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代理の王さま  作者: 海野宵人
第二章 外交

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04 コッコ狩り (1)

 モンドール帝国からの特使は、ちょうど夏至祭に合わせてやって来る。受け入れ側のフロリア王国からすると、正直、迷惑な日程だ。なぜもっと落ち着いている時期にしないのか。

 とはいえ、それでよいと返信してしまったのだから仕方ない。

 ただでも夏至祭の準備で忙しい王城内は、特使の受け入れのためにさらに準備に追われる羽目に陥ったのだった。


 客人のための準備といえば、まずは食事だ。

 そしてフロリア王家には、食費に割ける予算がほとんどない。たとえ客人のためであろうとも。


 実を言うと、この三か月の間に王家としての収支は、劇的とまではいかずとも、かなり改善している。これには、レイモンドの功績が大きい。彼が三か月前に予言したとおり、王都内にある不動産はすべて空きが埋まったのだ。


 エリーの即位からひと月後、レイモンドの父と兄が王都を訪れ、空き物件をほぼ根こそぎ競り落として行った。

 そればかりか、そろそろ店を畳もうか悩んでいる者を探し出しては、店舗の買い取りを持ちかけていたようだ。


 売り手側からすると、金にならないと覚悟していた物件だ。買い手がつかないまま手放せば、ただ国に接収されるだけで、何の収入も得られない。なのにそれを売って現金がいくらかでも入ると言うなら、ありがたい話である。買い手側からすると、国が接収後に売り出すのを待つよりも買い叩ける可能性がある。互いに利のある取り引きだ。


 だが逆に、打診を受けたことがきっかけで、店を畳むのをやめて踏みとどまることを決意した者もいる。その打診に、王都の経済が活性化する兆しを読み取ったのだろう。


 不動産取引が活発になったことにより、不動産の価格も高騰した。

 ジェイが購入した家や店舗の周囲にある物件など、彼が購入したときの三倍以上となっており、落札価格の桁が違ってしまっている。


 では、それで王家の食料事情が改善したかというと、残念ながらそれほどでもなかった。ないなりに何とか回せている食費に回すより、もっと優先度の高い項目が目白押しだったからだ。

 たとえば、このところほぼ無給で働いてくれていた城内の使用人たちにきちんと給料を出したり、人手不足を補うために雇用を増やしたり。本来、支払うべきであったそうした費用を出せば、増収分などすぐに消し飛んでしまう。


 けれども、この「きちんと給料を出す」というのは、経済を回す観点からはとても重要なことだ。


 使用人たちはこれまで、王家の懐事情がとても厳しいことを察していたため、無給の間も文句をこぼすことなく王家に仕えていた。無給であっても、住む場所と食事という、生きて行く上で最低限必要なものは保証されていたからだ。

 とはいえ、給与が支払われなければ、金がない。金がなければ、買い物ができない。王城の使用人が誰ひとりとして何も買い物をしなくなれば、王都内の需要が冷え込み、景気は低迷する。そんな悪循環に陥っていた。


 その中で、給与の支払いが再開されたわけだ。しかも一時金などではなく、きちんとした給与だ。先々への不安がなくなれば、使用人たちの財布の紐も自然とゆるむ。

 かくして王都内の景気は、この三か月の間に目に見えてよくなってきていた。


 ただし、今のところはまだ、改善できたのはそこまでで精一杯。

 ジェイやレイモンドは、いまだ無給だ。

 上級使用人にまで回せるほど、収入がない。このフロリア王国の王城においては、下級使用人よりも、上級使用人の給与のほうが優先度が低いのだ。なぜなら上級使用人は、たいてい給与以外に、自力で稼ぐ手段を持っているから。

 そして、それよりさらに優先度の低いのが、食費だった。自給自足で何とか回せているものだから、どうしたって優先度は低くなりがちである。


 というわけで、大国からの特使を迎えることになったからには、夏至祭を乗り切るためだけでなく、接待用の食材確保が急務となったのだった。


 ジェイはもちろん、食材確保要員のひとりに数えられている。

 夏至祭を数日後に控えたこの日、ジェイは王城の裏口に向かった。料理人見習い、かつ食材仕入れ担当であるマティルダに招集されたのだ。そこには、すでにレイモンドがいた。珍しい。

 集合場所にジェイが姿を見せると、レイモンドは眉を上げた。


「あれ、ジェイも一緒なのか」

「らしいな」


 ジェイはマティルダからの事前の指示により、レイピアを持参している。だが、レイモンドはいつもどおりに魔法杖を手にしていた。彼の攻撃力だと、うっかり食材が消し炭になりそうだが、大丈夫なのだろうか。まあ、マティルダには何か考えがあるのだろう。

 ジェイとレイモンドが言葉を交わしている横から、聞き慣れた声がした。


「ジェイ! レイレイ! おっはよー!」

「ローリー、おはよう」

「おはよう」


 ローリーは少し前に、ばっさりと髪を切った。さっぱりと髪が短くなった今では、もう女の子と見間違われることはないだろう。成長期にも入ったらしく、たった三か月の間にもぐんぐん身長が伸びている。

 彼が髪を切ったのは「邪魔になったから」だそうだ。だったら以前はなぜ伸ばしていたのかと不思議に思ったが、それについてローリーは恥ずかしそうにこう説明した。


「長いほうが格好いいと思ってたんだよね……」


 つまり、十代によくあるアレだろう。何かこう、ずれたものが格好よく見えてしまうアレだ。あるいは、長髪の格好いい大人を見かけてしまったのかもしれない。だが「思っていた」と過去形で語っていることから察するに、どうやらその憧れからは卒業したようだ。

 そうやって大人になっていくんだな、などと年寄りめいた感想をジェイが胸のうちでつぶやいている間に、マティルダがやってきた。


「おまたせ!」

「私も今来たばっかりだよ」


 レイモンドが締まりのない笑顔を向けると、マティルダも満面の笑顔を返す。


「今日はレイレイが主役だから、よろしくね!」

「そうなのか。ふふふ、まかせなさい」


 マティルダに持ち上げられて、さっそくレイモンドが調子に乗っている。

 けれどもこのやり取りで、今日の「食材仕入れ」がどのようなものか、何となくジェイには見当がついてしまった。そして何も口には出さないまま、チラリと憐れみの視線をレイモンドに向けたのだった。


 移動は荷馬車だ。

 ジェイはマティルダと一緒に御者台に上がり、彼女から行き先を指示されながら御者を務める。ローリーと一緒に荷台にいるレイモンドが、マティルダに質問した。


「今日はどこへ行くの?」

「コッコ谷よ」


 ジェイの予想どおりの行き先だ。

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