10 夏至祭 (1)
翌朝の朝食は、フェリペから要望のあったとおり、コカトリス肉のローストが供された。ブルーノとアリリオにも食前に確認したところ、いずれも同じものを所望した。コカトリス肉、大人気である。
実態にそぐわない「レアもの」という触れ込みが、味にプレミアをつけてしまっているのかもしれない。
モンドール帝国からの客人たちは、朝食の後はそれぞれ城下街へ出て行った。
昼食の用意は必要ないと言っていたから、夕方まで戻らないつもりなのだろう。その間は放置でよいのは、ありがたかった。
これまで夏至祭と客人の受け入れ準備に忙しかったエリーにとっては、つかの間の休息だ。
だが、ただのんびり過ごす時間にはならなかった。
レイモンドが小瓶を片手に、執務室に駆け込んできたのだ。
「エリー! これ!」
「なになに?」
「ふふふ。新しい解毒薬ですよ」
「おお」
レイモンドは以前エリーに約束したとおり、ありとあらゆる種類の解毒薬を入手してきた。簡単に手に入るものは、最初のひと月以内にひととおり試し終わっている。その後は入手の難しいものや、一般には出回っていない特殊なものを探し出しては、手に入れてきていた。
今回の解毒薬は、後者だ。
一般的に解毒薬は、薬師ギルドを通して販売される。しかし一部の地方でのみ消費されるような特殊な解毒薬は、例外扱いされることがある。ギルドを通さずに、その地域内だけで生産され、消費されるのだ。この解毒薬は、そうしたもののひとつだった。
その地域でしか必要とされない解毒薬は、外部には存在が知られないことが多い。レイモンドは商業ギルドの情報網を使って、そうしたものの情報を行商人たちから丹念に集めていた。
エリーは執務机の上に広げた書類をさっと片づけ、椅子から立ち上がる。
「姉さんにも知らせてこよう」
「あ、もうさっき声をかけてきたよ」
「そっか。ありがとう」
エリーとレイモンドが部屋を出ていくのに、ジェイも続いた。声をかけられるのを待つまでもない。廊下の途中で、こちらに向かってきていたヴィヴィアンと合流した。
「レイ、いつもありがとう」
「へへ。まあ、まだ結果が出せてませんけどね」
「いろいろ試せるだけでも、ありがたいの。本当にありがとう」
ヴィヴィアンからにっこりと微笑みかけられ、レイモンドはにやにやと相好を崩す。
「結果が出るまで、できることは何でもしますよ」
「ずいぶんお金を使わせてしまっているのじゃないかと、心苦しいけれど……」
「金なんて、いくらかけても惜しくない。それこそ国の宝のためじゃないですか」
鼻息も荒く豪語してのけたレイモンドに、柔らかな笑顔でヴィヴィアンが「そう言ってくれると、うれしいわ」と礼を言う。
そうして四人で階段を下りていると、一階から上がってくるブルーノとアリリオとすれ違った。エリーが愛想よく声をかける。
「祭りは楽しめてますか?」
「はい。いろいろ買い込みすぎちゃって、荷物を置きに戻ったところです」
「そうですか。どうぞ楽しんで行ってください」
「ありがとうございます」
やはりというか、何というか、返事をしたのはアリリオだ。
言われてみれば確かに、二人とも袋入りの荷物を抱えている。何か掘り出し物を見つけたのかもしれない。何しろ王都内では、レイモンドの父と兄が店を構えたのに続いて、新規の出店が相次いでいる。それにともなって、取り扱われる品目も増えた。しかも夏至祭に合わせて、一日限りの限定販売もあるようだ。
あの様子なら、荷物を置いた後、また街に出るのだろう。
客人たちと別れた後、そのままさらに階段を下りて地下へ向かう。
久しぶりに訪れたその部屋は、夏至祭の季節だというのに、相変わらず身震いするほど肌寒い。
部屋の奥には象牙色の大理石でできた台座の上に、透明な水晶の棺のようなものが置かれている。その中に、エリーの長兄であり、前国王であるアランが白い小さな花に埋もれるようにして眠っていた。眠っているというか、実際には仮死状態だ。
ジェイは戸棚から吸い飲みに似た、ガラス製の器具を取り出し、台座の近くにある小さな丸テーブルの上に置いた。それから台座の上に膝立ちし、白い花の中に手を突っ込んでアランの背中に回し、反動をつけて彼の上体を起き上がらせる。
どうしてなかなか、これが重たい。自分よりも体格のよい男の体を起き上がらせるのは、それなりに重労働である。それでも広ければまだしもなのだが、背中に腕を差し込む隙間があるかないかくらいに狭い。勢い、片腕の力だけで持ち上げざるを得なくなる。だから初めてのときには、それはもう苦戦したものだ。が、回数を重ねるにつれて、コツを身につけてきた。
その回数は、レイモンドが新しい解毒薬を入手してきた回数でもある。
斜めに抱き起こした状態で、ヴィヴィアンに声をかけた。
「どうぞ」
「ありがとう」
ヴィヴィアンは吸い飲みとよく似た器具に解毒薬を注ぎ込み、夫の口に吸い口を含ませる。それから、ゆっくりと解毒薬をアランの喉に流し込んだ。何しろほぼ呼吸もしていない仮死状態なので、自分で飲み下すことなどできやしないのだ。
四人の目が真剣に見守る中、解毒薬がすべて流し込まれる。
アランの口からヴィヴィアンが吸い口を外すのを待ってから、ジェイはゆっくりとアランの上体を再び横たえた。これまでに何度となく繰り返した作業だ。だがその作業中、ジェイはいつもと違うことに気がつく。
「あれ。少し顔色がよくなってないか?」
ジェイが思わずつぶやくと、エリーが「え、本当⁉」と大きな声を上げて、目を見張った。
抱きかかえているジェイの腕には、それまで感じられたことのなかった鼓動が伝わってきている。アランの背中に腕を回したまま、固唾をのんで様子を見守っていると、アランはやがて細く息を吐き出し、浅いながらも呼吸を始めた。
「効いてるな」
「本当だ……」
「エリー、やったね!」
エリーが言葉を失っている横で、レイモンドが喜びに顔をくしゃくしゃにして両手を握りしめている。前王妃は感極まったように、夫の顔をのぞき込んで名をつぶやいた。
「アラン……」
ヴィヴィアンの目からは、うれし涙がひとしずくこぼれ落ちる。だが次の瞬間、彼女の顔からはすうっと表情が抜け落ちて、凍りついた。なぜならアランが息をしたのはわずか数回にとどまり、再び呼吸も心臓も止まってしまったからだ。
歓喜は一瞬にして消え去り、部屋の中はしんと静まりかえった。




