32 代理の王さま
戴冠式の二日後、ジェイは無事に競りで家を落札した。
自分の家ができたのだから、もうこれ以上は王城に居候を続ける理由がない。レイモンドの助けを借りながら、最低限の家具をそろえ、住み込みの使用人を二人ほど雇った。必要なら増やすが、とりあえずはこれで十分だろう。
買った家を寝泊まりするのに不自由しない程度に整えるのには、二日ほどかかった。
レイモンドは、エリーから空家の一覧を入手してからというもの、連日ずっと忙しそうにしている。王都の中を飛び回ったり、王城に姿を見せたと思えば、空家の一覧とにらめっこしながらガリガリと紙に何かを書きつけていたり。
レイモンドに触発されて、ジェイも一軒だけ店舗を購入した。定住するなら、自分で商売できる場所を確保しておくのも悪くないと思えたのだ。
一方レイモンドは、ジェイが店舗を確保したのと相前後して、驚いたことに住居と店舗を合わせて十軒以上も購入していた。しかも、いずれも一等地にある選りすぐりの物件だ。レイモンドいわく「投資」だそうだ。投資にしたって、資金力が並外れている。さすがは商業ギルド長のせがれ、とジェイは舌を巻いた。
自分の住み処を確保した後、ジェイは王城に入り浸っている。そしてエリーの教育にいそしんでいた。
エリーは王族ではあっても、帝王学を受けていない。何しろ、上に優秀な兄が四人もいる。だからこれまで王位を継ぐことがあるなどとは、本人を含めて誰も思っていなかった。そんなつもりが少しでもあれば、年若いうちから冒険者として自由気ままに活動したりしていない。
つまりエリーの即位は、少なくとも本人にとっては青天の霹靂だったのだ。本来、後継者であれば、国王の仕事も親から少しずつ学ぶものだ。だがエリーは何ひとつとして知らないまま、その地位に就いてしまった。
それも、没落の一途をたどりつつある国での即位である。
城だけあるが、軍がない。使用人だけはいるが、臣下がいない。領地もほとんどない。領地がないから税収もない。ないない尽くしもここに極まれり。とにもかくにも何もない。食費不足のあまりに、料理人が手ずから食材を狩ってくるほどの困窮ぶりだ。
あるものと言ったら、改革のしがい、くらいなものだろうか。
ないものだらけで、やらなくてはならないことは山積みだ。
前王アランに毒を盛った犯人だって、まだ見つかっていない。
だが即位はしたものの、エリーには何から手をつけるべきかさえ見当もつかずに途方に暮れていた。執務室で呆然としていたエリーに、ジェイは優先度をつけながら、国王としてやるべきことをひとつずつ教えていく。
王家の直轄地にある荘園の管理について教わりながら、エリーはため息をついた。
「ジェイは何でもよく知ってるねえ」
「年の功かな」
「もう、ジェイが国王になったほうがいい気がする……」
「俺には無理」
「えええ」
エリーの抗議する声を聞き流し、ジェイは胸の内で自嘲した。こんな訳ありな人間が、国のトップに収まるなんてありえない。本当は、侍従だってどうかと思う。だが使用人なら、なんとかぎりぎりセーフ、ということにしているだけなのだ。
そんなことを考えていたら、ジェイの口からぽろりと言葉がこぼれていた。
「エリーは何も聞かないんだな」
「何を?」
「出自とか、過去とか」
「ジェイは聞いてほしいの?」
「いや」
「なら聞かないし、言わなくていいよ」
資料をめくる手をとめて、エリーは頬杖をついた。そしてどこか遠くを見るような目をして、思い出話を始める。
「あのね、僕、子どもの頃に父さんから言われたことがあるんだ」
「なんて?」
「『他人の過去を詮索するものじゃない』って」
それがエリーの父王の言葉と聞いて、ジェイは意外に思った。
