかいただけで終わるなら、因果応報でもあるし、ちょうどよい落とし所なのかもしれない。
ジェイは客人たちを見回してから、「では」と侍従らしく会釈して案内をしようとした。が、フェリペがトイレの方向を指さしながらそれを遮った。
「ブルーノ、行っとけ。途中で間に合わなくなっても、困るからな」
「いや、大丈夫です」
「すでに手遅れか」
「違います!」
「なら、行ってこい」
有無を言わさぬ圧に負け、ブルーノは渋々と、前日ジェイが場所を案内しておいたトイレに向かった。その背中が見えなくなったところで、フェリペはエリーに頭を下げた。
「穏便に済ませてくださった配慮に、感謝します」
「いえいえ。間に合ってよかった」
エリーの返事は、どこか少々ずれている。だがフェリペは、ただ微笑んでみせるだけ。さきほどまでブルーノに見せていた威圧感は、どこにもない。
そしてフェリペは、ふと真顔になった。
「陛下、僕はあなたが気に入った」
「ええっと、ありがとう」
戸惑ったように、エリーは礼を言う。
「というわけで、同盟組みませんか」
「え。いや、それは、ちょっと……」
「という冗談は、置いといて」
さすがにエリーも、少々げんなりした顔になる。アリリオが小声で「将軍!」といさめるも、フェリペは涼しい顔だ。
「この先も、ぜひ個人的に仲よくしてください。困ったときには相談してくれれば、僕にできることはしましょう。必ず助けられるとは、約束できませんがね」
思ってもみなかったこの申し出に、エリーは目をまたたかせる。そしておずおずと「ありがとう」と礼を言い、ためらいがちに微笑んだ。その横で、アリリオからも同じ申し出があった。
「私ともぜひ、仲よくしてください」
「うん。よろしく」
これにはエリーもにこやかに返した。それを見てフェリペは「僕のときと反応が違う」と文句を言い、周りの笑いを誘った。アリリオはにこにこと得意顔だ。
「こういうところで人徳がものを言うんですよ、将軍」
「ただ歳が近いだけだろ」
「あ、おっさんだって自覚がちゃんとあったんですね」
フェリペとアリリオが軽口を言い合っているところへ、ブルーノが戻ってきた。
モンドール帝国人の三人をジェイが先導して、客室へ向かう。階段を上がろうとしたところで、レイモンドの声がした。
「ジェイ! すごい音がしたけど、何かあった?」
「すまん、また後で」
ジェイが手で制して小声で断るのと同時に、客人たちの姿がレイモンドの視界に入ったようだ。彼はあわてて「失礼しました」と詫びてから、フェリペに向かって頭を下げた。
「将軍! 先ほどは、ありがとうございました。子どもたちも、大喜びで」
「いやいや、こちらこそ。事前の打ち合わせもなしに対応してくれて、ありがとう」
にこやかに礼を言うフェリペに、レイモンドは会釈で応える。そのレイモンドの視線が、ふとブルーノの髪の上にとまった。左半分が焦げてチリチリになっているのが、気になったらしい。もの問いたげな視線が向けられる前に、ジェイは小さく首を横に振る。
ジェイの険しい表情に何かを察したらしいレイモンドは、ぎこちなく小刻みに何度もうなずいた。普段うざいやつだが、こういうときは察しがいい。レイモンドが何も尋ねずにいてくれたことに、ジェイは内心ホッとした。
ここでまたブルーノの「捜し物」の話をするのは、心の底から勘弁してほしいから。




