幼女は呪いを解きに行く➄
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ミオの息は上がっていた。
それも当然だろう。アルラウネを探すため、ナナは魔物を瞬殺して高速移動を続けている。それについて行くために、ミオはユリスを背負ったまま移動しているのだ。これで疲れない訳がない。
元々のポテンシャルが違い過ぎる上に、気温が高い事も影響していた。今、ミオの額からは汗が滲み、前髪はその汗でおでこに張り付いていた。
「ミオ殿、大丈夫……? ユリス殿を背負うの変わる……?」
シンディが心配そうに、ミオの隣に並んで走る。
「ありがとうございます、シンディ様。けど、ユリス様を託されたのは私です。誰かと変わるなんて事は絶対にありえません。それに私はまだまだ大丈夫でございます」
息を荒くしながらも、ミオはしっかりとナナについていく。
「だぁ~疲れた~!! みんな走るペース早すぎるよぉ~!! 少し休も~……」
ミオよりも後方でゼルが音を上げていた……
「ゼル情けない。女の子が人一人背負って走ってるんだから、もっと頑張って!」
「そんな事言ったって、僕はみんなほどレベル高くないんだからしょうがないだろ~。でもさ、意外とナナっちも鬼だよねぇ。ミオっちのために少しくらいペースを落としてくれてもいいのにさ~……」
「……いえ、ゼル様、それは違います!」
ミオが、走り去るナナから目を離さずにそう言った。
「ナナ様はむしろ、私のために急いでいるんだと思います」
「えぇ!? どうして疲れているのに急ぐのさ?」
「ナナ様は今、アルラウネ様を見つけるために広範囲に渡って気配を探りながら動いています。一度通った場所はもう探さなくてもいいように、順序を決めてに効率よく回っているんです。けどその途中で休んでしまうと、その間に一度調べた場所へアルラウネ様が入り込んでしまう可能性が出てきます。そうなってしまうと、一度調べた場所をもう一度最初から調べ直さなくてはいけなくなる。ナナ様はそんな二度手間になる可能性を懸念して、休みを無くす代わりに一度の調査で見つけようとしているのでございます!」
フンス! と、ミオは鼻を鳴らして得意気に説明をする。
ナナの事になるとやたら熱が入るミオであった。
「本当かなぁ……? それはミオっちが勝手にそう思ってるだけのような気がするけど……」
「そんな事はありません! ナナ様はすごく優しい方です! 絶対絶~っ対に、周りの事を考えて行動しています!! ゼェゼェ……」
「ミオ殿、落ち着いて。あんまりしゃべると余計疲れるから……」
「いえ、お二人にはナナ様とユリス様がどれだけ仲間を想っているのか、ちゃんとわかってもらいたいと思います!」
「いや、村のみんなを助けてくれた時点でもうわかってるから……」
ギャーギャーギャー!
ナナの後方では何故かおしゃべりが始まる。
そんな会話が耳に届き、ナナは恥ずかしさに顔を赤くしていた。
(ミオがまた恥ずかしいこと言ってる。ってか会話筒抜けなんだけど……)
ナナはライカンスロープを取り込んでいる。故に、聴覚が異常に強化されているため、後ろの会話がバッチリ聞こえるのだった。
その時である。ナナは前方にまたしても何者かの気配を感じ取った。
「前に何かいる! 先に行くから!」
後ろに声をかけてから、ナナは地面を思い切り踏みしめる。そのまま全力で前方に飛び出した!
