幼女は呪いを解きに行く②
ナナは夢を見た。
真っ暗な場所で、一人ボーっと立っている。
ここがどこなのか、自分が何をしていたのかわからない。気が付くと孤独感だけを感じていた。
そんな中、声が聞こえた。遠くから響くような、低く掠れた声。その声はナナに近付いてくるように少しずつ大きくなっていく。
「歪……持チ……」
苦しそうな声……
悔しそうな声……
その声でようやく意識がはっきりとしていく。
「許サナイ……裏切リ者ォ……」
暗い暗いこの場所で、さらに闇に呑まれそうな感覚になる。
だが、ナナはそんな不気味な声を跳ね返す!
腕を振るうと、真っ暗な世界が消し飛び、光が差し込んだ。
「私には効かないわよ」
心を強く持つ。
すると世界が光りに包まれて、次第に意識が遠のいでいくのであった。
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「ユリス様!? どうしたんですか、ユリス様!?」
ミオの声が頭に響いて目を覚ます。
次第に意識が覚醒していくと、ミオが慌てふためいているのがわかった。
「どうしたのミオ!」
「あぁナナ様、ユリス様が目を覚まさないのです」
見ると、ユリスは死人のように血の気が引いたような青白い顔色をしていた。
「ミオ、少しだけ静かにしてて。大丈夫。私がなんとかするから」
パニックになりかけていたミオを落ち着かせてから、ユリスの体に意識を集中させる。すると、どす黒く禍々しいもの感じた。
ナナはさっき見た夢を思い出し、それも踏まえて考える。
「なるほど。本命は私だったけど、耐性があったから代わりにユリスを引きずり込んだってわけね……」
「あの……一体どういう事なのでしょうか……?」
静かにしろと言われたミオが、恐る恐る訊ねてきた。
「この大陸で言う呪いよ! どうやら召喚者の呪いっていうのは本当にあったみたいね。最初は私を狙ったけど、失敗したから代わりにユリスを引きずり込んだみたい」
「そ、そんな……ここの村人は流行り病っぽい感じだったのに、いきなりナナ様やユリス様を狙って来るなんて……」
「歪持ちの話題を出すと呪われるなんて、それこそ迷信だったみたいね。私達がこの大陸に入り込んだ事で、召喚者の亡霊を刺激してしまった。まぁ、呪いって言うよりももはや怨念ね」
「ユリス様は助かるんですか?」
「もちろん。助ける方法はそんなに難しくないわ。だからすぐに行動を起こすわよ」
そうミオと話していると、小屋をノックする音が聞こえてきた。
ナナが返事をすると、中へ入って来たのはゼルとシンディであった。
「おはよう……よく眠れた?」
何も知らないシンディと朝の挨拶を交わす。
「えっと……ユリス殿はまた寝てる? 昨日、回復魔法の使い過ぎで疲れた?」
「そうじゃないわ。昨夜、ユリスがやられたのよ」
ナナは二人に今の状況を説明する。
すると、普段無表情のシンディや、いつもニコニコと笑顔の絶えないゼルでさえ驚愕の表情を見せていた。
「私達はすぐに調査をするために村を出るつもりよ。だから申し訳ないけど、村人の治療は後回しになるわ」
「それなら心配ない!」
シンディがいつもよりも大きな声でそう言った。
「ユリス殿の負担を減らそうと思って、私達はすでにみんなの所を回って容態を見てきた。そしたら全員元気! もう具合の悪い人はいなかった」
ナナは少しだけ胸をなで下ろす。しかしすぐに別の事が気がかりとなった。
昨日ユリスは言ったのだ。村人の体内から毒素を検知したと。そして一晩たってから再び具合が悪くなるようならば、体内に残っているウィルスによる毒の可能性が高いと。しかし、今のシンディの話でそれは消えた。
残る可能性は、毒が直接体内に入り込んだケースだ。
例えば傷を負い、そこから毒が体内に入り込むという可能性もあるが、ユリスは村人が怪我をしているだなんて一言も言わなかった。
故に、可能性が高いのは食べ物を通して毒が体内に侵入したという事だ。
ナナは迷う。そして迷った挙句、二人にこれらを話す事にした。
