幼女はクランに参加する➆
「むにゃ……」
ギルドが用意してくれた宿屋の一室にて、ナナは心地よく目を覚ました。
……心地よく目を覚ましてから、どんどんと気が重くなっていくのを感じていた。
原因は隣のベッドで寝ているユリスである。モゾモゾと毛布の擦れるを音が聞こえていた。
(ユユユユリスはもう起きてるのかしら!? 挨拶した方がいいのかな!? 昨日のキスについては触れるべきなの!?)
思い出しただけでも顔が熱くなるのを感じていた。
ユリスの血を吸った事はあるが、どうやらナナにとっては吸血よりもキスの方が断然恥ずかしいと思える行為のようで、未だどう接していいのかわからなくなっていた。
(と、とりあえず起きて着替えようかしら。いや、ここはもう少し寝たふりをしてユリスの出方を待った方が……?)
先手を打って部屋を出るべきか、ユリスが先に部屋を出て行くのを待つべきか……
ナナはベッドの中で思案し続けていた。
一方ユリスの方はというと……
(あわわわ、私はなんて事をしてしまったんですか!? お酒を飲んでしまったとはいえ、ナナちゃんにキ、キ、キ、キスをしてしまうだなんて!!)
どうやら酔っても記憶が残るタイプのようで、ナナと同じようにベッドの中で頭を抱えていた。
(まずいですよ……ナナちゃん絶対怒ってます! 謝らないといけないのにどんな顔して話しかけていいのか全然わかりません……ひとまずここは先に起きて、部屋の外へ逃げましょう。同じ部屋にいるだけで意識してしまいます)
ガバッ!
ユリスが先手を打ち身を起こす。それとほぼ同時にナナも勢いよく起き上がっていた。
そして顔を見合わせる二人……
目が合った瞬間に二人は顔を背けていた。
沈黙。
絶妙なタイミングで同時に顔を合せてしまったがために、一気にその場の空気が重苦しいものへと変わってしまっていた!
ナナがベッドからおりて着替えを始めた。浴衣のような寝間着の帯を解き、布の服を頭から被る。
それにつられるようにして、ユリスもまた黙々と着替えを始めた。
(なんでこのタイミングでナナちゃんが起きるんですか!? いつも私の方が少し早く起きてるじゃないですか。空気読んで下さいよ!)
混乱するユリス!
ナナの奇抜な行動に計算が狂い、それを修正する事が出来ずにその場の重い空気に呑まれていく!
しかしそれはナナも同じであった!
(なんで無言なの!? いつもユリスの方から『おはよう』って言ってくるのに! なんで無言なの!?)
二人は背中を向けたまま、一言もしゃべらずに着替えをこなす。その場は布と肌が擦れる音だけがやけに大きく響いていた。
――気まずい!!!!
この状況から抜け出したいのに、下手な行動で相手に不信感を抱かせる訳にはいかない。お互いがそう思う事で、より一層沈黙が続き、気まずさが加速していった。
結局、クランメンバーの集合時間になるまで、二人は何一つ会話をしなかった。
・
・
・
「それではこれより、突然変異の魔物討伐に向かう! 隊列は昨日と同じだ!」
隊長の高らかな号令のもと、メンバーは再び港町ラクスを出発して南下を始めた。
昨日の今頃、激戦を繰り広げた草原はキレイに片付けられており、魔物の死体は全く無い。けれど、飛び散った血痕の後は未だ生々しく残ったままだった。
隊列を変えないで進むという方針なので、ナナとユリスは昨日と同じように列の最後尾からみんなについて行く。
もちろんそれまでの間、二人に会話は無かった。
「ここで昨日、俺達死闘を繰り広げたんだよな。けどこっちにはナナがいる! 相手がなんであろうと怖くねぇ! 今日も頼りにしてるぜ!」
「あ、うん。任せておいて」
後列の冒険者とナナが会話を始めた。
すると別の冒険者はユリスに話しかけ始める。
「ユリスちゃん、今日も回復を頼むよ!」
「は、はい。それだけが私の取り得ですから」
ナナとユリスが別々の冒険者と会話する事で、気まずさを紛らわしていた。
しかし……
「それにしても昨日は面白かったね~。ナナとユリスちゃんがキスしちゃってさ~」
——ぶふぉー!!