ロケットのように加速したナナが、真っすぐに進んだ先にいる相手を殴り飛ばそうとした瞬間に目が合う。
——それは美しい少女だった。
どうせ魔物だろう、そう思い殴ろうと振りかぶった腕を必死に抑え、音速でその少女の横を通り過ぎてから急ブレーキをかける。そして、再度その少女に目を向けた。
彼女は青白い肌をしており、一目で人間という種族ではない事がわかった。長い緑色の髪をして、その瞳は人間のそれとは違った輝きを放っている。
ナナよりも頭二つ分ほど背は高いが、目がぱっちりとしていて子供の愛らしさを感じられた。
「あなたが、アルラウネ……」
ナナが確信するように呟くと、その少女はビクリと体を震わせて後ずさりを始める。
「待って! 私は別にあなたを捕まえに来たわけじゃない。話を聞いてほしいの!」
ナナが大声を出すと、彼女はクルリと背を向けて走り去って行く。
「問答無用で逃げちゃうの!?」
ナナもすぐに後を追う。
アルラウネが大樹の後ろに隠れるのを見て、すぐにその後ろに回り込んだ。
しかし――
「――あれ、いない……」
アルラウネは忽然と姿を消していた。気配を探ろうとしても全く感じない。
まさに、煙のように消えてしまっていた。
「まるで瞬間移動したみたい……けど使えるならすぐに使うはずよね。大樹の後ろまで移動する必要なんてない」
ナナがキョロキョロと周りを見渡していると、ミオたちが追いついてきた。
「ナナ様、どうかしましたか?」
「アルラウネを見つけたわ。けど逃げられちゃった。一瞬で気配も消えたし、剣美が捕まえられなかったのが分かる気がする」
「大丈夫ですよナナ様。諦めずにもう一度探しましょう」
はぁ、と、ため息を吐くナナに、そうミオが優しく声をかけるのだった。
「うぅ……ごめんねミオ。また動き回る事になるけど、もう少しだけ頑張って」
「はい。私はまだまだ大丈夫でございますよ♪」
「疲れたら言うのよ? 無理しちゃダメだからね! 喉は乾かない?」
ナナが心配すればするほど、ミオの表情はホッコリしていった。
「ナナ様が私の事をこんなに気遣って……ね? ね? 言った通りでございましょう? ナナ様はこんなに優しくて、慈愛に満ち溢れている! あぁ……これだからナナ様に一生ついて行きたくなってしまうのでございます!!」
嬉しさのあまりユリスを担いだまま体をクネクネと捩るミオを、シンディとゼルは一歩引いた位置から見守っていた。
そうして再び、アルラウネを探すために一行は移動を開始する。
「恐らく、そんなに遠くへは行ってないはず……」
ナナはアルラウネが消えた位置を中心として、周囲を回るように散策する。
10分ほど探すと、すぐに同じ気配を感じ取った。
「次は逃げられないように、みんなで取り囲もう」
一同が頷き、一斉に飛び出してはアルラウネの四方を塞ぐ。
アルラウネは驚いたように周りを見渡した。そして、自分が取り囲まれているという事に気が付くと、ジジッとその体が歪み、薄くなっていく。
「なっ!? 消える!?」
薄くなったアルラウネは、すぐに完全に見えなくなる。そしてそれと同時に気配までもがすっかりと消えてしまった。
ナナは慌ててアルラウネが立っていた場所に突っ込んで、何か手がかりはないかと手探りを始めるが、もはやそこには何もなかった。
「ほ、本当に瞬間移動みたいに消えてしまいましたね……」
ミオが唖然としながらそう言った。
「いや、瞬間移動と言うよりは、完全な透明人間になったという感じね。気配も消せるのはすごく厄介だわ。どこにいるのか全くわからない」
ライカンスロープを取り込んでるナナがここまで言うほどに、一切の気配が消え、完全に見失ってしまうレベルの透明化であった。
「ナナ殿、次は私に任せてほしい」
と、申し出たのはシンディだった。
「何か作戦があるの?」
「私なら捕まえられるかもしれない……」
そう真剣な表情で言うシンディに、ナナは任せてみようと考えた。
そして再び一行はアルラウネを探すために動き回る。同じように周囲を散策すること数分後、ナナはアルラウネらしき気配を感じ取った。
ゆっくりと近付き遠目で確認すると、間違いなく彼女であった。ナナとシンディは顔を見合わせて、小さく頷く。
「じゃあ……行ってくる!」
シンディが走り、アルラウネの前に飛び出した!