エリーの父はカリスマ性があり、大変に有能な王として知られている。有能な王であれば、臣下の質を重要視しそうなものなのに。「過去を詮索しない」とは「過去を問わない」と言っているのと同じことではないか。人間を形作るのが過去の経験や行いだと考えると、その言葉がエリーの父の口から出てきたというのが不思議に思われた。
「父さんはね、世の中にはいろいろな人がいるって言ってたんだ」
エリーは、父の教えを話し続ける。
いろいろな人がいれば、当然のことながらいろいろな過去を持つ人がいる。中には他人に知られたくない過去を持つ人だっているだろう。けれども、そういう人たちをも受け入れてこそ、豊かで強い国作りができるのだ、とエリーの父は教えたと言う。
もちろん、相手のひととなりは十分に見極める必要がある。その上で、すねに傷持つ人さえ受け入れる度量を持ちたいのだ、と。
過去を捨てるということは、それ自体が罰のようなものだ。
身ひとつでやり直すためには、家族も、地位も、名声も、すべてを捨てなくてはならない。過去を暴くということは、そのやり直しを認めないということだ。だから受け入れるだけの価値がある人物と判断したときには、たとえ訳ありであろうと、過去は詮索しない。
だって詮索したせいでその人物を失うことになったら、惜しいじゃないか、というのがエリーの父の言葉だった。
どこか遠くを見ていたエリーは、視線をジェイに向けてこう締めくくった。
「正直、子どもの頃には全然意味がわからなかった。でも今ならわかる。だからね、僕はジェイの過去を詮索しようとは思わないんだ」
「そうか」
不覚にも、ジェイの喉もとのあたりにこみ上げてくるものがあった。上を向いて目をしばたたき、あふれそうになるものを抑える。
まっすぐにジェイを見つめるエリーの目は、詮索しないと言いながらも、すべてを見透かしているようにも見えた。年齢にそぐわない聡明さを持つこの少年は、もしかしたらジェイの秘密なぞとっくにお見通しなのかもしれない。
喉もとにこみ上げたものをぐっとのみ込み、ジェイが指導を再開しようとしたとき、部屋の入り口から賑やかな声が聞こえてきた。
「エリー! ちょっと相談させてー!」
「まーた呼び捨てにして。ちゃんと『陛下』って言いなさい」
ローリーとマティルダだ。マティルダはローリーを叱り飛ばしながら、ローリーの後頭部をスナップを効かせて平手で叩く。ペシッと小気味よい音とともに、ローリーは前につんのめった。ローリーは涙目で頭をさすりながら、姉に抗議する。
「暴力反対!」
「こんなの、暴力のうちに入りません。本当の暴力がどういうものだか、体に教えてあげましょうか?」
「ごめんなさい。もう言いません」
マティルダに剣呑な目でねめつけられたローリーは、即座に真顔で謝罪した。そしてくるりとエリーに向き直ってから、言い直す。
「エリオット国王陛下、ちょっと相談させて!」
「やめてよう……。僕、王さまじゃないから」
呼び名が気に入らないらしく、エリーは頭を抱えて文句を言う。だがローリーは全く意に介さない。
「戴冠したじゃん。王さまでしょ」
「ちょっと王冠を預かっただけだから。僕は代理なんだよ、代理!」
「はいはい。じゃあ、代理の王さまね。何でもいいけど、相談させて」
「うん、どうしたの?」
ローリーとマティルダは、厨房の困りごとを相談し始めた。
相談している途中で、レイモンドが別件で相談に飛び込んできたりと、なかなか賑やかだ。
* * *
少年王エリオットの治世は、こうして始まった。
だが彼は即位してどれだけ経とうとも、最後の最後まで、あくまで自分は一時的に兄から王冠を預かっているだけの代理なのだと主張していたと言う。
これにて一章完結です。
この後、エリーはこの仲間たちとともに国を建て直していくことになります。
割と崖っぷちな国家情勢であるにもかかわらず、なぜかのほほんとスローライフ気味な日々になる不思議。