唐突な話題に、ナナは吸った息を全て吹き出していた。
「二人はラブラブなんだよな~」
「結婚式には呼んでくれよ!」
「ううううっさいバカーー!!」
冒険者の悪ふざけに慌てふためくナナは、普段は使わない言葉で威嚇する。それだけ余裕がなかったのだ。なにせ朝からずっと避けてきた話題であり、今でもどうしていいのか分からずにズルズルと引きずるだけなのだから。
しかし、これはある意味で好機だった。なぜなら、こうして第三者が話題として出す事によって、ウジウジと悩んでいた二人が向き合うきっかけになるからだ。
おー怖い、と、笑いながら冒険者は背を向ける。
そうして、またしても微妙な空気となったナナとユリスが俯きながら静かに歩くのだった。
ナナがチラリとユリスの方を見ると、ユリスもちょうどナナを見ようとしていたようで目が合った。そうなるとやはり意識してしまい、恥ずかしさのあまり視線をそらす。
——だが、この機会を逃す訳にはいかないと、ついにユリスが動いた!
「あ、あの、ナナちゃん!」
「は、はい!!」
今日初めて声を掛けてもらった事に驚きと喜びが入り交じる。
「昨日はごめんなさい! その……あんな事をしてしまって……」
だが、そんなナナの気持ちとは逆に、ユリスは深々と頭を下げていた。
「いや、別にいいけど……」
「よくありません! ナナちゃん絶対怒ってます。今日はずっと避けられてますから……」
ユリスの声は沈んでいた。かなり責任を感じているという事がわかるくらいに。
「いやほんと、避けてる訳じゃないわよ? ちょっと恥ずかしかっただけだから……」
「うぅ……いっその事、一発ぶん殴ってくれた方がいいかもしれません。お願いです、私を殴って下さい!」
そう言って頭をグリグリとナナに押し付けていく。
ナナはその頭を両手で抑え込んでいた。
「いやいや、別にキスくらいで殴ったりしないって! 別にイヤじゃなかったし……」
「……え?、そう……なんですか?」
「うん……別にユリスならいいかなって……」
「えっと、ありがとうございます……」
カアァァっと二人で顔を真っ赤にして再び俯いてしまっていた。
「ヒューヒュー!」
「お熱いねぇ~」
前を歩く冒険者がまたからかってきた。
「うっさいバカ~~~~!!」
顔から火が出るほど恥ずかしくなったナナが、普段使わないような言葉で威嚇していた。
と、そんな時だった。
「ナナ、少しだけ話がある」
前を歩いていた隊長がナナの所まで後退してきた。
「何!? 隊長まで私達をからかいに来たの!?」
「ん? なんの事だかよくわからないが、今日の闘いの事についてだ」
このままだと弄り倒されてさらに気まずくなりかねない状況だったため、どこか助かったと感じるナナであった。
「お前の強さは昨日の闘いで十分に理解したつもりだ。だが、あえてこのまま後方待機だ」
「ええ~!? なんで!?」
「勘違いしないでほしい。お前はこのメンバーの切り札として使うつもりだ。だからこそ最初は俺達にやらせてもらいたい。このアイントロフ大陸で発生した突然変異の魔物狩りは、アイントロフ大陸で活動している俺達の仕事だ。バルバラン大陸で生活しているお前達にとって我々のレベルは低いように見えるかもしれないが、それでも力を合わせればレベル500以上の敵にだって対抗できるだろう」
「……」
ナナは考える。実は昨日から気になっている事があったのだ。
「お前は後方待機だが、昨日と同様に自分の意思で加勢した方がいいと判断した場合、戦闘に加わってくれ。だがあくまでも、俺達だけでなんとか出来るレベルだとしたら見守っていてほしい。これは俺達の意地だ。プライドだ。お前に助けてもらってばかりだと、男として情けないからな」
そうは言って最後に隊長は笑っていた。決してナナに対抗意識を燃やしている訳ではない。漢としての誇りでもあり、これはこれで自分達の実力を測る一環と考えているのだ。
しかしそんな隊長とは逆に、ナナは真剣な表情で口を開いた。
