幼女はクランに参加する⑥
「ただいまユリス。だいたいはやっつけてきたわ」
ユリスの近くでブレーキをかけながらナナがそう言った。
「ナナちゃん!? 血がいっぱい出てますよ!?」
「大丈夫。全部魔物の返り血だから。別に怪我はしていないわよ」
ナナは肌や衣服にベットリと返り血を浴びており、それを鬱陶しそうにしていた。
「あらあら、ちょっと待って下さいね」
そう言ってユリスはタオルを取り出して、ナナの顔についている魔物の血を拭い始めた。
周囲では冒険者達が魔物の生き残りがいないか、確認をする作業を行っていた。高台から遠距離攻撃を担当していた者達も一緒である。
ナナは一通り殲滅出来た事で、一旦ユリスの元へ戻って来たのだった。
「はい、綺麗になりました。汚れた服は街に戻ってから着替えましょう。替えも持ってきていますから」
「ん。ありがと」
丁寧に優しく拭いてくれるユリスに、照れ臭そうにナナはお礼を言う。
そこへ。
「よぉチビッ子、すごかったな」
モヒカン頭とツンツン頭が肩を並べて話しかけてきた。
「ん……あなた達は怪我してない? していたらユリスに直してもらうといいわ」
「いや、そこまで酷い怪我はしてねぇさ。それよりも……」
モヒカン頭が言葉を詰まらせる。二人で顔を見合わせて何か言い難そうにしており、代わりにツンツン頭が口を開いた。
「お前、剣美の代わりとして参加したって言ったよな。それでその……もしかしたらなんだが、お前が今噂になってる歪持——」
「――こらお前達! 今は周囲の状況確認の最中だぞ! 死んだふりをしている魔物もいるかもしれん! 気を抜かずに作業に戻れ!!」
何かを言いかけた言葉を遮り、隊長が大声で叱りつけてきた。二人はビクリと体を震わせて逃げるように小走りでその場を去っていく。
隊長はそんな二人に溜め息を吐きながら、ナナの元へ近付いてきた。
「ナナ、お前のおかげで魔物を掃討する事ができた。……いや違うな、魔物を倒すどころかこちらが全滅しそうな勢いだった。助けてくれて感謝する」
隊長は深く頭を下げた。そんな様子にナナは心底驚いていた。はっきり言って、命令違反だ、などと責められると思っていたからだ。
「いや、まぁ別に構わないけど……それよりさ、突然変異の巨大化した魔物って、あの奥の方にいたおっきい亀みたいな奴の事だったの? だとしたらもうこれでお終い? 解決した?」
「鬼ガメの事か? いや違う。突然変異の魔物はあいつじゃない。もっと巨大でドラゴンのような姿だと報告されている」
「そっか……じゃあ今からどうするの? 進む?」
「いや、今日はここまでにする。みな疲労しているし、武器も損傷した。魔物の残骸も片付けなくてはならない。王都に連絡をして出来る限り冒険者を集め、ここを掃除する。このまま放置したら臭くて別の意味で被害が甚大になるからな」
肩をすくめてそう言う隊長に、ナナもユリスもクスリと笑った。
こうしてクラン一同は港町ラクスへ一旦戻る事となった。
アイントロフ大陸の首都である王都からギルドメンバーが集められ、血に染まった草原から魔物の死体を除去する作業が進められる中、ナナ達クランメンバーはつかの間の休息を得る事となる。
――夜になってギルドに呼び出されたナナとユリスは、そこで宴会に参加させられていた。
「では、魔物の進軍を食い止めた我らクラン一同を祝って、カンパーイ!」
ギルドの中では数多くの料理が並び、酒が運ばれ、男達の笑い声が響き渡っていた。
「何これ怖い……」
当のナナと言えば、大声で騒ぎ喚く宴会に参加した事がないため、隅っこのテーブルでユリスと一緒になって怯えていた。
もちろん二人が飲んでいるのはジュースである。
「よぉチビ助! 飲んでるかぁ~」
あまり関わらないようにするつもりではあるが、周りの冒険者がそうさせてくれないらしい。すぐに二人のテーブルには酒に酔った男達で囲まれてしまっていた。
「それにしてもよぉ、お前強いんだな~。驚いたぜ~ヒック」
「わ、私はずっと修行させられてきたから……」
魔物には全力で斬りかかっていくナナだが、酒の臭いをプンプンさせる男達は苦手なようで、話しかけられてはタジタジになっていた。
「お前の気功術、あれは大したもんだよ。あんな強力な気功剣は初めてみたぜ~」
「そ、そう? まぁ、あれは私の技じゃなくヴァルキリーから借りた……ムグッ!」
ナナが言い終わる前に、その口をユリスが塞いでいた。
「ナナちゃん! 魔界の事とか能力の事はまだ言わない方がいいです! ナナちゃんが歪持ちだって事は一応伏せておきましょう! こういう事は信頼関係をもっと築いてから言うべきです!」
「あ、そうね……うん、そうする!」
ユリスとそう決めて、ナナは自分の事をある程度隠しながら話した。
「ホントさ、最初こんな小さい体を見たらあんな強いなんて想像できねぇだろ! ちゃんと飯食ってんのか?」
「……ずっと修行ばっかしてたから、ご飯なんてお腹いっぱい食べた記憶ないわ」
