19 精霊王とお茶会 (4)
そこに突然ローリーの声がして、しばし感傷に浸っていたジェイの意識は現実に引き戻された。
「イグニス! こんなところでサボってたのか。誘ってよう」
「サボってるわけじゃない。みんなに味見をお願いしながら、休憩してるだけ」
「ふうん。じゃあ、僕も味見を頼まれてあげるよ」
どうやら仕事の途中で通りかかり、人が集まっているのが気になって吸い寄せられてきたらしい。すました顔で言い訳するイグニスの皿から、ローリーは一番大きな菓子をつまんで口に放り込んだ。イグニスはそれをとがめるでもなく、笑いながら見ている。
「どうだ。悪くないだろ?」
「うん、おいしい! 見た目もきれいだし、いいと思う。これは手土産用?」
「そうだな。晩餐用は、また別途」
「そっかそっか」
気安いやり取りを聞きながら、ジェイは首をひねった。
「この城の侍従は、菓子も焼くのか」
「ああ、人手が足りなくて侍従の真似事をしてもらったけど、イグニスの本職は菓子職人だよ!」
「菓子職人」
思わずジェイは真顔になり、言われた言葉をオウム返しに繰り返していた。そんなジェイの間抜けづらに、イグニスは笑いをかみ殺したような顔を向ける。
「あのとき『〝今は〟侍従』だと言ったでしょう?」
「言ったな」
「オーブンの火加減なら、誰にも負けません」
そりゃそうだろう。オーブンに限らず、火加減なんていつでもどこでも思いのままじゃないのか。だが、そう指摘してよいものやら見当もつかず、ジェイはそのまま口をつぐんでいた。ジェイのそんな心情には気づいた様子もなく、ローリーはイグニスに声をかける。
「あ、イグニス。姉さんが、燻製を手伝ってほしいって言ってた」
「わかった。すぐ行くよ」
「あまり油を売ってるとどやされるから、僕は先に行ってるねー」
ローリーは去り際に、さりげなくイグニスの皿から何個か菓子をくすねて行った。イグニスを始め精霊王たちは、それを見てもにこにこと楽しそうに微笑むだけで、何も言わない。
イグニスは椅子から立ち上がると、空になった皿を重ねて腕に載せてから、使用人らしくきれいに一礼した。
「では、呼ばれたので、これにて失礼」
ジェイが目礼してイグニスを見送るのとほぼ同時に、反対側から近づいてきて声をかける者がいた。レイモンドだ。ちょうど城下町から戻ってきたところらしい。
「ジェイ! こんなところでお茶会だなんて、さすが風流だねえ」
「誘われただけだ」
何が「さすが」なのかさっぱりわからないので、肩をすくめて受け流しておく。
水の精霊王マールが立ち上がり、イグニスの座っていた場所を片付けて、レイモンドのために椅子を引いた。
「さあどうぞ、お客さま。お座りください」
「やあ、ありがとう」
妖艶な美女に椅子を勧められて、レイモンドはデレデレだ。
マールは手際よくレイモンドに焼き菓子を盛った皿を置き、紅茶を注いだ。
地の精霊王ルーパスは、にこやかにレイモンドに話題を振る。
「王都はいかがでしたかな」
「いいところだね。気に入ったよ」
レイモンドは機嫌よく答えた後、鼻息も荒くジェイに報告した。
「ジェイ! 私は、ここを拠点にしようと思う」
「ほう」
「ジェイもさ、今が狙い目だよ」
「何が?」
レイモンドが何やら興奮しているのはわかるが、いったい何にそんなに夢中になっているのか、ジェイにはさっぱりわからない。さほど興味もないが、一応お義理で尋ねると、レイモンドは得意満面でにんまりと笑った。
何の話かさっぱりわからないが、もったいのつけ方が大変うざい。話の内容を聞く前から、ジェイは少々げんなりした。
「ふふふ。買っちゃったんですよ」
「だから、何をだ」
「いろいろ」
ただでも興味がわかないところへ、この答え。ジェイはイラッときた。まともに答える気がないなら、話を振るな、と心の中で毒づく。大人げなく眉間にしわを寄せてしまった自覚はある。
何だか食欲まで失せたので、菓子には手をつけずに紅茶に口をつけた。
ただしレイモンドはうざいやつだが、決して鈍いわけではない。ジェイの不機嫌顔に気づくと、あわてて言葉を続けた。
「家と、店を買ったんだ」
「どこに?」
「だから、この町にだよ」
うきうきと「買っちゃった」というその買い物の大きさに驚いて、ジェイの不機嫌顔は一転してあっけにとられた顔になる。
「今なら一等地でも空きが多くて、選び放題なんだよ」
「ふむ」
「こんな耳寄りな情報は、普通なら誰にも教えないんだけど、ジェイだから特別だよ。今だよ。買うなら、今!」
確かに空き家が多いのは、この城に来るまでの道すがらの光景からジェイも把握している。だが「今が買い」と強く薦める理由がわからない。まるでこれから確実に人気が出てくると言わんばかりの物言いではないか。空き家が多いのは、打ち捨てられるだけの理由があるからだと言うのに。
ジェイのいぶかしげな表情を見て、レイモンドはにやりと笑って人差し指を立てた。
「今はまだ店を買ったばかりだけど、私が店を開ければ、必ず周囲の店も埋まるよ。そうなれば、選び放題ではなくなるだろうし、地価も上がる」
大層な自信だが、そう言えばこの男は商業ギルド長のせがれなのだった。まだ若くとも商売の経験は人並み以上にあり、親から受け継いだ嗅覚のようなものも持ち合わせている。だから商売に関する限り、その言葉は信用してよさそうだ。
レイモンドはさらに、ジェイのほうに身を乗り出して声をひそめて耳打ちする。
「それにね、うちの父と兄も拠点をここに移そうとしてる。あの人たちが本格的に動き始めたら、目ぼしいところは全部買われちゃうから、買うなら今なんだよ」
商会ギルド長の身内でしか知り得ない重要機密情報に、ジェイは目を見開いた。
レイモンドはいたずらっぽい顔で人差し指を口の前に立て、「内緒だからね」と言う。とんでもない極秘事項であろうことはジェイにもわかるので、真面目な顔でうなずいておいた。
「ジェイもさ、ここを拠点にするかどうかにかかわらず、予算があるなら買っておくといいよ。必ず値上がりするから。投資だよ、投資」
その後は、レイモンドが見て回ってきた下町の感想などを聞きながら、しばらく精霊王三人を含む五人でなごやかに過ごす。ジェイは、レイモンドに対して「うざいと思って悪かったな」と、ほんの少しだけ思った。




