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幼女の異世界転移録  作者:
強者激突編
59/64

幼女は虫の知らせを感じ取る①

「ナナ様、置いてかないで下さい~……」


 ミオががっちりとナナの腰にしがみ付く。


「トイレに行くだけなんだけど!?」


 バルバラン大陸に戻ってきた後も、ミオはナナにベッタリであった。


「ユグラシル大陸で何があったの……? ミオお姉ちゃんが甘えん坊になってるの……」


 リリアラが、いや、拠点に住む子供達全員が驚きと戸惑いを隠せなかった。

 そんな時に、ユリスが部屋に入ってきた。


「ナナちゃん、ちょっといいですか……ってうわ!! ナナちゃんが浮気してます!?」

「誰が浮気よ……」


 ナナがジト目でユリスにツッコむ。


「な~んだミオちゃんでしたか。てっきりナナちゃんが、また他の女の子をたぶらかしたのかと思っちゃいました♪」

「……私のイメージおかしくない? しかも言うほどたぶらかしてないし……」


 そんなやり取りをしていると、ミオはジッとユリスを見つめる。目が合うと、ミオはナナから離れてユリスに抱き付いた。


「ユリス様、私の事捨てないで~。一人はいや~……」

「あらあら。大丈夫ですよ。絶対に捨てたりしませんから」


 そう言いながら優しく頭を撫でる。


「ふふ。こうしていると本当の家族みたいですよね。私がお母さんで、ミオちゃんが娘です。そしてナナちゃんが……お母さんです!」

「お母さん二人になってるけど!? どんな家庭環境!?」


 と、言いながらも、純血のヴァンピールは性別を気にせず交配したりする訳だが、今のナナはそんな事を知らなかったりする。

 そんなやり取りをしていると、そこへトトラが駆け込んで来た。


「師匠、大変ッスよ!」

「どうしたのよ。そんなに慌てて」

「今、ドルンの街へ買い物に行ったんスけど、そこで聞いちゃったんス。確かユグラシル大陸って、この前師匠達が向かった大陸ッスよね?」


 息を荒げて、その様子からただ事ではないのが見て取れた。


「そうだけど、何があったの?」

「そのユグラシル大陸の王都が……たった一日で壊滅したッス!!」

 ほの暗い空間に数名の男達が立ち並ぶ。彼らは皆、疲れた顔をしているが、それでもその場を去ろうとする者はいなかった。

 石を積み上げて作られた石造りの部屋の中で、その天井には魔法陣が描かれている。

 立ち並ぶ者の一番前に立つ白髪の男が、その天井の魔法陣に手をかざした。すると、その魔法陣は淡い光を放ち出す。

 白髪の、三十路ほどの男が呪文を詠唱して腕に力を込めると、魔法陣の中から何かがゆっくりと顔を出した。それは、グネグネと蠢いている。

 天井に描かれた魔法陣から排出されたソレは、ボトリと床へと落ちた。


「いくつだ?」


 白髪の男がそう聞くと、後ろに待機していた者がすぐに手のひらサイズの水晶玉を覗き込む。


「だ、ダメです。およそレベル1500かと……」

「……そうか」


 現れたヘビのような生物を映した水晶には数字が浮かび上がり、1400から1600の間を行ったり来たりしていた。

 これはコンパクトに持ち運び可能な、ある程度レベルを計る事が出来る最新の道具であった。


「ハズレだな。殺せ」


 白髪の男がそう言うと、後ろで並んでいた男達は腰に差していた剣を抜いた。

 魔法陣から出てきたヘビのような生物は、この状況を警戒して威嚇する。


「動くな!」


 白髪の男が強めの口調でそう言うと、ヘビのような生物はピシリと固まったように動かなくなった。

 ビクンビクンと痙攣したように震えるが、それ以上は何もできそうになかった。


「お前に恨みはねぇが、こっちも命令なんでな。悪く思うなよ」


 白髪の男が軽く言い放つと、周囲の武器を抜いた男達はヘビを取り囲んだ。そして、一斉に武器を振り下ろす!

