13 雷とヒバリとトイレ (1)
エリーたちがバルコニーから食堂ホールへ入ったときに、それは起きた。
シュッという音に続いて、城全体をとどろかす爆発音が響き渡ったのだ。
「何だ、これは」
「もしかして、雷ですかね……?」
フェリペとアリリオは、首をかしげながら顔を見合わせている。
だが、空は見渡す限りの晴天だ。きれいな星空が広がっていて、雷など落ちようはずもない。
全員が怪訝そうに首をひねる中、さらなる異変が起きた。
部屋の中に、どこからともなくヒバリが現れて、かまびすしくさえずりながら飛び回り始めたのだ。それも一羽ではない。少なくとも四、五羽はいる。ヒバリのさえずりは一羽でも十分に賑やかなものだが、これだけの数がいると、耳に突き刺さるほどの音量となった。
──落雷、そしてヒバリのさえずり。
ジェイの脳裏に、以前エリーに聞かされた言葉が蘇ってきた。
『無理に開けようとすると、雷が落ちて、城中に幻影の小鳥が飛び回るらしいよ──』
このヒバリは、明らかに本物ではない。本物の鳥であれば、フクロウのような夜行性の鳥でもない限り、こんな時間に飛び回るはずがないからだ。ということは、つまり幻影だろう。
何かとてつもなくまずいことが起きている。
ジェイは「少し離れる。すぐ戻る」とエリーに耳打ちして、足早に廊下に出た。廊下でもまた、ヒバリがそこかしこでさえずっている。廊下に出て少し歩いてから、彼は駆け出した。もはや侍従らしい礼儀作法など、気にしている余裕がなかった。
階段を駆け下り、地下の通路へ出て、アランの眠っている部屋へと走る。
果たして部屋の扉の前には、うつ伏せに倒れている人間の姿があった。
近づいて顔を確認してみれば、それはブルーノだった。
モンドール帝国から来た特使の随行員が、こんなところで何をしようとしていたのか。倒れているからには未遂であろうが、腹立たしいことに変わりはない。
意識がないだけで、息はある。髪が一部、チリチリに焦げていた。左半身が縞のように赤くなっているのは、おそらく落雷によるやけどだろう。うつ伏せているブルーノを、仰向けにして寝かせた。とりあえずは、この場に放置だ。ジェイは舌打ちをして、立ち上がる。
ここにたどり着いたときには騒がしくさえずっていたヒバリは、いつの間にか姿を消していた。
食堂ホールに戻り、ジェイはエリーに小声で報告した。あえてフェリペやアリリオの耳にもギリギリ届くくらいの声量を意識して。
「地下に、ブルーノ卿が倒れていました。宝物庫の防犯用の魔法が作動したようです」
「え。無事なの?」
「意識はありませんが、命に別状ありません。ただし、いくらかやけどを負っているようでした」
報告内容に、エリーはギョッとしたように目を見開いて、ジェイの腕をつかんだ。まず最初に心配するのが、ブルーノの安否なのか、とジェイはため息が出る思いだ。あんなやつのことなど、どうでもいいのに。
チラリとフェリペの様子を盗み見ると、彼は険しい顔をしていた。その横で、アリリオが戸惑ったようにおろおろとしている。
ヴィヴィアンは客人たちに申し訳なさそうに微笑みかけ、中座の挨拶をした。
「ちょっと失礼して、回復魔法をかけてまいります。将軍たちは、どうぞこちらでお待ちになって」
そして彼女はゴッドフリーに「お客さまのお相手をよろしくね」と声をかけ、案内をうながすようにしてジェイに向き直る。ジェイが先導して部屋を出ようとすると、エリーが「僕も行く」と言って着いてきてしまった。
ゴッドフリーがいるとはいえ、国王が客人を放置するのはどうなのだろう、と少しだけジェイは迷う。が、エリーをとめることはしなかった。ブルーノが倒れていた場所が場所だからだ。
地下へ向かいながら、ヴィヴィアンが不思議そうにつぶやいた。
「どうして地下なんて行ったのかしら……」
「さあ」
ブルーノの考えていることなど、ジェイにはさっぱりわからない。どうせ利己的な理由だろうことくらいは想像がつくが、具体的にそれが何かまでは見当がつかなかった。
どう考えても、ブルーノの行動には悪意しか感じられない。なのに、エリーはどこかのんきだ。
「迷ったのかな?」
絶対にそれはない。と、ジェイは思った。
だが口には出さない。ただ聞こえよがしに軽くため息をつくだけで、返事代わりとした。呆れを感じ取ったらしいエリーは、チラリと上目遣いにジェイに視線を向ける。そしてジェイの沈黙に、何か思うところがあったらしい。何も言われていないのに、少しだけしゅんとした。
アランの部屋の前は、ジェイが離れたときと何も変化がなかった。ブルーノは最後に寝かせたときの状態のまま、床に仰向けに転がっている。まだ意識は戻っていない。
ヴィヴィアンは回復魔法をかけながら、眉尻を下げた。
「あらあら。髪が焦げちゃってるわ」
ついでに言うなら、眉毛も左側がチリチリに焦げている。
やけどには回復魔法が効くが、焦げた毛髪は回復魔法では戻らない。もっともそれも、自業自得である。ブルーノを運ぶために肩に担ぎ上げようと、ジェイが彼の脇に膝をつくと、エリーが心配そうに声をかけた。
「僕が足を持とうか?」
「いや。ひとりでいける」
まさか国王に運搬を手伝わせるわけにはいかない。フロリア国民しかいないならともかく、仮にも国外からの特使の目のある場所では、一応、国としての体面があるのだ。
それにブルーノは上背はあるものの、筋肉質というわけでもないので体重は知れている。ジェイはブルーノの片足を肩に担いてから、じゅうたんの上を転がるようにして半回転し、肩に担ぎ上げた。この方法だと転がりながら遠心力を利用するので、あまり力を使わずに担ぎ上げることが可能だ。
エリーは目を丸くして、パチパチと手を叩いた。
「おお、すごい」
緊張感のなさに、脱力しそうになる。
ブルーノを肩に担いで、特に会話もなく三人で階段を上がった。そのまま客室へ運び込むつもりだったが、階段を上がったところに人影が見えて、ジェイは足を止める。
そこには、鬼の形相でまなじりをつり上げたフェリペと、戸惑い顔のアリリオと、諦めのためか表情をなくしたゴッドフリーが立っていた。
※ジェイの担ぎ上げ方は、レンジャーロールと呼ばれる方法
コツをつかめば、自分の五割増しくらいの体重の相手でも担ぎ上げることが可能です。その代わり下手をすると、勢い余って吹っ飛ばしかねません。実践の前に、必ず意識のある人で練習しておきましょう。




