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幼女の異世界転移録  作者:
強者激突編
56/64

幼女は呪いを解きに行く➆

「ジークじゃん。ついてきてたの? って、あれ? 僕たち結構ハイスピードで移動してたような気がするけど……?」


 ゼルが不思議そうに首を傾げた。


「彼は私が呼んだのよ。アルラウネを殺したら墓の前まで運んで来いとか言ってたから、彼に来てもらったの。そっちの方が手っ取り早いでしょ?」


 そうナナがしれっと答える。


「ふ~ん、けど、そんな会話した? 全く記憶にないけど……」


 シンディも顔をしかめていた。


「彼はあのお墓からあまり遠くには行けない地縛霊的な状態だったからね。私と繋がりを持たせて、私の近くになら来れるようにしといたのよ。ほら、私って彼にポンポンって触ってたでしょ?」


 確かにナナは、ジークのズボンを軽く叩き、腕を叩き、背伸びをしながら肩を叩いていた。そんな様子を一同は思い返し、そしてさらに疑問を抱いていた。


「ん? 地縛霊的な……? どういう事かな?」


 ゼルが再び首を傾げる。

 それに対して、ナナは忘れていた事を思い出すような口調で答えた。


「あ~……みんなわかってなかったみたいね。彼が二年前に死んだアレスの霊よ。気付かなかった?」


 沈黙……

 しばしの沈黙ののち……


「え……? ええええぇぇ~~~~~!?」


 アルラウネ以外の、全員が驚いていた。


「最初は私もお墓から漂う霊気かと思ったけどそうじゃない。あの村に漂う霊気は彼自身が直接放っていたいたものだったのよ。お墓と一緒に並んで立っていたから分かりにくかったけどね」

「ちょ、ちょっと待ってよナナっち、って事は、ジークっていうのは偽名だったって事?」

「いや、偽名ではない」


 そう答えたのはジーク本人だった。


「本来このユグラシル大陸では、ギルドに登録する際には別の名前を付ける風習がある。ジークというのは俺がギルドで仕事を請け負う時に使う名前だ。そこのチビッ子が殺気立っていたから、うまく誤魔化そうとしてそう名乗っただけさ」


 彼は……アレスはそう答えた。

 実のところ、ナナが召喚者の霊をぶん殴ってユリスを助けると言っていたのは、ある程度物事を円滑に進めるための嘘である。そしてそれは、ナナに呼ばれてこの大陸についてきたミオも察していた事だったりする。


「それはそうと小さき歪持ちよ。話が違うぞ。俺はアルラウネを殺せと言ったはずだ。俺を裏切り、命を奪ったその忌々しい召喚獣! そいつを殺さなくてはお前の相棒にかけた呪いは解かぬ!」

「待って下さい、アレス様!」


 そう叫んだのはミオであった。


「アルラウネ様はアレス様を殺してはいないと言っております!」

「嘘だ! 俺はこの目で見たんだぞ! こいつが突然俺を襲う姿を! そして森の方へと逃げていく所を!!」

「そこがアルラウネ様と話が食い違っている部分なのでございます! アルラウネ様は言っています。二年前の事件の日、彼女はアレス様のいいつけで森へ出かけたと言っております。そして、その帰る途中でギルドの冒険者や村人に会い、アレス様殺害の罪で追い回されたと……」

「バカな!? 俺はそんな事をいいつけた覚えはないぞ!! どんないいつけで森へ出かけたと言うのだ!!」

「……いえ、そこまではわかりかねます……」


 ミオの、『表情から相手の言いたい事を読み取る能力』は、あくまでも抽象的である。断じて心を読むなどといった魔法のたぐいではない。

 相手の視線や、表情の変化を見て、それが何を示しているのかを紐解いていく。だからこそ、具体的な固有名詞まではわからないのだ。


「ええい、デタラメだ! 早くそいつを殺してしまえ!!」


 アレスは半狂乱となって叫び出す。


「……多分、たばかられたのよ……」


 ナナはアルラウネを押さえつけていた手を放し、立ち上がってそう言った。


「た、謀られた……?」

「そう。あなた達を良く思っていない者が、姿を変える魔法か何かを使って、互いの仲を引き裂いたのよ。つまりはこういう事ね。まず初めに、あなたの姿に化けてアルラウネを森へと向かわせる。次にアルラウネの姿に化けて、あなたに近付き、あなたを襲ってから森へ逃げる。そうすれば追いかけてきた冒険者達は本物のアルラウネと遭遇し、言葉を発せない彼女は自動的に犯人となる」

