13 少年治癒師の実家 (3)
マティルダはレイモンドのつぶやきを耳にすると、片眉をつり上げて、人の悪い笑みを浮かべた。
「やだ、ローリーったら。女の子と間違われてたの?」
「え? まさか、エリーじゃあるまいし。僕は女の子と間違えられたことなんて一度もないよ! ね、レイレイ?」
いきなり話を振られたレイモンドは一瞬たじろいだものの、すぐに取り繕って「も、もちろんだよ」とぎこちなく返す。ジェイはそれを呆れた様子で眺めて、内心「うそつけ」とつぶやいた。ただしもちろん、口には出さない。
ジェイは最初からローリーが少年であることも、レイモンドが勘違いしていることもわかっていた。わざわざ訂正しなかったのは、面倒くさかったからだ。
ローリーは今でこそ小柄な少年だが、骨格を見れば少女でないことはすぐわかる。年齢と体格から推測するに、おそらく成長期が遅いタイプなのだろう。成長期が遅いタイプは、少年期には小柄だが、他の者の成長が止まる頃に成長期が始まり、爆発的に身長が伸びるという特徴がある。おそらく成長期が終わる頃には、レイモンドよりも背が高くなるのではないか。
マティルダは、ローリーとレイモンドのやり取りを気にもとめず、再びローリーの後頭部を叩く。ペシッとキレのよい音が響いて、ローリーがつんのめった。
「まーた殿下を呼び捨てにしてる! だいたい、お客さまを裏口に通す人がありますか。ちゃんと正面玄関からご案内しなさいよ」
「だって、こっちのほうが厩舎から近いじゃん」
叩かれた場所をさすりながら言い訳をするローリーの横で、レイモンドはまたもや「殿下……?」とつぶやいて固まった。ジェイはあごに手を当てて「ふむ」とうなずいている。
「もういいわ。ローリー、調理場裏にバイソンを置いてきたから、解体をお願い。血抜きは済んでる」
「人使い荒いなあ。まあいいや、夕食用だね?」
「そうよ。だから急いでね」
「はいはい」
ローリーがジェイとレイモンドに「また後でね」と手を振ってその場を去った後、マティルダはいかにも有能な使用人然とした笑顔を二人に向けた。
「ジェイさまとレイモンドさまですね。伺っております。裏口からで恐縮ですが、お部屋にご案内いたしますのでこちらへどうぞ」
丁寧な口上も、返り血を浴びた軽装備をまとっているせいで、割と台無しではある。見るからに狩りから帰ったばかりのようだ。
マティルダの後ろからついて行きながら、レイモンドが彼女に質問をした。
「バイソンは、マティルダさんが狩ってきたんですか」
「そうです。お客さまがいらっしゃるって聞いて、あわてて調達してきました」
「ええっと、もしかしておひとりで……?」
「はい。まあ、ただのバイソンですし」
質問の意味を図りかねたのか、マティルダはあいまいな笑顔のまま不思議そうに振り返った。レイモンドは思わず「そうか、ただのバイソンだしな」と納得しそうになってから、「いや、そうじゃない」と思い直したようにつぶやいている。
バイソンは草食動物の割に獰猛だし、大きいし、そのくせ足は速い。ウサギや鳥ならともかく、こんな可憐な女性が「ちょっとお肉を調達してくる」というノリで簡単に狩れるものではないはずなのだ。だいたい、ひとりでどうやって持ち帰ったというのか。バイソン一体で、少なく見積もっても大の男十人分以上の重さがあるはずだ。
レイモンドが百面相をしながら、何やら頭の中でぐるぐると考えている様子なのを面白く思いながらも、ジェイは何も見ていないような顔で黙っていた。
それにしても、レイモンドはわかりやすい。
ローリーの言っていた「マッチョ姉さん」という言葉を思い出してしまったことまで、見ているとわかる。何しろ、声に出さないだけで、ひとり言のように口が動くのだ。そしてその考えをすぐに否定したことも、見ていればわかる。まるで自分の考えにあわてたかのように、勢いよく首を横に振っていた。
確かにマティルダは「マッチョ姉さん」とはとても呼べない、かわいらしく可憐な女性だ。だがおそらく、マティルダの狩りの能力はその見た目どおりではないだろう、とジェイは見ている。ローリーが弓使いだから、その姉も弓使いだとレイモンドは思っていそうだが、きっとそれも違う。
レイモンドが百面相を続けている間に、客室に到着した。
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。お食事のときに、またお声かけにまいります」
マティルダはにこやかに挨拶して去って行った。
案内された客室は、王城の客室にふさわしく格式高そうな部屋だ。ジェイとレイモンドには、隣りの部屋をひとつずつ割り当てられた。部屋ごとに浴室もついていて、最新式ではないものの、十分に贅沢な魔道具が装備されている。湯水に不自由することはなさそうだ。
ジェイはレイモンドと別れて部屋に入り、まずは旅の汚れを落とすことにした。
王城での滞在にふさわしい衣類の手持ちなどないが、それは致し方ない。だいたい、しがない冒険者にそんなものを求められたって困る。清潔でこざっぱりしていれば、許されるはずだ。たぶん。
風呂に入ってさっぱりし、手持ちの中で一番マシな服を選んで身につける。
夕食まではまだ少し時間がありそうだが、することが何もなくて暇を持て余した。だからと言って、許可も得ずに勝手に城の中をうろつき回るわけにもいかない。失礼だという以前に、場所が場所だけに内偵の疑いを掛けられかねないからだ。
内偵なんてするつもりがないし、せっかく招待してくれたエリーの厚意を無にするような疑わしい行動は取りたくない。
王城の客間でするようなことではないが、武器の手入れをしたりして時間をつぶすことにした。暇つぶしのつもりで始めたが、いつの間にかすっかり没頭してしまっていたようだ。部屋の扉をノックする音で我に返ると、すっかり日が傾いている。
返事をすると扉が開き、鮮やかな赤毛の、体格のよい侍従が姿を見せた。
その侍従の顔を見て、思わずジェイは目をむく。こんな場所にいるはずのない、見覚えのある顔だったのだ。
「イグニス⁉」
イグニスと呼ばれた男は、いたずらが成功した子どものように楽しそうな顔で、人差し指を口の前に立てる。
「今は、侍従のイグナートです。ここではお互い、素性を忘れましょう」
「なるほど?」
いぶかしく思いながらも、ジェイはイグニスの言葉にうなずいた。
これはつまり「お前の素性を黙っていてやるから、よけいなことをしゃべるな」という意味の牽制と思われる。
「お食事の支度が調いましたので、ご案内します」
「そうか。よろしく」
イグニスの後ろを歩きながら、ジェイの頭の中では激しく疑問が渦巻いていた。
いったい何だって火の精霊王なんかが、こんなところで使用人の真似事をしているのか。