 体を切り裂かれたヘビは、血をぶち撒けながらピクリとも動かなくなってしまった……


「そろそろ掃除しますか?」

「ん~……まだやれるだろう。隅っこに集めておけ」


 白髪の男の命令に従い、無残に切り裂かれたヘビは引きずられていく。床に流れる血はすでに部屋全体に広がっており、それは今のヘビだけの血ではなかった。なんと、部屋の端には大量の生物の死骸が山積みとなっていたのだ。

 ズタズタに引き裂かれ、内臓や脳みそが散乱する隅にヘビは投げ込まれる。そして男達は平然と、再び召喚の儀式を行う準備を始めるのであった。


「惨いねぇ。まさに神をも恐れぬ行為だ」


 出入口の近くの壁に寄りかかり、そんな様子を眺めていた少年がポツリと呟く。それはあのゼルであった。


「あん!? ってかこれはお前が言い出した作戦だろうが!」


 白髪の男がイライラしたように怒鳴り声を上げる。そう、これはゼルの入れ知恵であった。


「仕方ないでしょう。歪持ちを倒す事ができるのはもはや、同じようにレアパターンで召喚された者だけだからね」


 レアパターン。それは召喚術を行使した際に起こる、ごく稀なケースである。

 本来この世界の召喚術は、術を使った召喚者と同じレベルの相手しか呼び出せない。しかし眠っている相手など、稀に召喚者よりもレベルの高い種族を呼び寄せる事がある。

 眠っている時点で召喚者と同じレベルと言う事は、当然の事ながら目を覚ませばそれ以上の強さを誇るからだ。

 この部屋ではそのレアパターンを呼び寄せるために、幾度となく召喚を繰り返して来たのだった。


「ちっ、胸くそ悪い! こんな仕事受けるんじゃなかったぜ……」


 白髪の男は舌打ちをする。彼はこの王都に雇われた三鬼さんきであった。

 金で動く実力者で、この世界屈指の高レベルな冒険者である。彼のレベルで召喚術を行い、レアパターンで非常に強力な種族を呼ぶのがこの計画の狙いであった。

 召喚された生物をすぐに殺すのは、強制的に交わされた召喚獣との契約を断ち切るためである。この契約を破棄しないと、他の召喚獣との契約を結ぶ事が出来ないのだ。いや、厳密に言えば複数の召喚獣との契約は可能だ。しかし、召喚したばかりの相手と絆も深めずに数ばかり増やせば、一斉に反乱を起こされかねない。そういったリスクを減らすために、目的以外の召喚獣は即排除していた。


「もう一度だけやって、ダメなら休憩入れるぞ!」


 そう言って、白髪の男は天井に描かれた魔法陣に魔力を送る。

 再び魔法陣から淡い光が放たれて、ズルリと何かが落ちてきた。


「なんだ? 何が召喚された!?」


 僅かな光を掲げると、そこにはガリガリにやせ細った人間が横たわっていた。


「な、なんだこれ……ミイラ?」


 ミイラに見えてもおかしくないほど、その召喚獣はガリガリに乾燥していた。まるで高熱で干上がった死体に服を被せただけのようである。


「いや、ちょっと待てよ、これって……レアパターン!?」


 召喚されたと言う事は、この状態で白髪の男と同じだけのレベルである事を意味している。それはすなわち、レアパターンであった。


「おい! 回復させろ! 早く! 絶対に死なすなよ!!」


 白髪の男が叫ぶと、神官らしき服を着た男性がミイラに駆け寄った。そして、杖を掲げて回復魔法を発動させる。


「…………ろ」


 ミイラの口が動き、言葉を発する。

 神官は回復魔法をかけ続けながら、ミイラの口元に耳を近付けた。


「なんですか!? すぐに回復させますからね!」


 そう語り掛け、ミイラが何をしゃべるのかを聞き逃さないようにした。

 すると――


「やめろ!」


 ——スバッ!!

 周囲に血が飛び散り、白髪の男の顔にも血が付着する。

 ゴロリと転がる丸いものに目を向ければ、それは今、回復魔法をかけていた神官の頭であった。

 神官の首からは大量の血が吹き出し、力なく床に倒れ込んでは血の海を作る。そんな様子を、その場の一同は唖然として見つめていた。


「あ~あ、回復魔法とかやめて下さいよ。僕、そういうの苦手なんで」


 そう言って、ミイラはゆっくりと身を起こした。否、ソレはもうミイラではなかった。ガリガリに痩せた体には筋肉が付き、乾燥した肌には潤いが戻っている。


「お、お前……平気なのか……?」


 白髪の男は転がる神官の頭と、さっきまでミイラだった男を見比べながらそう聞いた。


「ええ、僕はゾンビですから。やろうと思えばいつでも再生可能なんですよ」


 ゾンビと自称する男はそのまま立ち上がる。意外と長身で、ゾンビとは思えないほど顔立ちは整っていた。


「さて、聞きたい事は色々とありますが、取りあえずこれだけ聞かせて下さい」


 ゾンビは白髪の男に丁寧な口調で語り掛ける。


「この世界に、ナナお嬢様は召喚されておいでですか?」

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