26 戴冠式 (4)
パレード用に用意されたのは、四頭立ての屋根なしの馬車だ。
ジェイはウェントにうながされて、馬車止めに向かった。そこでヴィヴィアンが馬車に乗るに侍従らしく手を貸してから、御者席にいるウェントの隣りに座る。
そこで初めて周囲の様子に気を配る余裕ができた。
ぐるりと周りを見回すと、パレードの構成がわかる。先導する騎馬の近衛兵が二名、馬車の後方にも騎馬の近衛兵が十六名、四列縦隊で隊列を組んでいる。
先導役の近衛兵たちは、ジェイの視線に気づくと振り向いて笑みを浮かべた。その顔を見て二人が誰だか気づき、ジェイは目をむく。それは火の精霊王イグニスと地の精霊王ルーパスだったのだ。
ルーパスはいたずらっぽく片目をつむってみせ、イグニスは挨拶するように片手を上げた。
隣に座って馬の手綱を引いているウェントは、ジェイの愕然とした表情を見て楽しそうに笑い声を上げた。
「人手がたりないからね」
さらに見回すと、後方の騎馬兵の先頭にも見覚えのある顔を見つけた。なんと水の精霊王マールが男装している。その姿は少し線が細いながらも、青年近衛兵にしか見えない。
ウェントはジェイの視線の先を追うと、わけ知り顔でうなずいた。
「あそこは特等席なんだよ」
「特等席?」
「うん。うちの子の晴れ舞台を見るのに、一番いい場所!」
マールはジェイと目が合うと、目もとをゆるめて小さく手を振った。エリーの乳母だったというマールに、特等席を譲ったということなのだろうか。
このパレードに精霊王たちが勢ぞろいしていると思うと、何だか笑える。だがきっと、それに気づいている人間はほとんどいない。精霊王たちだって、誰にでも正体を明かしているわけではないからだ。
本来なら、こんなところで精霊王たちが使用人の真似事をしているなんて、まさに彼らに禁じられているはずの「人間界への干渉」にほかならない。だからこそ精霊王としての力は使わず、周囲にも精霊王だなどと気づかれないようにして過ごしている。
そう考えて、ふとジェイの胸のうちを疑問がよぎった。
そうだとすれば、なぜ彼らはジェイの前では正体を隠していないのだろう。そのまま考え込みそうになったところを、ウェントのかけ声で現実に引き戻された。
「出発!」
大神殿から大通りへ向かう沿道には、まばらに市民の姿がある。
パレードに向かって手を振る彼らににこやかに手を振り返しながら、エリーは小声でぼやいた。
「見たい人なんていないんだから、こんなパレード、いらないんじゃないかな……」
「何を言ってるの。こうして人が集まってきているじゃありませんか」
エリーと一緒に笑顔で手を振りながら、ヴィヴィアンも小声でたしなめる。もっとも「集まっている」と表現するにはいささか閑散としているのだが、あえてそこには触れずにエリーは素直に「まあ、そうだね」とうなずいた。
だがゆっくりと大神殿前を抜けて、大通りに近づいていくにつれて、状況に変化が見られた。沿道に立つ人々の数がどんどん増えていくのだ。驚いたことに、大通りまで出ると見物にやってきた人々で埋め尽くされていた。
パレードの折り返し地点である噴水広場では、そこかしこに屋台も出ている。もう完全にお祭り騒ぎだ。
市民の熱気に圧倒されながら周囲を見回していたジェイは、噴水のふちの上に立っている赤銅色の髪の男に目をとめる。ひょろりとしたその姿は、レイモンドのものだ。彼は沿道の人々から頭ふたつ分ほど高い場所から、まるでタイミングを見計らっているかのような目でパレードの様子をうかがっている。
あんなところで何をしているのだろうかと不思議に思って見ていると、レイモンドはやにわに片手を天に向かって突き上げ、火の攻撃魔法を繰り出した。ただし魔法は空に向かって放っているので、ただ火の柱が高く上がっただけで何も攻撃していない。
だがそれを合図としたのか、周囲から乾いた破裂音がポンポンと連続して聞こえてきた。かと思うと、上方からいくつもの爆発音が鳴り響き、続いてまたパラパラと乾いた破裂音がする。
音に驚いて空を見上げるのと同時に、沿道の市民たちから歓声が上がった。
花火だ。
昼間の花火だが、閃光と煙を効果的に使っていて、見応えがある。続けざまに何セットかの花火が打ち上がり、最後のパラパラという音が消えたとたんに、吹奏楽団によるファンファーレの音色が響き渡った。これには、再び市民の歓声が上がる。ファンファーレに続いて、吹奏楽団は軽快な音楽を演奏し始めた。
そつのない演出だ。
感心して眺めていると、ふとレイモンドと目が合ってしまった。
レイモンドはジェイに気づくと、満面の笑みを浮かべて手を振る。だがジェイは従者役として、御者の隣で姿勢よくじっとしているのが仕事だ。手を振り返すわけにもいかず、目礼だけを返した。
小さな子どものように両手を大きく振っていたレイモンドだったが、足もとに近づいてきた誰かに話しかけられ、そのまま噴水のふちから降りてどこかへ行ってしまった。歩いている間にも何人もから話しかけられている様子で、なかなか忙しそうだ。
ジェイの視界からレイモンドの姿が消えると、ウェントが御者らしく前方を見たまま話しかけてきた。
「あの子もいい子だよねー」
「あの子?」
「レイレイ」
ウェントのその言いようがおかしくて、ジェイは口もとに笑みを浮かべた。誰の目にもウェントのほうが年下に見えるのに、レイモンドが「あの子」呼ばわりされていることも、ローリーがつけた「レイレイ」などという妙にかわいらしい愛称で呼ばれていることも、何だか笑える。
だがウェントの感想自体には、「そうだな」と相づちを打った。
「あの子ね、ずっと頑張ってたんだよ」
「何を?」
「準備!」
何の準備だ? パレードのコース決めと馬車の飾り付けを取り仕切った話はジェイも聞いたが、それ以外にも何かあったのだろうか。そう疑問に思って質問を返そうとしたとき、ジェイは気づいた。そう言えば花火が打ち上がったのは、レイモンドの火魔法を放った直後ではなかったか。
「花火か」
「花火だけじゃないよ! 楽団も、屋台も、全部あの子が話をつけてきたんだ」
「へえ」
この短い準備期間で、よくぞここまで盛大な催し物に仕立て上げたものだ。
ジェイは素直に感心した。
こうして、出発したときには予想だにしなかった熱気と賑わいの中を、パレードは進んで行ったのだった。