「そ、そんな……」


 アレスはショックを受けたように、うな垂れた。

 目の焦点が合わずに、ガタガタと震えては頭を抱える。


「誰が……誰がそんな事を……?」

「それは分からないけど、私にはこの子が嘘を言っているようには思えないわね」


 しかし、それを聞いたアレスはブツブツと呟き始める。

 頭を抱えるように顔を伏せ、その表情は全く見えない。


「う、嘘だ……今更そんなこと信じられる訳ない……これまでの間、ずっと恨み続けてきたんだぞ……」


 ブワリと、生ぬるい風が吹き抜ける。それと同時に、アレスの声もどんどんと大きくなる。


「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!」


 いつしか吹き抜ける風は強風となり、嵐のように周囲の草花を巻き上げた。


「マズいわね。霊気がどんどん強くなってる……」

「ひ、ひえぇ~……怖いですぅ……」


 ナナは焦る気持ちを隠せずに、お化けが苦手なミオは青ざめていた。

 そんな時だ。ゆっくりとアルラウネが立ち上がり、アレスに一歩踏み出した。


『嘘じゃありません。今言った事は全て本当です』


 慌ててミオが翻訳する。


『信じてくれとしか言いようがありません。けど、私はアレス様にこの世界に呼んでもらい、幸せだったんですよ』


 そう言いながら、一歩、また一歩と、アルラウネはアレスに近付いていく。


『最初に召喚された時は驚きました。けど、あなたと一緒の時間を過ごし、とても大切にされて、私は次第に楽しさを感じるようになっていました』


 アレスの目の前まで到達する。

 アレスは怯えるように後ずさると、下がった分だけアルラウネは一歩前に出る。


『あなたといるのが楽しかった。あなたが話しかけてくれるのが嬉しかった。だから私は――』


 そうしてアルラウネは、優しくアレスを抱きしめた。


『——あなたの事が、こんなにも好きなのです』


 風が止む。

 暴風のように吹き荒れていた風が治まり、舞い上げられていた草花が静かに空から降り注いていた。


『だから今日は、久しぶりにあなたに会えて凄く嬉しい……』


 アルラウネの瞳から一筋の涙が流れ落ちた。


「俺だってそうさ。最初に会った時から好きだった。ずっと一緒にいたかった……なのに、なんで俺はキミを信じてあげられなかったんだろう……」


 アレスもまた、体を震わせながら、さめざめと泣いていた……


「『もうあなたを一人にしない。私もあなたと同じ場所へ連れて行ってください』……って、ええ!? アルラウネ様、それは自分の命を……」


 翻訳していたミオがあたふたと困惑する。

 そんなミオを、アルラウネはアレスの影からそっと見つめた。

 その瞳は語っている。もう決めた事だと。悔いはないと言う事を……


「本当にいいのか、アルラウネ」

『……はい。もうアレス様と離れたくはないです』


 このままでいいのかと、ミオはナナの方へチラチラと視線を移す。けれどナナにもどうする事もできない。本人がそう決めた事を否定してまで、より良い結果にするだけの力も案もないのだから……


「わかった。アルラウネ、一緒に行こう。傍にいてくれてありがとう」


 アレスがそう言うと、まるでアルラウネの体から魂が抜け出るように、半透明の体が浮かび上がる。アレスとアルラウネはそのまま空中で停止した。


「小さな歪持ちよ。誤解を解いてくれてありがとう。感謝する」


 そう言い残し、二人は光となって消えていった。

 あとに残されたアルラウネの体は、力なく地面へ倒れ込む。

 慌ててシンディが駆け寄り、彼女の腕を取った。


「……ダメ。脈が止まってる」

「……お墓、作ってあげましょ」


 しんみりとした空気の中、ナナの提案でこの場にお墓を作る事になったのだった。

「ナナ様、本当にこれでよかったのでしょうか」


 アルラウネのお墓を作ったのち、帰り道を移動しながらミオがそう聞いていた。


「まぁ、それしか無かったんじゃない? この世界の召喚魔法って対象を元の世界に帰す術がないっていう欠陥魔法だし、その世界で唯一愛した人が死んだんじゃ、もうこの世界で暮らしていく意味がないのかもね」


 そう言って、ナナはミオが背負うユリスを見る。今まで死人のような青白い肌をしていたユリスだが、その血色は良くなり、頬は赤みを帯びていた。


「私は魔界になんて帰りたくないけど、ユリスが死んだら……少なくとも生きていく活力はかなり無くなるわね」


 今、ナナがこの世界で楽しくやっていけるのはユリスと出会ったからである。少なくともナナはそう思っていた。


「けどさ、これは大ニュースだよね。結局この世界に現れた『歪持ち』と呼ばれる召喚獣は、レベルが計れない珍しい種族ってだけで、別にこの世界を脅かす存在なんかじゃなかったんだ。これはこの世界に浸透していた歪持ちの考え方が大きく変わるよ!!」


 こんな時でもゼルは元気よく楽しそうだった。


「ところでナナ殿はこれからどうする?」


 そう聞いてきたのはシンディであった。


「もう全て解決したし、このまま帰ろうかしら?」

「それなら一応、私の村に寄って行って。念のため、もう一度だけ村人の様子を確かめたいから」

「あと、グリン村に寄るのも忘れないでよ。事件を解決したら村長がお礼をくれるって約束したんだからさ」


 シンディとゼルにそう言われて、ナナはまずシンディの村に寄る事にした。このユグラシル大陸の南部からアルラウネを探し出すために奔走して、帰るための船着き場へ向かうにはシンディの村をちょうど通るのだ。