「ねぇ二人共、昨日ユリスが言っていたんだけど、村人は毒に侵されていたんだって。可能性としては食べ物から一緒に体の中へ入った可能性が一番高いらしいんだけど、何か心当たりはない?」
そう聞くと、二人は唸りながら考え込む。そして……
「いや、私には全くわからない」
そうシンディが言った。
「僕もだよ。心当たりはないね」
ゼルもそう答える。
ナナはそんな二人をジッと見つめる。そうやって、二人の挙動を観察していた。
そんなコールドリーディングの結果、二人は嘘を付いていないとナナ判断する。特におかしな挙動はなかったのだ。
「わかったわ。それじゃあ殺された召喚者が住んでいた村に案内してくれないかしら。そこが一番クサいから」
「わかった。私が案内する」
シンディが自分の胸に手を当ててそう言った。
「なら、僕はユリっちをここで見てるよ。安心して行って来るといい」
ゼルがそう言った。
しかし……
「いや、ユリスも一緒に連れて行くわ」
そうナナが言い出した。
これにはその場の全員が目を見開いて驚愕する。
「え? ユリス様も連れて行くんですか!? こんな状態なのですよ!?」
と、ミオがあたふたしながら言った。
それに対してナナは、むしろ当然といった風に堂々と答える。
「こんな状態だからよ。みんな忘れたの? ここは召喚者が殺された大陸なのよ? その事件の内容だって私は納得してない。だからこそユリスを残してなんて行けないわ。目を離した隙に何かあったら、それこそ悔やんでも悔やみきれない! だから一緒に連れて行くの!」
ナナは本気だ。そして続けざまにこう言った。
「ゼル、シンディ、念のため村人には、今日ユリスの回復魔法は使えない事を伝えておいてほしいの。私達はその間に準備するから」
「わ、わかった。村長に伝えてくる」
そうして二人は小屋を出て行く。
ナナはユリスの髪を撫でながら、二人が出て行くところを見届けた。
「えっと、ユリス様を連れて行くとなると、ナナ様がおぶっていくのですか?」
ミオが訊ねると、ナナは少しの間、考える込むように黙っていた。
俯いて、口元に手を当てて、ジッと動かず考え込む。
そしてようやく口を開いた。
「いや、ユリスはミオに任せる事にするわ」
「私にですか? あぁ、ナナ様は魔物との闘いに専念したいという事ですね?」
「違う。いいミオ、よく聞いて。今からあなたは一人でユリスを守るのよ。誰であろうと指一本触れさせちゃダメ。さっきも言ったけど、ここは召喚者が殺されたいわく付きの大陸。何があってもおかしくない。もちろん私からも守るのよ」
「ナ、ナナ様にも触れさてはダメなのですか!?」
「そうよ。まぁ、私は呪詛や霊体に耐性があるから、体を乗っ取られるなんて事は無いと思うけど一応ね。それに、ミオにだったらユリスを預けられる。これでも私、ミオの事はかなり信頼してるのよ?」
そう言いながらニコッと微笑むナナに、ミオの心が熱く沸き上がっていく。
ミオは、ナナとユリスに自分の全てを捧げている。その想いは決して大げさなものではない。ミオにとってこの二人は、それだけ特別な存在であった。
初めて自分に手を差し伸べてくれた人。
初めて自分を人間として扱ってくれた人。
初めて自分に温もりを与えてくれた人。
そんなナナから「信頼されている」という言葉を貰い、嬉しくないはずがない。
「わかりました。ユリス様の事はお任せください。この命に代えてもお守りします!!」
ミオは力強く答える。
「頼んだわよ。この大陸を出るため、帰りの船に乗るまでの間ユリスを守ってちょうだい。繰り返すようだけど、私も含めて誰一人として触れさせちゃダメだからね?」
「了解致しました!」
そうしてミオは、ユリスをおぶった。
背中からユリスの体温を感じ、耳元からは浅い呼吸が聞こえ、時折うなされるように小さなうめき声をあげている。
「ユリス様、必ず私がお守り致しますよ!」
ミオはそう呟き、ユリスを落とさないようにしっかりと太ももに腕を絡めた。
ここから先はずっと一人でユリスを運び、守らなくてはならない。責任と一抹の不安を抱えながら、ミオの任務は開始したのだった。