「ねぇ隊長さん……」
「ん? なんだ?」
「昨日の魔物ってさ、なんであんなに一斉に攻めてきたと思う?」
質問に対して隊長は難しい顔になった。
「それは俺も気になっていた。多分だが、南に突然変異の魔物が向かったせいで、その周辺の魔物が縄張りから追い出されたのではないだろうか? それで一斉に北上したところで俺達と遭遇した」
「……」
ナナも難しい顔で、口元に手を当てて考え込んでいた。
「私は違うと思う。縄張りを奪われたのなら、あんなに色んな種族が大量に、しかも同時に進行してくるかしら? こうは考えられない? 突然変異の魔物がこの辺一帯を統一して、他の種族の頂点となった。これまで好き勝手に生きていた魔物だけど、統一された事で大量のエサが必要となり、一斉に港町ラクスを襲おうとした……」
静かに聞いていた隊長も腕を組んで唸り出す。
「う~む。いや、それはないな。これまで突然変異でレベルの高い魔物が現れた事は何度かある。しかし他の種族を統一してまとめ上げるような行動を取った事は一度も無い」
ユリスも、前を歩く冒険者も、黙って二人の会話に聞き耳を立てながら歩いていた。
そんな中、ナナが不意に妙な事を口にする。
「……私の住んでいた魔界ってね、実力主義なの」
「ん? なんの話だ?」
「生きるか死ぬか。倒すか倒されるか。食うか食われるか。そんな世界だったの。けど、ある時を境にそんな環境が大きく変わったわ。ある種族が急激に力を付けて、その圧倒的な力で周りの種族を従え始めたの。魔界最強と言われる最上位種族でも止められないほどの力を持ったその種族に、みんな従うしかなかった。まぁそれによって魔界の治安は良くなっていったんだけどね」
それがヴァンピールと人間のコンビであった。
それが、ナナの遠いご先祖様であった。
その者は仲間の血を吸い、遺伝子を取り出し、相棒であった人間に組み込んだ。その結果、その人間は魔界の住人が持つ特殊能力を引き出す事に成功したのだ。
ナナはヴァンピールと人間のハーフであるため、自分で血を吸い、その能力を自分で引き出す事ができる。
「ふむ……つまり、圧倒的な力を持つ者が現れた時に、他の種族はその者に従うと?」
「うん。それも半端な力じゃない。それこそ絶対的な力。昨日私達が食い止めた魔物の群れは大体400体だった。その400体が一斉に襲い掛かったとしても勝ち目がないほどの力の差ね」
「ちょっと待て! ここの魔物の平均レベルはおよそ100。その魔物400体が束になっても勝ち目がないほどの力を持っているのだとしたら、そんなのはレベル500を優に超えるぞ! 700……いや800か……下手をしたら1000以上だ……」
ゴクリ……と、近くの冒険者が喉を鳴らした。
「あくまでもこれは私の予想ね。だから戦う時は十分に気を付けて」
しかしすでに、周りにいる冒険者は青ざめていた。
当然だろう。もしかしたら自分達のレベルの十倍はあるかもしれない魔物と戦う事になるのかもしれないのだから……
「お前ら止まれぇー!!」
そんな中、隊長が大声でそう叫んだ。
「いいかよく聞け!! これから戦う突然変異の魔物は、もしかするとレベルが1000を超えている可能性が出てきた! しかし憶するな! 我々には歪持ちがついている! 剣美ですら打ち負かし、昨日の討伐では軽く300体を屠ったナナがついている! もはや我々の勝利は確定しているのだ! 何も恐れる事は無い! 怯まず、臆さず、勇猛果敢に挑もうぞ!!」
檄を飛ばし、喝を入れる。そうする事で、メンバーの士気を高めようとしていた。
「そ、そうだよな。歪持ちはレベル5000だって話だし……」
「っていうか、俺達だって力を合わせればレベル1000の敵くらいならやれるだろ!」
「やってやろうぜ! ナナにばっかおいしい所を取られてたまるかよ!」
うおおおおおっ!! と、メンバーが高らかに吠える。怯える冒険者は一人もいない。
そんな彼らを、ナナは小さく笑いながら見守るのであった。




