27 新国王の大親友
パレードは、噴水広場と王城の間を往復し、三時間ほどで終了した。王城に帰還したエリーは、いかにも疲労困憊といった顔でぐったりしている。御者台にすまし顔で座っていればよいだけだったジェイとは違い、気疲れしたのだろう。長時間にわたってずっと愛想よく手を振り続けるなんて、想像するだけでもしんどそうだ。
昼を少し回ってからの帰還となったので、昼食は各自ばらばらに部屋で軽食をとることになった。ジェイも自室で食事すべく、使用人に頼んでおく。食事が運ばれるのを待っていると、レイモンドが騒がしく部屋を訪ねてきた。
「ねえねえ、ジェイ! いったい全体、どういうことなの⁉」
「何がだ」
「エリーが王さまじゃん!」
「そうだな」
「ねえ、なんで? どうしてこんなことになってんの?」
「知らん」
面倒くさいのでいい加減な返事をしたら、レイモンドはムッとしたように眉間にしわを寄せた。
「知らないわけないよね。だって、現場にいたんでしょ」
「いたけど、知らん」
「いや、そんなわけないよね⁉」
レイモンドが食い下がってくるのを適当にあしらっているところへ、食事が運ばれてきた。
「お待たせいたしました。お食事でございます」
「あ、私の分もこの部屋にお願いします」
ジェイが「ありがとう」と返す間もなく、レイモンドが割り込んできた。当たり前のように部屋に居座る気満々である。ジェイはげんなりしたが、これぞレイモンドというものだった。
二人分の昼食が運ばれると、レイモンドはさっそくジェイを質問攻めにした。
「結局、お兄さんは間に合わなかったってこと?」
「ああ」
「なのに延期しなかったの?」
「そうだな」
ジェイの面倒くさそうな投げやりな返事にもめげることなく、レイモンドは根掘り葉掘り質問を続ける。食事が終わる頃には、なんだかんだと大神殿でのいきさつをあらかた話していた。
つまり、最後までケインが現れなかったこと、エリーが中止を申し出るも大神官に軽くいなされたこと、中止せずともエリーが即位すればよいと大神官に押し切られたこと、なぜか前王妃ヴィヴィアンも同意を示したことを、すべて話したわけだ。ジェイが話したというよりは、レイモンドが聞き出した、と言うべきかもしれないが。
聞きたいことを聞き出し終わると、レイモンドは腕組みをして何やらぶつぶつとつぶやき始めた。
「そうか……。そっかあ。ふふふ」
人の前でひとり言を口にしているだけでも引くのに、その上にやにやと薄ら笑いを浮かべているのが大変に気持ち悪い。この話のどこに、そんな表情になる要素があるというのか。
ジェイがドン引きしているのにおかまいなしに、レイモンドはにんまりと笑みを深めた。
「エリーが王さまってことは、私はフロリア国王の親友ってことじゃない?」
いつお前はエリーの親友になったのか。
そう真顔で問いただしたくなったが、それはそれで面倒くさいのでジェイは黙って聞き流した。これでいくと、ジェイのことも親友だと思っているのかもしれない。何となくそうじゃないかという気がしてしまったが、絶対に確認したくない。おそろしい可能性には気づかなかったことにして、その考えを頭の中から追い出した。
「ジェイ!」
「何だ」
いきなり身を乗り出してきたレイモンドにギョッとして、思わずジェイは反射的にのけぞる。
「家を買っておいて、本当に大正解だったよ!」
「俺はまだ買えてないけどな」
ジェイの登録した競りが締め切られるのは、まだ二日も後の話だ。実際に競り落とせるかどうかは、そのときになってみないことにはわからない。
なのにレイモンドは「大丈夫、大丈夫」と機嫌がいい。まるで酔っ払いだ。酒など一滴も飲んでいないのに。
「やっぱさ、国王の大親友としては、国政のお手伝いもしないとじゃん?」
親友から大親友にランクアップしてやがる。
ジェイは失笑をもらしそうになったが、すんでのところで踏みとどまった。うっかり笑ってへそを曲げられたりしても、面倒くさい。「そうか」と同意も否定もしない返事で、その場をごまかした。
どうやらレイモンドは、この王都に定住する気でいるらしい。
自分はどうしようか、とジェイはおぼろげに考えた。
ジェイも家の競りには申し込んだものの、この先については何の見通しも立てていなかった。ただぼんやりと、この王都を拠点にするのも悪くない、と考えていただけだ。拠点を構えたとしても、ここに来る前と同じように、また冒険者稼業に戻るつもりでいた。
だがエリーが即位した今、ジェイが冒険者稼業に戻ったとしても「ここに来る前と同じ」になることは決してない。だってエリーは国王としてここに残るから。
まあ、エリーと知り合う前の状態に戻るだけと言えば、それまでなのだが。別にそれで、ジェイが不自由することはないはずだ。声をかけてくれるパーティーには事欠かないし、そのうち新たな相棒と組むようになるのかもしれない。
ただ、その未来図は、何だかとても色あせたもののように思われた。
「この国はさ、今とても苦しい状況にあるよね」
「そうだな」
「でも、その代わりに可能性が無限大にあるんだよ!」
「そうなのか」
「そうだよ!」
ほとんど上の空で、適当な相づちを繰り返しているだけなのに、レイモンドは高揚して何やら力説している。何だかよくわからないが、前向きなのは結構なことだ。
ぺらぺらと楽しげにしゃべり続けるレイモンドを見ていると、力が抜ける。そしてふと、パレードの途中でウェントが口にした言葉を思い出し、つぶやいていた。
「そういや、『いい子』だって言ってたな」
「え、誰のこと? エリー?」
「いや、お前」
「誰が?」
「ウェントが」
いつもなら少しでも褒められればすぐ有頂天になるのに、なぜかこのときのレイモンドはきょとんとしていた。それがおかしくて、ジェイは声もなく小さく吹き出した。
「花火とか楽団とか、手配を頑張ったんだってな」
「だって、またとない稼ぎ時ですからね。客寄せに手は抜けませんよ」
「稼いだのか」
「ふふふ。もちろん」
ジェイから水を向けられたレイモンドは鼻を高くして、いかに下町の商店主たちと手を組んで商売をしたかをとうとうと語った。
パレードのコースに合わせて露店を出したり、王城で作る菓子のレシピを商店主たちに渡してロイヤルティーを稼いだり。レシピは、神官団へ手土産として渡した菓子のものを、イグニスから手に入れたらしい。「王家が手土産に使ったほどの最上の菓子」とうたって販売し、利益の一部をレシピ使用料として得ることにしたのだと言う。
意外なことに、レイモンドはそのレシピ使用料を自分の懐には入れていなかった。細かいことを言えば、仲介手数料はとっていたようだ。だが、ロイヤルティーそのものは王城に支払われるように差配していた。商人たちは「王家の菓子」という売り込みの文句が使えるようになり、王家はその利益の一部が得られる。そんな仕組みをこの数日の間に作り上げていた。
これは確かに「いい子」だな、とジェイは思った。普段ならうざいと思うにやにや笑いを浮かべた得意顔も、今は不思議とあまり気にならなかった。