当然、アルラウネは驚き、警戒する。
「私と勝負して! もしもあなたが勝てば、もう私達はあなたを付け回したりしない。けど私が勝ったらおとなしく話を聞いてほしい!」
そう言うと、アルラウネはジジッと体を歪ませて薄くなった。
「陣雷!!」
パチッと、シンディに体から電流がほとばしり、そのまま構えを取る。
アルラウネはそのまま消え、同じように気配まで消えていった。
「姿や気配が消えようとも、実体がある以上私の陣雷は必ず反応する。さぁ、来て!」
シンと静まり返る森に、一陣の風が吹き抜ける。
シンディは動かず、集中力を維持していた。
膠着状態が続き、一分が過ぎ、二分が経過した頃だった。
「あのぉ~、シンディ?」
ゼルが後ろから近付いてきた。
「ゼル!? 出て来ちゃダメ! どこから襲って来るかわからない!」
「……いや、多分彼女はもう逃げたんだと思うよ?」
「……え? でも私、勝負しようって言った……」
「いやいや、シンディがそう言っても、相手がそれに乗るとは限らないからね!」
ガビーン! と、シンディの表情が衝撃的なものに変わる。
それを見てゼルはケラケラと笑い始めた。
「あはは~、本当にシンディはバカ正直で単純だなぁ~」
ガビーン! と、ゼルの言葉でさらにショックを受けるシンディであった。
「ねぇナナっち、次は僕に任せてよ」
「いいけど、自信あるの?」
「まぁね。これでも僕は交渉だけは得意だからね~♪」
そうして一行は、再びアルラウネを探して周辺を探索する。逃げられれば逃げられるだけ、ユリスを背負ったままのミオは疲労し、足取りが重くなっていく。だからナナは焦っていた。そろそろ本格的にミオの体力が限界に近付いているのだ。
そして周辺を探すこと数分間、アルラウネを見つける事に成功した。
「じゃあ行って来るよ」
ゼルが堂々とアルラウネに正面から近付いていく。
アルラウネはゼルの存在に気が付くと、後ずさりを始めた。
「そうやって、また逃げるのかい?」
不敵な笑みでそう言うゼルに、アルラウネがピクリと反応する。
「今までずっと逃げ続け、あとどれだけ逃げれば気が済むのかな? そうやって逃げているうちは何も解決しないよ? そんな事、キミが一番よくわかっているんじゃないかい?
煽るような口調で、見下すような表情で、ゼルはアルラウネの心をかき乱そうとしていた。
怒らせ、迷わせ、一種の思考停止状態に持ち込み、こちらの言葉で誘導する。そんな企みなのだ。
「僕たちは手を差し伸べているんだよ? いつまでも逃げる事しかできないキミに、道を示そうとしているんだ」
警戒する体勢から、ジジッとアルラウネの体が薄くなる。
それを見越してゼルは仕上げに入る!
「この一度きりのチャンスを掴むかどうかはキミ次第さ。けど、どうしなくちゃいけないのかなんて、キミの中でとっくに答えは出ているはずだよ」
手のひらを上にして、指先をアルラウネに向けたままのポーズでゼルが言い終わるのと同時に、彼女の姿が完全に消える。
そして、再び森には静寂が訪れた。
「……ねぇゼル、これって逃げられたんじゃないの……?」
後ろからこっそりとシンディが話しかけてきた。
手を前に差し出したポーズのまま、ゼルはプルプルと震え出した。
「ねぇねぇ、これって恥ずかしいやつじゃない? 今ので成功したらカッコいいけど、無視して逃げられたらすっごい恥ずかしいやつじゃない?」
シンディにそう言われ瞬間に、ついにゼルは地面に崩れ落ちた。
「うわああああそんな事わかってるよおぉぉ!! ってかあそこまで煽られて普通逃げる!? 信じらんないんだけどおぉぉ!!」
恥ずかしさに打ち震えながら、ゼルは地面を転がり回っていた。
「……もういいわ」
いつもより低い声で、殺気にも似たオーラを噴き出し、目の据わったナナが一歩前に踏み出した。
「穏便に話を聞いてもらおうと思った私がバカだった。もう容赦しない……顔を地面に押し付けてでも、強引に押さえつけて言う事をきかせる!!」
ナナの中で、ブチッと何かが音を立てて切れた瞬間であった。
ついにナナが、本気でアルラウネを攻撃しようと決断して動き出す。完全に堪忍袋の緒が切れた状態であった。




