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幼女の異世界転移録  作者:
強者激突編
47/64

幼女は夏日に陽炎を見る①

 ――ズサァ……


 ナナが一瞬にして相手の背後を取った。そしてそのまま背中を殴りつけようと拳を振るう。

 しかし、そんなナナの攻撃はギリギリのところで回避されてしまった。


「おわっ! あぶねっ!!」


 男性は地面に手を付いて、器用に体を回しながらナナとの距離をあける。

 ナナと戦闘を繰り広げているこの中年男性は皮のズボンにベルトを巻き、ワイシャツの上に皮のジャケットを羽織った冒険者らしい恰好をしていた。


 ナナ達がバルバラン大陸の拠点にて昼食を終えた時だった。突然に大勢の人間が押し寄せてきたかと思えば、この中年男性に手合わせをしてほしいと頼まれたのだった。

 あまりにも突拍子もない出来事に状況がよくわからないナナであったが、自分に懸けられているという懸賞金目当てだろうと戦闘を始めたが、どうにもそのような空気ではない。

 戦闘が始まるや否や、他の人間は二人を囲むように輪を作ると歓声を上げ始めたのだ。

 完全に闘技場で観戦するギャラリーである。

 困惑するナナだったが、とりあえず戦いに集中しようと気を引き締めた。


「完全に背後を取ったと思ったのだけれど……あなた、中々気配を読むのがうまいじゃない」

「ありがとう。けど、今攻撃を避けたのは気配を読んだからじゃない。私は未来を知る予知魔法の研究もしていてね。その試作魔法の運用に丁度良い相手を探していたのさ」


 ざわっとギャラリーが沸き上がる。

 当然、ナナも驚きを隠せなかった。


「未来予知!? すごいじゃない!!」

「ははっ。けど、まだまだ完成にはほど遠い。実はこの魔法、自分に起こる一秒先の未来までしか知る事ができないんだ」


 ドッ! とギャラリーに笑いが起こる。


「……なるほどね。一秒先しか見えないとはいえ、それを戦闘に活かせば不意打ちや背後を取るという戦法は通用しなくなる。考えたじゃない」

「まぁな。せっかく生まれた魔法だ。最大限活用してあげなくてはもったいないだろう。で、どうする? キミ自慢の神速は私には通用しない」


 得意気な表情を見せる中年男性に対して、ナナは髪を弄りながら考える。


「自分の身に起こる一秒先を読む能力ね……じゃあ、ごり押ししてみようかしら」


 意味がわからないと小首を傾げる男性を余所に、ナナは自分の中にある力を呼び起こした!


――「インストール、ライカンスロープ!!」


 スッとナナの瞳孔が獣のように細くなる。

 そのまま、続けざまに力を解放する!


――『転身!!』


 バチン!

 電気が弾けるような音が鳴り、ナナの姿が一瞬にして変化した。

 髪は白銀へと変わり、その髪からは狼の耳が生え、スカートからは尻尾が伸び、露出した肌には赤い文様が浮かび上がっている。

 そんな変貌を目の当たりにして、目の前の中年男性だけではなくギャラリー一同も騒めき立っていた。


「ゲーム、しましょ?」


 細く落ち着いた声で、ナナがそう言う。


「……ゲーム?」

「そう。ルールは簡単よ。私があなたを攻撃するから、あなたはその能力を駆使して避け続ければいい。私のこの体には制限時間があるから、逃げ続けるだけで私の体力は減っていく。どっちが先に動けなくなるかの勝負になるわね」

「へぇ~、面白いじゃないか」


 そう言って男性は身構える。

 男性の準備が出来たと判断したナナは、一歩前に足を出す。


「じゃ、ゲームスタート」


 そう言った瞬間……

 フッ!

