17 精霊王とお茶会 (2)
目の前に繰り広げられている非現実的な光景に、ジェイは考えることを放棄した。
ただの精霊ならまだしも、精霊王が集まってのどかにお茶会の準備をしている、この状況。何がどうしてこうなっているのかなんて、考えるだけ無駄だ。
「精霊王ってのは、人間界に干渉してはならない決まりがあるんじゃなかったのか」
「そうだな」
「あるね」
「よく覚えてるわね」
「これおいしい!」
ひとり言のようにぼそっと疑問を口にしたところ、精霊王たちから口々に同意が返ってきた。なお、約一名ほどマイペースに焼き菓子を頬張っているのが、風の精霊王ウェントである。
通常、人間が精霊王と対面する機会など、一生のうちに一度あるかないかくらいの希少さだ。一度もない者のほうが圧倒的に多い。
その希少な機会のひとつは、聖教国で四年に一度開催される「闘技の祭典」での表彰式だ。勇者たちを称える表彰式の場に、気まぐれに精霊王が顔を出すことがあるのだ。ただしあくまで「気が向けば」であり、必ず出現するわけではない。
ジェイがイグニスの顔を見知っていたのは、三年ほど前の「闘技の祭典」で勝者に祝福を与えた場に居合わせたからだ。しかも現れたのはイグニスだけではなかった。なんと精霊王たちがそろって姿を現したのだ。必ず出現するとは限らない精霊王たちが現れたことで、会場はわきにわいた。
あのときには、モンドール帝国の皇帝がイグニスに慇懃に声をかけたものだ。
「いにしえの時代には、人間とも親しく交流があったと聞く。せっかくの機会なので、ぜひ我が国にお越し願えまいか。きっと国民もこぞって歓迎しよう」
この抜け駆けに、他国の君主たちの間には焦りの色が広がったが、誰もあえて口を挟もうとはしなかった。モンドール帝国は、好戦的な国として知られている。皇帝自身がどれほど好戦的なのかは誰もはっきりとは知らなかったが、わざわざ自国を犠牲にしてまで試すようなことをしたい者などいるはずもなかった。
だが君主たちの不安は、モンドール皇帝の招待に対してイグニスが首を横に振ったことで解消された。
「人の世への干渉は、神に禁じられているのでね。気持ちだけありがたく受け取っておこう」
「それは残念」
モンドール皇帝は、いかにも残念そうな顔をしてみせたものの、引き際は潔かった。他国の君主たちは、イグニスが招待を受け入れなかったことに安堵する。「もし精霊王たちがモンドール帝国の招待を受けたら、歓迎への返礼として祝福を授けることもあるかもしれない」との危惧は、イグニスの言葉により解消された。
さらに「精霊王たちの人の世への関わり方には、神による制約がかけられている」ことも、特に小国の君主たちにとってはうれしい情報だった。干渉が禁じられているならば、少なくとも精霊王たちがモンドール帝国にこれ以上の軍事力を与えることはないだろう。
ジェイがこぼした疑問は、あのときのイグニスの言葉と現在の状況とが矛盾しているのではないか、という意味だ。干渉を禁じられているから招待を断ったはずなのに、どうしてフロリア王国の王城内で使用人として馴染んでいるのか。
断り文句として「干渉を禁じられている」と言っただけで、実際にはそんな制約はないのかもしれないとジェイは思ったわけだ。だが精霊王たちの返答は、そうした決まりが実際に存在するというものだった。
だったら、この状況はどういうことか。ジェイには理解ができず、眉根を寄せた。
水の精霊王マールがお茶を入れる横で、地の精霊王ルーパスがにこやかに焼き菓子を取り分けながら、小さな子どもに対するような口調で説明する。
「人の世への干渉は禁じられているが、人の子たちと関係を持つことまで禁じられているわけではないんだよ」
「なるほど」
つまり、今は関係を持っているだけであり、干渉はしていない、ということなのだろう。だがその違いを推し量りかねて、ジェイは「なるほど」と言いながらも曖昧にうなずくことしかできなかった。
ジェイの様子を見て、マールは面白がっているように笑う。
「違いがわからないという顔ね」
「人の子は、たいていそうだよ」
風の精霊王ウェントは、したり顔でうなずく。そして真面目くさった顔のまま、しれっとルーパスの前に置かれた皿の上の焼き菓子に手を伸ばそうとして、マールにその手をぴしゃりと叩かれていた。どうやらいちごジャムの載った焼き菓子が気に入り、他人の分までせしめようとしたらしい。
ジェイが「どうぞ」と自分の皿を押しやると、ウェントはパッと顔を輝かせて「うわあ、ありがとう!」とお目当ての菓子に手を伸ばす。
「あらあら。甘やかすと後が大変よ?」
「菓子一個くらい、別にいつでも」
呆れ顔のマールに、ジェイは笑いながら応じた。
ウェントの無邪気でマイペースな明るさは、どこかローリーを思い出させて憎めない。ウェントはご機嫌で菓子を食べながら、「お礼に教えてあげるよ」とジェイに笑顔を向けた。
「僕たちは今、きみと一緒にお茶を飲むことで関係を持っている。でも何も干渉はしていない。だから問題ないんだ」
ジェイの眉間にしわが寄る。ウェントから説明してもらってもなお、言葉が漠然としすぎていて、さっぱり理解できなかった。まるで高尚すぎる謎かけ問答のようだ。
あまり答えを期待しないまま、ジェイは質問した。
「干渉する、とは具体的にはたとえばどんなことなんですか」
「人の子に対して、精霊王としての立場や能力を使って何かすること」
ウェントはじっとジェイの目を見つめて、答えを返した。ウェントの口もとは笑みの形を崩していなかったが、その視線はジェイを試そうとしているかのように、冷静に値踏みをしている。こういう顔をすると、ただの無邪気な少年ではなく、間違いなく精霊王のひとりなのだと感じさせられた。
ウェントのこの説明で、やっとジェイは「干渉」の意味をおぼろげに理解した。確かにこのお茶会は、ただ集まって一緒に飲食しているだけの場だ。精霊王かどうかなんて関係ないし、もちろん精霊王の能力を披露する場面もない。だから「干渉」にはあたらないのだ。
だが、腑に落ちない点もある。




