05 コッコ狩り (2)
コッコ谷とは、王都から馬車で一時間ほどの場所にある、コカトリスの繁殖地だ。王城の料理人たちの間でだけ通じる地名で、正式名称ではない。そもそも正式名称があるのかどうかも、ジェイは知らない。
なお、料理人たちはコカトリスのことを「コッコ」と呼んでいる。つまりコッコがたくさんいる谷だから「コッコ谷」。わかりやすくはあるが、非常に安直なネーミングだった。
コッコ谷での食材調達であれば、これまでにもジェイは何度も経験している。マティルダたちとジェイだけでも、特に問題はない。だが今日は、なるべく時間をかけず大量に調達したいのだろう。レイモンドが駆り出されたのは、おそらく単純に効率の問題だ。
コッコ谷の少し手前で馬車を停め、馬を馬車から外して木につないでから、魔物よけの香をたく。数時間はもつよう、少し多めに盛ってたいた。
ここまで来ると、コッコ谷からコカトリスの鳴き声が風に乗ってかすかに聞こえる。
──キェエエエエエエ!
──クケッ! クケッ!
ニワトリの鳴き声と少し似ているようでいて、ニワトリよりもはるかに野太い。しかも甲高いくせにおそろしく凶悪そうな、何とも言えず耳障りな鳴き声だ。ジェイは何度も来ているが、レイモンドは初めてだろう。コカトリスは魔法耐性が高く、魔法師にとってはあまり相性のよくない魔物だからだ。
コカトリスは、コッコ谷の谷間の部分に多く生息している。
馬車から離れて、まずは高台に移動し、マティルダが説明を始めた。
「レイレイ、今日は魔法の使用禁止ね」
「え? そうなの?」
「うん。食材確保だから、倒しちゃダメなのよ」
理解できていない表情でうなずくレイモンドに向かって、マティルダは催促するように手のひらを上に向けて差し出した。
「うっかり魔法を使ったりしないよう、杖は預かっておくね」
「う、うん」
マティルダに杖を渡し、丸腰にされたレイモンドは、何だか心もとなさそうだ。
そんなレイモンドに構うことなく、マティルダは谷間を見下ろしながら地形の説明をする。
「この下は草が生えて広くなってるでしょ?」
「うん」
「ここがコッコの餌場なのよ」
「うん」
「で、あっちの奥なんだけど、細くなって行き止まりになってるでしょ? そこに集めたいのね」
ここまでくれば、もうマティルダがレイモンドに期待する役割がわかろうというものだ。彼女の言葉に真剣に耳を傾けているレイモンドを、とても直視していられない。ジェイはそっと視線をそらした。
「というわけで、あそこまでコッコを誘導するのが、レイレイの今日の仕事ね」
「え?」
意図を測りかねて困惑顔のレイモンドの背中を、マティルダは笑顔で遠慮なくぐいぐいと押す。
「じゃあ、よろしくね!」
「え、待って」
もちろん、彼女は待たない。
崖っぷちから谷底へ、容赦なくレイモンドを突き落とした。
と言っても、けがの心配はない。というのも、コッコ谷の崖には急勾配な滑り台のようになっている場所が数か所あり、ここもそのひとつだからだ。斜面には柔らかな草が生い茂っており、クッション性がある。
それでも、ろくな説明もなく突き落とされるほうは、たまったものではない。
「うわああああああああ‼」
レイモンドは盛大な悲鳴を上げつつ、滑り落ちていく。
谷間に響き渡る悲鳴のこだまが消えたのと同時に、今度はコカトリスの咆哮が聞こえてきた。
──キェエエエエエエ!
──クケッ! クケッ!
──ギェエエエエ!
コカトリスの巨大なくちばしが、勢いよくレイモンドに振り下ろされる。腹を空かせてうろうろと歩き回るコカトリスの目には、レイモンドは格好の餌食に映ったようだ。呆然としかけていたレイモンドは、くちばしの攻撃を間一髪で転がって避けた。
そのまま、がむしゃらに立ち上がると、一目散に走り出す。レイモンドがちゃんと、事前にマティルダから指示されている行き止まりの方向へ向かっていることを確認してから、三人は目的地の崖上に先回りした。
待ち受けていると、必死の形相でレイモンドが走ってくる。ときどきくちばし攻撃を受けそうになるのを、器用に左右のステップでかわしながらの全力疾走だ。魔法師にしては、なかなか見事な走りっぷりと言ってよい。
レイモンドの後ろを追いかけている、三体のコカトリスが袋小路に足を踏み入れた瞬間、マティルダを先頭にしてジェイとローリーも谷底に飛び込んだ。ここにも草の滑り台がある。
ちょうどコカトリスの後ろに回り込むようにして、谷底に降り立った。そのままマティルダはレイピアを下向きにして逆手に持ち、大きく跳躍してコカトリスの尾の上からまっすぐ地面に向かって突き刺す。
ジェイとローリーも、マティルダと同じようにしてそれぞれ別のコカトリスの尾を地面に縫い付けた。
突然攻撃を受けたコカトリスは驚き、振り向いて反撃しようとする。しかし尾がレイピアで地面にピン止めされている状態なので、体をよじることしかできない。そうして身をよじり、怒りの咆哮を上げようとしていたコカトリスは、勝利の微笑みをたたえたマティルダと目が合った。
そのとたん、コカトリスたちは恐慌状態に陥って悲鳴を上げる。
──クケーッ⁉
まるで陸に打ち上げられた魚のように、尾をビチビチと跳ねさせて大暴れだ。だがマティルダは尾の先に片足を乗せて踏みつけた上で、レイピアの柄の上から体重をかけて、決して逃さない。
──グギャアアア! ギャアアアアアア‼
ひときわ大きな悲鳴を上げると、コカトリスたちはまっしぐらに逃げて行った。地面に縫い付けられたままの尾をその場に残して。もし逃げなかったら、逃げたくなるまで死なない程度に痛めつけられることを、やつらは学習済みだ。
なお痛めつける際は、食材とする尾の部分は傷つけずに、本体を狙う。しかも背後から。動けないように尾を地面にピン止めしたレイピアの柄に足をかけ、短剣を使ってザクザクと。効率的だが、割とえげつない。
行き止まりの壁の前で、レイモンドはぽかんと間抜けづらをさらした。
「え? 何これ?」
「コカトリスのしっぽよ。トカゲと一緒で、身の危険を感じるとしっぽを自分で切り落とすのよね」
レイピアに串刺しにされたまま、コカトリスの尾はビチビチと跳ね続けている。
だが、次第に暴れる動きは小さくなっていく。尾がおとなしくなるのを待ってから、マティルダはするりとレイピアを引き抜いた。そして細くなっている尾の先端をつかんで「よいしょ」と肩に担ぐ。ジェイとローリーもそれぞれの戦利品を担ぎ上げた。
歩き出しながら、マティルダはにこやかにレイモンドを振り返る。
「さすがレイレイ! 効率が上がって、助かるわあ」
「へへ、そうかな」
「そうよ。レイレイがいなきゃ、こんなに楽には狩れないもの」
「そうなのか。ふふ、まかせなさい」
ちょっとマティルダに褒められただけで、にやにやと得意げな顔をするレイモンドに、ジェイは苦笑をもらす。さっきまで青い顔をしてコカトリスから逃げ回っていたくせに、実にちょろい。