 村に付いたシンディはさっそく村人の様子を見て回る。再び症状が悪化する者が出ないか、シンディは不安そうにしていたが、それは取り越し苦労であった。村人はみな、完全に元気を取り戻し、すでに畑仕事をしている者もいるくらいであった。

 何度もシンディとゼルにお礼を言われ、ナナ達は次にグリン村を目指す。


(結局、村人がどうして毒を取り込んだのかはわからなかったけど、それは私の考える分野じゃないわよね。取りあえずは解決したわけだし)


 ナナそう考えながらグリン村を目指す。そう、これで全て終わったのだ。ナナ達がやるべき事はすべて終え、このユグラシル大陸へ来た目的は果たされた事となる。

 色々な出来事があったが、これにて一件落着となったのだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ミオ、大丈夫? 凄い汗だわ」

「だ、大丈夫でございます。もうひと踏ん張りですから」


 しかし、見るからにミオは辛そうであった。それも当然の事だろう。朝から半日間、ずっと一人でユリスを背負ってジャングルを駆けずり回っていたのだから。

 そして今もなおユリスを背負い、腰に括り付けた石槍を引きずりながら歩いている。

 ユリスの顔色はドンドン良くなっていく事から、明らかに呪いは解けていた。しかし、気持ちよさそうに眠ったままのユリスは未だ目を覚まさないため、ずっとミオが背負ったままなのだ。

 そしてこの状態のまま、一行はグリン村に到着した。


「あ、そうだ! 最後にみんなでアレスのお墓参りをしていかないかい? ミオっちも相当疲れてそうだから、休憩も兼ねてさ」

「そうね。そうしましょう」


 ゼルの提案に、ナナが賛成した。

 はっきり言ってミオの体力は限界を超えていると言っても過言ではないほど、かなりふら付いていたのである。


「よぉし、ならシンディはナナっちを村長の所まで案内してあげてよ。僕が話をつけているから、説明すればわかってもらえるからさ」

「いいけど、ゼルはどうするの?」

「僕はミオっちと一緒に、先にお墓へ行ってるよ。かなり疲れているみたいだから、早く休ませてあげた方がいいでしょ」

「なるほど。わかった」


 こうして、二手に分かれて行動する事になった。

 ナナはシンディと一緒に村長の所へ。

 ミオはゼルと一緒にアレスの墓へと向かう。そうしてミオは、最後の力を振り絞り、村の外れにあるお墓まで辿り着いた。


「ミオっちお疲れ様。そうだ、ついでにお墓に水を撒いて掃除したらどうかな。きっと喜ぶよ!」

「そ、そうですね……では私が……」


 そう言ってミオは、フラフラと動こうとする。


「いやいや、ミオっちは疲れてるんだから休んでてよ。水は僕が汲んでくるからさ。それにミオっちの飲み水も必要だね。気付かなくてごめん」

「い、いえ、そんな……ゼル様、ありがとうございます」

「気にしないでよ。じゃあ行ってくるね」


 そう言ってゼルは元来た道をバタバタと戻っていく。

 ミオはこの街をグルリと囲んである柵にユリスを下し、自分も隣に座り込んだ。

 吹き抜けていく風が心地よいと感じると同時に、大量の汗をかいているという事にも気が付き、服の裾で額を拭う。

 はっきり言って、この時のミオは体力を完全に使い果たした状態であった。

 足が棒のようになり、疲れ果てて意識も朦朧もうろうとしている。


(疲れた……けど、ユリス様が無事で本当に良かった……)


 未だ眠るユリスを抱き寄せるように肩へと手を回し、休憩を取るミオは達成感を感じていた。


(結局私は何もしなかったけど、ユリス様を守れという約束はちゃんと果たす事ができた。ユリス様、早く起きないかなぁ。起きたらナナ様と一緒に沢山褒めてほしい。頭もいっぱい撫でてほしいな……)


 ミオは愛おしそうに、自分の頬とユリスの頬をこすり合わせる。

 これはフレイムウルフの愛情表現である。フレイムウルフと長い間一緒の生活を送るミオは、その癖も移ってしまっていた。

 そんな風にユリスを抱きかかえながら休むミオの耳に、足音が聞こえてきた。サクサクと草を踏みしめて歩く音である。しかしミオは全く警戒していなかった。今回の事件はもう解決したと思い込み、この足音は仲間が近寄っているのだと思い込み、疲れ果てた体を癒すためにぐったりとその場を動かない。

 そして、その人物がミオの目の前まで歩み寄ってきて初めて、ミオは顔を上げて誰かを確認をするのだった……

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