 ナナの姿が消えた。そして男性は恐怖した。そのナナのスピードに。その本当の神速に。

 あまりにも速すぎるナナの動きは肉眼で捉える事は出来ない。そしてその凄まじいスピードで男性の周囲を駆け巡る事で、嵐のような突風が起こり草花が舞う。

 さらには身の毛もよだつ敵意に包まれ、男性はすくみ上っていた。

 フェイントを入れているのか、残像が現れる。男性の周囲に複数の姿を残しつつも動き続けるそのスピードに、男性はもはや棒立ちになっていた。

 しかし男性は思考する。自分の魔法。それがナナに通用するのかどうかを……


(お、落ち着け俺! どんなに速かろうが一秒前にどこを攻撃するのかがわかれば回避するのは難しい事じゃない。冷静に未来を予知し続ければいいだけの話だ!!)


 男性は魔法を使い続ける。そして、ついにその能力が危険を察知した。


 ――1秒後、正面から右肩を爪で引き裂かれる。


 男性はすぐさま回避行動を取ろうと考えていた。なんてことはない。彼にとってはいつも通りに動けばいいだけの話なのだ。……だが――


 ――0.99秒後、左側面から左腕を爪で引き裂かれる。

 ――0.98秒後、背後から背中を爪で引き裂かれる。

 ――0.97秒後、右側面から右足ふくらはぎを爪で引き裂かれる。

 ――0.96秒後、エトセトラ……


 男性の頭の中にはびっしりと、一秒間に百回にもなる攻撃に襲われると警告が浮かび上がっていた。


(こ、こんなの……避けられるわけが――)


 頭の中がパンクしそうなほどの情報量と、恐怖によって体が強張る。

 最初の一撃目を避け、二撃目をなんとか掠める程度で済ませるのが彼の限界であった。


 ――ズバババババッ!!


 一秒間に百連撃などという攻撃パターンを全て把握しきれるわけも無く、また、それだけの攻撃を回避できるだけの身のこなしが取れるわけも無く、彼の体はナナの爪によって引き裂かれるのであった。

「ユリス、回復してあげて」


 ガクリと膝をつく男性の様子を見ながら、転身を解除したナナがそう言った。

 するとユリスがギャラリーをかき分けて、男性に回復魔法をかけ始める。

 そしてナナがその場を去ろうとしたその時だった。


「オス! 次はオラの番だべ! お願げぇしますダ!!」

「えぇ~……」


 すでに武道着を着た青年がお辞儀をしていた。

 よく見ればギャラリーの一旦に順番待ちで並んでいるであろう列が見えた。


「あなた、レベルは?」

「オス! 武者修行を続けているうちにレベル400になったダ」

「そう……トトラ! ちょっと来てトトラ!」


 ナナが呼ぶと、ギャラリーの隙間を縫うようにしてトトラが風の如く駆けつけた。


「師匠、どうしたッスか?」

「この人の相手をしてあげて。レベルは400だって」

「了解ッス! じゃあキミはこっちで私が相手をするッスよ」


 トトラに連れられて武道着の青年が移動していく。

 周りのギャラリーもそれに伴い分断し始めた時だった。


「次は自分の番ですね。まだまだ未熟ではありますが、ぜひご指導お願います!」


 別の爽やかな青年が前に出てきていた。


「……レベルは?」

「はい! 210です! 先日ギルドランク一級に昇格しました!」

「フィーネ! 出番よフィーネ!」


 ナナはパンパンと手を鳴らした。

 するとギャラリーの頭をピョンと飛び越え、フィーネが宙返りをしながらナナの隣に降り立った。


「呼んだか?」

「この子の相手をしてあげて。レベルは210だって」

「了~解」


 場所を変えるためフィーネが青年を連れて行く。すると――


「僕の番ですね! 僕はまだ冒険者見習いなんですけど、ぜひ強くなるために稽古をつけてもらいたくて!」


 今度は背の低い少年が前に出てきた。


「あなたのレベルは?」

「えっと、まだ50なんですけど……」

「ヘイ! マイシスター、カモン!!」


 ナナが呼ぶと、近くの木の上でぶら下がりながら観戦していた子供達が一斉に集まってきた。

 以前、奴隷解放によって連れてきた子供達である。


「ナナねぇどうしたの?」

「遊んでくれるの?」


 目を輝かせながら群がる子供達に、ナナは少年を指差して言い放つ。


「このお兄ちゃんと戦いごっこで遊んであげて! ちゃんと手加減するのよ」


 すると少年は不満そうな声をあげた。


「ええ!? 僕にこんな子供と戦えって言うんですか!?」

「いや、それを言ったら私だって似たような歳なんだけど……まぁとにかく侮らないほうがいいわよ。この子達はバルバラン大陸を一人で闊歩かっぽできるように日々修行させている。成長の早い子はすでにレベル100くらいはいってるから、あなたよりも強いわよ」


