03 招かれざる客
紅茶と菓子の用意が終わると、エリーはジェイのほうを振り向いて声をかけた。
「ジェイも一緒にどう?」
気持ちはうれしいが、遠慮したい。
ジェイは小さく首を横に振ってから会釈し、すっと壁際に戻った。エリーは残念そうな顔をしたものの、それ以上、無理に誘うことはしない。
レイモンドは不思議そうに首をかしげて、ジェイのほうを振り返った。が、チラリと横目でゴッドフリーを見やると、得心したように小さくうなずき、何も口には出さなかった。この男、こういうときには察しがよい。
エリーは菓子に手をつけながら、思い出したように「あ」と声を上げる。
「そうだ。レイにも話しておかないと」
「なになに?」
レイモンドが身を乗り出すと、エリーは業務連絡を告げた。
「モンドール帝国から、特使が来るって」
「え、マジで⁉」
「うん」
「何のために?」
「僕の戴冠祝いだって」
エリーの顔には、わかりやすく「来ないでほしい」と書いてある。戦争中の国からの特使など、会いたくないし、受け入れたくもない。
だが断れば、多かれ少なかれ角が立つ。ましてや相手は、好戦的なことで知られるモンドール帝国だ。下手なことをして攻め入る口実にされたら、たまったものではない。仕方なく苦渋の選択で、受け入れることにした。
ゴッドフリーがここにいるのは、その相談のためだった。
外交なんてものの経験がないエリーが、戴冠後しばらくして国外とのやり取りが始まった頃に、事情を説明して泣きついたのだ。ゴッドフリーは快く応じ、相談に乗るため王城を訪れた。そうして初めてジェイが顔合わせしたひと月ほど前から、ゴッドフリーはたびたび王城を訪れている。
人事や経済など、一般的な事柄はジェイやレイモンドが相談役となって何とか回しているが、前王の兄や、前々王の父が具体的にどのような政治を行っていたかは、彼らにはわからない。だから特に外交のような問題では、エリーはゴッドフリーをとても頼りにしている。
そのゴッドフリーは、今回の件を相談されたとき、豪快に笑ってこう言ってのけたものだ。
「受ければよいではありませんか。モンドール帝国の人間といえど、ただの人間ですぞ」
びびるあまりに胃痛に悩まされていたエリーは、これで腹を決めたらしい。
「そうか……。うん、そうだよね。何て返事を出せばいいのかな」
「そんなものは、適当でいいんですよ。適当で」
いや、それはまずいだろう。と、内心ジェイは少々焦ったが、エリーに教えるにあたってゴッドフリーは「んー、こんなもんかな」と極めて軽い調子だ。そして戸棚の中から使用する封筒や便箋を選び、返信の例文を「こんな感じに適当でいいんですよ、適当で」と伝える。
何も言わずに見守っていたジェイは、その内容が穏当かつ適切であることに胸をなで下ろした。
どうやらゴッドフリーは、意図的に軽い調子を装っていたようだ。そうすることで、エリーの緊張をほぐす狙いがあったと思われる。実際、効果はあった。エリーはゴッドフリーの言葉に次第に肩から力を抜いて、笑顔を見せるようになったのだから。
数日前に、モンドール帝国から特使派遣の打診を受けてからというもの、エリーは青白い顔をして、胃のあたりに手をやる日々が続いていた。何とかしてやりたくとも、下手な気休めを言ってよい事柄でもない。
正直、どうにもできずに手をこまぬいている状態だったので、ゴッドフリーのこの気遣いは助かった。
ちなみに、モンドール帝国とは反対側の大国であり、モンドール帝国と戦争状態にあるゼノビス王国からは、特に特使が送られてきたりはしなかった。ゼノビス国王から、戴冠祝いの品とともに形式的な書簡が送られてきただけで終わりだ。エリーの胃に優しい対応である。
そんな経緯は知らないはずだが、エリーの顔色を読んだレイモンドは、おずおずと尋ねた。
「誰が来るの?」
「フェリペ将軍だって。レイは知ってる?」
「皇帝の次くらいに有名だからね。名前は知ってる。でも、名前しか知らないなあ」
エリーの質問に、レイモンドは首を横に振った。さすがに雲の上の人すぎて、会ったこともなければ、間接的にも知り合いではない。
エリーは期待に満ちた視線をゴッドフリーに向けた。
「おじさんは? 何か知ってる?」
「会ったことはないので、人物は知りません。経歴くらいしか」
「うん、それでいいよ。教えて」
ゴッドフリーによれば、フェリペ将軍はモンドール帝国の皇帝ハイメの右腕と言われている人物である。しかし出自が少し変わっていて、生粋のモンドール人ではない。かつてモンドールに併合された小国の王子だったそうだ。
つまり言い換えると、モンドールに滅ぼされた亡国の王子だったにもかかわらず、皇帝に次ぐ地位にまで上り詰めた人物、というわけだ。ひととなりがわからなくとも、何となく想像されるものがある。その想像は、エリーの胃には優しくなかったようだ。彼は再び顔色を悪くした。
レイモンドはエリーの表情の変化に気づいたものの、かける言葉が見つからないようだ。賑やかな彼には珍しく、黙ったままチラチラと気遣わしげに視線をエリーに向けていた。
ゴッドフリーはエリーの様子を見て笑い声を上げる。
「そんなに心配いりませんから」
「そうかな……」
エリーは今にもテーブルに突っ伏してしまいそうだ。
「彼らだって、何もけんかを売りに来るわけじゃなし、どーんと構えておいでなさい」
「そうかなあ……」
自信なさげにうなだれていくエリーに、レイモンドがあえて明るく声をかける。
「エリー、心配するより、特使をもてなす準備をしよう。私も手伝うからさ」
「うん、ありがとう」
エリーは、元気なく微笑んでみせた。
そして大きくため息をついた後、気持ちを切り替えようとするかのようにキリッと表情を変え、両手を大きく打ち鳴らす。
「そうだね、心配しててもどうしようもないものね。よし。準備だ、準備!」
「うんうん。そうだ、見習い魔法師たちの花火を、余興として披露したらどうかな。あの子たちも大国の特使の前で演じるとなれば、きっと張り切るよ」
「ああ、いいね」
レイモンドの提案に、エリーは今度は心からの笑みを見せた。




