25 戴冠式 (3)
戴冠式が中止になるなら、王冠はエリーに返却されるはずだ。だが大神官は「手筈どおりに」と小声で指示しながら、王冠の入ったケースを若い神官に手渡してしまった。
大神官はエリーに歩み寄り、誘導するように奥に向かって腕を伸ばす。
「では殿下、こちらへどうぞ」
「え?」
エリーは戸惑ったようにジェイとヴィヴィアンのほうを振り返った。ヴィヴィアンは安心させるように微笑んで、うなずいてみせる。
ヴィヴィアンのこの自信がどこからわいてくるのか、ジェイは不思議に思った。だが自分がうろたえたところで、エリーを不安がらせるだけだろうことはよくわかる。だからジェイは、うなずきもしない代わりに表情を変えることもなく、大神官に誘導されて歩き出したエリーの後ろをただ黙って付き従った。
エリーは祭壇の上まで連れて行かれた。ジェイは祭壇の下で止められたので、そこで待機する。
エリーはそのまま、緋色のじゅうたんの上を祭壇中央まで歩いていく。
祭壇下で待機するジェイの脇を、王冠を入れたケースを抱えた若い神官が通り抜けて祭壇に向かって行った。
大神官の指示に従って、エリーに中央に置かれた大きなクッションの上にひざまずく。何をさせられているのかわからず、不安そうだ。そこへ若い神官が運んだ王冠のケースが運び込まれ、ベルベットの布が敷かれた台の上に置かれる。
大神官はゆったりとした動作でケースを開け、王冠を取り出した。
そして小さな声で何かを詠唱する。おそらくは神官にのみ伝わる、聖典の言葉だろう。詠唱が終わると、祭壇全体が淡く光り、エリーの上に光が降りそそいだ。その光の中、大神官は王冠をエリーの頭の上に載せ、張りのある声で厳かに宣言をした。
「ここにフロリア王国の新国王、エリオット一世が即位された」
「えっ」
ギョッとしたように、エリーが勢いよく頭を上げる。その勢いでずり落ちかけた王冠をあわてて手で支えながら、エリーは大神官に抗議した。
「即位するのは、僕じゃなくて兄なんです」
「だが、ここに兄君はいらっしゃらない」
「だから中止に……」
「戴冠すべきかたがここにいらっしゃったのだから、中止する必要はありますまい」
エリーの必死の抗議にも、大神官は柔和な笑顔を崩さない。
「でも、その戴冠すべき者が兄なんです」
「殿下──いや、もう陛下でしたな。陛下は兄君から王冠を預かったとおっしゃいましたね」
「そうです。ちょっと預かっただけなんです」
「ですが『王冠を預かる』というのは、そういうことなのですよ」
大神官の言葉に、エリーは口を開きかけてから閉じ、眉根を寄せた。そして大神官の言う「そういうこと」が、つまり現在のこの状況なのだと気づいたようだ。何度か口を開きかけてはまた閉じ、なかなか言葉が出てこない。
大神官は慈愛に満ちた笑みをエリーに向けて、言葉を続けた。
「兄君が戻られたら、またそのとき譲位すればよろしいではありませんか。過去には最短四日で退位した例もあるくらいですからな。まあ、よくあることです」
いや、よくあってたまるか、とジェイは心の中で思った。だがさすがに侍従の立場では、この場でそのようにぶっちゃけた言葉を口にするわけにはいかない。祭壇下で控えたまま、真面目な表情を取り繕った。
なのにエリーときたら、困惑しつつも「そうなんですか」とうなずいている。ちょろくも丸め込まれている素直すぎるエリーに、ジェイは内心ため息をついた。
そして、ふと気になった。王妃、もとい前王妃ヴィヴィアンはどう考えているのだろう。そっと後ろを振り返ってみたジェイは、思わずあっけにとられて二度見した。彼女が大神官の言葉に同意するように、にこやかに何度もうなずいていたからだ。あれに同意できちゃうのか。
大神官ばかりか身内からも同意を得られず、エリーは悄然と立ち尽くしている。
そんなエリーに向かって、大神官は別れの挨拶を口にした。
「では、我々はこれにて失礼します。また機会があれば、お会いしましょう」
彼はそのまま愛想よく会釈してから立ち去ろうとしたが、ふと何かを思い出したように首をひねった。そして身を翻してエリーのもとに歩み寄ると、白い封筒を差し出した。
「忘れておりました。陛下、これを。城にお戻りになった後でお読みになるがよろしい」
エリーはきょとんとした顔で受け取り、素直に「ありがとうございます」と礼を言う。それに対して大神官は微笑みを返すと、今度こそ背を向けて立ち去った。
大神官から解散の合図を受けた神官たちは、エリーたちに向かって一斉にお辞儀をし、それぞれの持ち場を片付けるために散っていく。
そこへ、従者の制服を着た少年が駆け込んできた。風の精霊王ウェントだ。
「パレードの準備が出来てるよー!」
いつものように騒がしくやってきたが、ちらりと神官たちを見やると、急に背筋を伸ばして姿勢を正した。それから取ってつけたように、丁寧にお辞儀をする。
「陛下、ご即位おめでとうございます。パレードの準備が整っておりますので、どうぞこちらへお越しください」
あまりのわざとらしさに、エリーは吹き出してしまう。それから大きくため息をつくと、肩をすくめてウェントの後ろについて歩き始めた。エリーは歩きながら、ウェントに質問した。
「パレードなんて、いつ準備したの?」
「おとといかな?」
ウェントの従者らしい態度は、あくまでも神官たちの前で取り繕うための瞬間芸だったようだ。早くもいつもどおりの口調に戻っている。
それにしてもたった二日で準備とは、パレードは想像以上に泥縄だった。
「レイレイにパレードのコースを聞かれてさあ」
レイモンドから戴冠式後のパレードのコースを尋ねられ、そこで初めてパレードというものに思いが至ったのだそうだ。何も準備していないと知ったレイモンドが、手伝いを申し出てくれた。そしてコース決めから馬車の飾り付けまで、すべてを取り仕切って準備をしたのだと言う。
その割には、当のレイモンドはこの場にいない。
その理由は、パレードに出発した後に明らかになった。