 遊ぼう遊ぼう、と手を引かれ、少年は子供達に連れられて行く。

 すると今度は老夫婦がナナの前まで歩いてきた。見た感じではかなりの高齢者だ。


「えっと……あなた達も私と戦いたいの? はっ!? もしかしてかなりレベルの高い仙人とか!?」

「ほっほっほ! これはまた可愛らしい召喚獣さんだこと」

「なんまんだ~なんまんだ~」


 老夫婦は手を合わせて拝みだす。


「これただの観光客だ~!!」


 何かに気が付いたナナは、ずらりと並ぶ列を辿って走り出した。

 すると、その列を整理する一人の女性が目に入る。


「はーい! 今世界中で話題のいびつ持ちと手合わせをしたい方、もしくは握手をしたい方は並んでくださいませ! 最後尾はここですわよ~」


 聞いた事のある声にズッコケそうになる。

 なんと列を整理しているのは剣美であった。


「剣美~!! アンタ何やってんの!?」


 ナナが剣美の腰を鷲掴みにしてガクガクと揺さぶる。


「何ってガイドですわ。観光ガイド! ここバルバラン大陸は魔物のレベルが高いため、お客様の安全を確かなものにするためにレベルの高いガイドが必要になってくるんですわ。だからわたくしが務める事になったんですのよ」

「そもそも観光って何よ!? なんでその観光巡りに私の拠点が含まれてんの!? こういうのって普通、私の許可とか必要なんじゃないの!? 訴えるわよ!!」

「法律もよくわかってないのに訴えるとかどこで覚えましたの……? まぁそんな事よりもナナさん、これはチャンスですのよ」

「はぁ? チャンス?」


 ナナが首を傾げると、剣美はドヤ顔で語り始めた。


「いいですこと? ここが観光巡りに選ばれると言う事は、それだけナナさんが無害であると国が認めたという事ですわ。さらに、ここへ訪れた人とフレンドリーに接すれば、ナナさんが人類に対して友好的だという噂が世界中に広まり、歪持ちは怖いというイメージを払拭ふっしょくさせることが出来ますわ」

「な、なるほど……確かにそうかも!」

「知ってます? 今、世界ではナナさんの評価が大きく揺れているところですのよ。先日起きた『アイントロフ突然変異事件』。これをナナさんが解決……には色々と紆余曲折あったみたいですけど、とにかく我が祖国である王都ガトロンは正式にナナさんに懸けている懸賞金を撤廃しましたわ」

「ほ、本当!? じゃあ私、もう誰からも狙われたりしないの?」


 その問いに、剣美は力強く頷いた。


「そういう事ですわ」

「よかった~。これでギルドから正式にお仕事が貰えてたり、堂々と他の大陸に遊びにいけるのね!」

「ま、ナナさんが突然変異事件を解決して、観光巡りでイメージを回復させるまでの全てがわたくしの計算通りですけどね。オーッホッホッホ!」


 オーッホッホッホって笑う人、本当にいるんだなぁと、そんな事を考えながらもナナは少しだけ気になった事があった。


「ねぇ、どうして剣美は私のためにそこまでしてくれるの?」


 思えば剣美は、以前戦ったすぐ後からナナに対して非常に協力的であった。ここまでナナの認識が良い方向へ向かったのも剣美のおかげである。

 そんなナナの疑問に、剣美は少しだけキョトンとした表情を見せてから答えた。


「どうしてって、友達だからに決まってますわ!」


 ビシッ!

