21 食材調達 (1)
ジェイは結局、レイモンドのお薦めの家の中から一番王城に近いものを選んで、競りに登録した。一番王城に近い物件は、一番広い物件でもあった。繁華街からは少し離れた、静かな場所だ。
王都にある不動産の競りは、一週間ごとに締め切られる。締め切りまでにジェイの入札を超える入札がなければ、落札だ。
レイモンドが購入したときには、まったく競りにならず一発入札で購入できたらしい。今ならきっとジェイも同じように購入できるはず、と自信たっぷりに説明した。
いずれにしても、結果がわかるのは戴冠式の後だ。
家の競りに登録し終わると、何だかもう、することが何もなくなってしまったような気がした。何しろ家を選ぶにあたり、王都の中はくまなく歩き回った。見ていない場所がないほどだ。これ以上の観光は、必要ない。
暇を持て余すジェイとは対照的に、レイモンドは新しく店を開ける準備で忙しそうだ。
戴冠式の準備に、何か自分に手伝えることはないだろうか。
ジェイがエリーを捕まえて尋ねてみると、首を横に振られてしまった。
「気持ちはうれしいよ、ありがとう。でも、お客さまにそんなことさせられない」
人手が足りず、火の精霊王にまで侍従の真似事をさせていたというのに。
エリーに聞いて空振りだったので、ジェイは次に厨房を訪ねてローリーに声をかけた。
「何か手伝えることはないか」
「お? 姉さん、ジェイが手伝ってくれるって!」
「ほんと?」
パッと顔を輝かせて反応したのは、ローリーの姉マティルダだ。
「ひとりで間に合うか自信なかったのよー。助かるわ!」
満面の笑みでジェイの背中を叩く。何を手伝わされるのか見当がつかず、ジェイは首をかしげた。しかし彼女はそんなジェイにはおかまいなしに、「行きましょ!」と声をかけて元気よく外に飛び出す。ジェイはあわてて後を追った。
「どこへ行くんだ?」
「川」
川へ何をしに行くと言うのだろう。
いぶかしく思いながらも、ジェイはおとなしくマティルダの後ろをついていく。彼女は何やら大きな革袋を抱えていたので、「運ぶよ」と声をかけて受け取った。マティルダは「あら、ありがとう」と微笑んで袋を渡してきたが、軽々と渡されたにもかかわらず、思いのほかずっしりと重い。腕をもっていかれそうになって、少し焦った。
「マッチョ姉さん」の呼び名は、伊達ではないようだ。
王都から出て、近くを流れる大きな川に向かう。川に着くと、マティルダは袋の中から棒をいくつか取りだして組み立て始めた。そして組み立て終わると、ジェイに渡した。
「はい、どうぞ」
渡されたものは、漁師の使うモリに似ていた。ただし似ているだけで、形状が少し違う。モリであれば、槍のように先端に金属部のカギがついているものである。だがこの棒の先端は、巨大な釣り針を逆さに取り付けたような、変わった形をしていた。カギの部分はとがっているだけで、釣り針やモリとは違い、返しがついていない。
何にどのように使うものなのか、さっぱりわからない。
ジェイがしげしげと道具を眺めている間にも、マティルダは同じものをもう一本組み立てていた。
「よし、できた! モリは使ったことある?」
形が風変わりだが、これもモリと呼ぶらしい。
マティルダの質問に、ジェイは首を横に振って答える。彼女は笑って「まあ、そうよねえ」と言いながらズボンの裾をたくし上げた。そしてザブザブと川の中に入っていく。
「見ててね」
マティルダはモリを構えて、じっと水面を見つめた。じっとしていればかわいらしい容姿であるにもかかわらず、そうして仁王立ちしている姿は野性味にあふれていて、たくましいことこの上もない。
しばらく彼女は身じろぎもせずに水面を凝視していたが、やがて素早くモリを水中に突き立てた。「よし」と満足そうにつぶやきながら、モリを水中から引き上げる。先端にはずっしりと重さのありそうなサケが刺さって、ビチビチと跳ねていた。
ワイルドだ。だが、単純ではある。
「数が必要だから、のんびり釣ってる暇がないの」
「なるほど」
どうやら、戴冠式の来賓用に加えて、王城の使用人全員分を狩ろうとしているらしい。
「まあ、最悪、魚はお客さま専用で! でもそのお客さまが、今回は結構な数なのよー」
魚のほかに肉も用意するため、前日またバイソンを狩ってきたと言う。
実にワイルドだ。というか、自給自足っぷりがすさまじい。王城なのに。
とりあえず、一尾で数人分にはなりそうなので、百尾も狩れば何とか足りそうではある。ただし百尾の重さを考えると、二人で持ち帰ることのできる量ではない気がした。
「獲った魚はどうするんだ?」
「ここに集めておいて。あとでまとめて持って帰るから」
「わかった」
どうするつもりなのかわからないが、持ち帰る手段に当てはあるらしい。
お互い近すぎると魚に逃げられそうなので、マティルダからはある程度の距離をとって位置取りをする。最初のうちは勝手がわからず、何度か魚に逃げられたが、じきにモリの扱い方ものみ込めた。獲物に刺したら素早く引くのがコツのようだ。引くと針が魚に深く刺さるような仕掛けが、モリの先端に施されている。
季節がよいのか、そこかしこに魚の泳いでいる姿が見えるので、数分に一尾くらいのペースで順調に漁を続けた。それでも必要数を獲り終えた頃には、昼食を挟んで三時間くらいが経過していた。
目標数を確保して、岩場でモリを解体しながらひと休みしていると、王都のほうから馬車の音が近づいてきた。そして、聞き覚えのある声が聞こえる。
「おつかれさまー!」
ローリーだ。輸送用に荷馬車を持ってきたらしい。
獲った魚を三人がかりで荷台に積み、王城に戻る。帰りの道すがら、ジェイはローリーに質問した。
「食材は、これでしまいか?」
「んっとね、明日クラーケンを獲ってきてって、母さんが」
「クラーケン」
ローリーから返ってきたのは、ちょっと理解しがたい言葉だった。
あれは食えるのか、とか、そもそも魔物は狩った後に消えてしまうだろう、とか、それ以前に気軽に狩って来られるレベルの魔物じゃないはずだ、とか、いくつもの疑問が頭の中に渦巻いている。
だがローリーは、ジェイの納得しかねた表情の意味を誤解したようだ。にっこりと安心させるような笑顔で、味を保証した。
「そっか、食べたことないんだね。おいしいよ!」
「そうか、うまいのか」
頭に浮かんだ疑問は何ひとつ解消されないままだったが、とりあえずジェイはうなずいておいた。