「マジかよ!? じゃあここで食え! たんと食え! これとかうまいぞ~」
周りの冒険者がナナに貢ぐように料理を差し出す。そうしているうちにナナの周りには大量の料理で埋め尽くされていた。
しかしナナとて料理に興味が無いわけではない。むしろ、これまで豪華な料理を食べたことが無いナナにとっては目移りしてしまっていた。
そしてパクリと一つの肉料理を食べてみる。
「う、うま~い!!」
それは感動するような味であった。
基本的にナナはバルバラン大陸で自給自足の生活をするにあたって、調味料で味付けをする事が無い。魔物の肉を取ってきては焼いて食べるだけである。
「お前どんな生活してたんだよ……なぁ、どこ大陸出身なんだ?」
一人の冒険者の、そんな質問を受けてナナは固まった。なんて答えればいいのかわからないのだ。
「ね、ねぇユリス、なんて言えばいいの?」
隣でニコニコしながら料理や飲み物を堪能しているユリスに助けを求める。
するとユリスはその場でスッと立ち上がり、堂々と言い放った。
「ナナちゃんは魔界から召喚されたんですよ。なにせその正体は歪持ちですから!」
一瞬その場が静まり返る。
皆がキョトンとした表情をしていた。
「ええええぇぇ~~!? このタイミングで!? ついさっきまで隠せって言ってたユリスがそれを言うの!?」
そしてナナが一番驚いていた。
そしてユリスの様子がおかしい事に気が付いた。顔がほのかに赤く、目が虚ろである。
「なんか魔界で言うラミアに魅了されたような状態になってるぅ~!? もしかして敵の攻撃!?」
「ありゃ? ユリスちゃんの飲んでるもの、こりゃ酒だな」
ただ酔っ払っているだけだった……
「ナナちゃん! こういう事はさっさと言ってしまった方がいいんです! 隠そうとするから変な誤解が生まれるんですよ!」
「さっきと言ってる事が全然違う~!?」
「みなさ~ん! ナナちゃんは歪持ちで~す。剣美さんでも敵いませんでした~。最強の幼女なんで~す」
「止めて~!! すっごい恥ずかしいから!!」
暴走するユリスに、もはやどう収集をつけていいのかわからなくなっていた。
ナナは恐る恐るみんなの顔をチラ見する。下手をしたらパニックになりかねない。拒絶されて暴言を吐かれるかもしれない。そんな展開が頭をよぎった。
しかしみんなの反応はそうではなかった。少し驚いているような感じで口を半開きにしているが、特に騒ぐ者は一人もいない。
「あ~……実はな、そうなんじゃないかって思ってたんだ」
モヒカン頭がそう言った。
「バレてたの?」
「ま、剣美の代わりに来て、あれだけの強さを見せられたら大体は予想できるっつーの。今一番ホットな話題だしな」
彼だけじゃなく、他の冒険者もウンウンと頷いていた。
「ナナちゃんは歪持ちなんて呼ばれてますが、とても優しい子なんれす! 今日の闘いで皆さんにはそれを証明できたはずれす!」
呂律の回っていないユリスがさっきからずっと演説していた。
そして、もうその場は最初の頃のようなにぎやかな空気に戻っていた。普通に冒険者が笑い合い、ナナやユリスに絡もうとする者が出て、誰も怖がる者などいなかった。
そんな空気に、ナナはホッとしていた。
本当は少しだけ怖かったのだ。みんなから避けられるのが……
怖がられて、危険視されるのが億劫だった。しかしそんな事にはならず、自分でも驚くほどホッとしていた。
酒に酔い気兼ねなく絡んでくる男達が最初は怖かったが、今では絆を感じられるほどに心地よかった。今この時、ナナは初めてクランのメンバーとしての仲間意識を感じていた。
「こら~!! ナナちゃんは私のものだから、勝手に手を出しちゃダメれす~!! しっしっ!!」
何が気に入らなかったのか、ユリスが急にナナの周囲にいる冒険者達を追い払い始めた。
「誰にも渡しませんから!! ナナちゃんを一番愛してあげられるのは私なんれす!!」
「何言ってるのユリス。誰か~、ユリスの状態異常を解除できる人いないの~!?」
しかし周りの男達はエキサイトするばかりだ。
しきりに、お似合いだ。だの、お幸せに。だの好き勝手言っている。
するとユリスがナナの首に両手を回して来た。
「私は、ナナちゃんと永遠の愛を誓いまふ……」
ちゅーっ……
「!?!?!?!!!?」
ナナに衝撃が走る。なんとユリスに唇を奪われていた。
いわゆるキスと言うやつであり、いわゆる口づけというやつでもあり、別名マウストゥマウスとも言うやつである。
「えへへ~、私、ナナちゃんとちゅーしちゃいました~♪」
おかしそうにユリスはケラケラと笑っているが、ナナの方はと言うと硬直したままであった。
心臓が高鳴り、頭がクラクラとして、一気に体中から汗が噴き出していた。
「う……うおー! なんか俺、興奮してきたー!!」
一部の冒険者も盛り上がっている。
だが、この場の誰よりも顔を真っ赤にして、頭から溶岩を噴き出しそうになるほどナナが困惑していた事は誰も知らないのであった……