 親指を立てウィンクをかます剣美に、ナナの心は熱くなっていった。


「ありがと~剣美~。大好き~!!」


 ナナは剣美の腰にしがみ付き、頬ずりをする。


(ほわあああああああ!? ナナさんがわたくしの事を大好きって!? 素直なナナさん超ラブリーですわ~!!)


 剣美は顔を赤らめて昇天しそうなほど至福を感じている。

 割と私欲による行動だった……


「わ~、歪持ちってマジで剣美さんと仲良しなんじゃん! マジヤバくない!?」


 ただし周りの観光客からは、割と注目されている状態である。

 特にまだ若い女学生らしきグループからはかなり興味深い視線を送られていた。


「歪持ちってちっちゃくない? マジヤバいんですけ~ウケる~♪ ね~ね~、また観光ガイドがあったら遊びに来ていい?」


 女学生が話しかけてきた。

 ナナは剣美の計らいを最大限生かそうと、フレンドリーに答えようと考える。


「も、もちろんよ。私、みんなにまた会いたいな。ずっとずっと待ってるから、また来てね。にぱっ♪」


 いつもよりも1オクターブ高い声と、ぶりっ子じみた演技で笑顔を見せた。


「きゃ~! この子マジで可愛くない!? 歪持ちとかマジまんじ!!」


 ウケていた。

 それによってナナはホッと胸をなで下ろす。だがその時だった……


 ——ゾクリッ!!


 ナナの背中に悪寒が走る。

 一瞬ではあるが、とても強い殺気を感じたのだ。

 ナナは殺気を感じた方へすぐに顔を向ける。そこにはお腹を抱えて笑っている少年と、能面のように無表情をした少女がジッとナナを見つめていた。

 どうやら殺気を放ったのは、無表情でナナを見つめる少女の方らしい。なぜならばその佇まいが尋常ではなかったからだ。

 仁王立ちでありながらも全く隙の無いその自然体。

 殺気を放った後とは思えないほど落ち着いて乱れの無い呼吸。

 全てを見透かしているかのような澄んだ瞳。

 にも拘らず、その目にはどこか自分の意思を貫かんとする強い想いを感じられた。


「あなたは?」


 ナナが少し離れた距離から少女にそう問いかけた。

 もちろん剣美もその殺気に気が付いていたようで、少女から目を離さない。

 しかし、少女は順番待ちをしている列の最後尾から動かず、黙ったままだった。


「ああ、彼女はシンディ。それで僕は、シンディの親友のゼルっていうんだ」


 さっきまでお腹を抱えて笑っていた少年が、少女の代わりにそう答えた。


「……列に並んでいるという事は、あなたも私と戦いたいの?」


 ナナがそう聞くと、シンディは小さく頷いて見せた。

 そして――


「……私は、あなたを殺さなきゃいけない」


 そう答えた。


「どうして?」


 ナナがそう聞き返すと、シンディは少し、不毛そうな顔をする。まるで、『死ぬ者にそんな事を話しても仕方がないのに』という表情であった。


「いいわ。相手をしてあげる。きて」

「けど、順番……私は一番最後だから……」


 そこはきちんと守ろうとするのかと、ナナは調子が狂うのを感じていた。


「いいから。私が勝ったらなんで私を殺したいのか教えてもらうからね」

「……わかった」


 そうして二人は距離を開け、構えを取る。

 二人の闘いを見ようと周囲には再びギャラリーが集まるが、空気を読んだユリスと剣美が必死に観光客を離れさせようとしていた。


「ついにこの戦いが実現したね。言っておくけどシンディは強いよ」


 シンディの隣から未だ離れないゼルがそう言った。

 そしてさらに言葉を続ける。


「彼女はちまたじゃある意味で伝説となっている『陽炎かげろう』なんて呼ばれているからね」

「陽炎!?」


 その言葉を知っている者だけが、ゼルの言葉に反応する。

 最近では暑い日も珍しくないこの夏日に、ついにナナは陽炎と出会った。

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