幼女はクランに参加する②
「アイントロフ大陸、到~着!!」
ナナが飛び跳ねて石畳を踏みしめる。
船の中で朝食を取り、お日様が真上に昇る前にアイントロフ大陸へと到着した。
ちなみに、船に乗るのが元々は剣美一人の予定だったため、朝食も、昨日の夜食も一人分なのをユリスと分けて食べる事となった訳だが、普段から自給自足のために量の多い食事をしている訳ではない。全く不満に感じる事はなかった。
「ではギルドに向かいましょう。ここから道に沿って歩けばすぐらしいです」
アイントロフ大陸に到着した船は、『港町ラクス』へと入る。ここの港町にあるギルドこそ、今回突然変異で現れた魔物の討伐を目的としたクラン結成の集合場所なのだ。
二人が少し歩くと、ギルドの建物はすぐに見つかった。意気揚々とナナは扉を押し開けて中へと入る。
中からはムワッと木造り特有の木の匂いと混じり、葉巻の臭いが広がっていた。それもそのはず、すでに中には二十名ほどの冒険者が待機していたのだ。
ナナとユリスがカウンターまで歩く間、周囲の男達はナナを凝視する。なんだか初めてドルンの街のギルドを訪れた時の記憶が蘇った。
そしてナナはカウンターの男性に、剣美から譲り受けた手紙を渡した。
「ここのクランに参加したいのだけど」
カウンターで直立する受付男性は怪訝そうな顔で手紙を受け取り、中身の確認を始めた。その時である。
「おいおい! 今クランに参加するっつったか?」
一人の男がナナに近付いてきた。
その男の髪はモヒカンで、色を真っ赤に染めている。その奇抜さはまるでニワトリだ。巨大ニワトリのトサカが背中にまで連なるように、彼の髪もまた、頭のてっぺんから背中に至るまでバランスの良い曲線を描いていた。
「ええ……そのつもりだけど……」
そう答えながらも、ナナは困惑していた。相手はまるで不良か、もしくは悪党だ。まさにそんな髪型であり、悪者顔だったのだ。
ナナの目的はあくまでも友達を作り、自分を理解してくれる人物を増やす事。果たしてこのモヒカンを友達として選んで良いものなのか、微妙な……いや、かなり際どいラインだった。
「ようよう! ここは子供の遊び場じゃねぇんだよ。怖~い魔物と戦うために集まってんの! さっさと家に帰ってママのお手伝いしてな!」
モヒカンの冷たい言葉をサラリと流しながら、ナナは周りを改めて見渡した。そして知ったのだ。周りにいる冒険者がみな、体の大きな男達で、クセの強い恰好だと言う事に。
顔面に刺青を入れている者。
口にも舌にも、いくつもピアスを通している者。
一度に葉巻を五本も加えて煙をモクモクとふかしている者。
友達を作ろうと入り込んだ空間だが、例えるならライオンの群れに飛び込んだ猫のような状態であった。
「ど、どこ? 同い年は? 女の子はどこなの?」
もちろんそんな相手はどこにもいない。当然と言えば当然である。しかし、浮かれていたナナはなぜか華やかなイメージを抱いていたせいで、そのギャップにショックを受けていた。
これも全て、拠点で子供達だけで暮らしていた弊害かもしれない……
「まぁ待てモヒーカーン。その子は要請書を持っていた。つまりはギルド側が実力を認めているって事なんじゃないか?」
そう言って、一人の若い男が歩み寄ってきた。
だが、その容姿にまたしてもナナは衝撃を受けた。なんと彼の髪は逆立っていたのだ。真っすぐ真上に向かって伸びている髪は、正に針のようである。その髪で敵に頭突きをすれば、普通に突き刺さるのではないかと思うほどとげとげしかった。
「まてまてハリー。こんなガキが実力者のわけねぇだろ。なぁどうなんだよ受付さんよぉ!」
モヒーカーンと呼ばれた男が、未だに手紙に目を通している受付にそう訊ねた。
「ふむ。この手紙は剣美様に贈られた物ですね。なぜキミ達がこの手紙を?」
「剣美は忙しいから、私が代理を頼まれたのよ。そしてこの子はユリス。私のサポートとして連れてきたわ」
するとハリーと呼ばれたツンツン頭の男が不思議そうな表情を浮かべた。
「剣美の代理? ちょっと待てお前ら。じゃあレベルはいくつなんだ?」
「レベル? そんなの私が知りたいわよ。だって私はレベルが計れな――」
ついポロっと言ってしまいそうになったナナの口をユリスが慌てて塞ぐ。
「ちょ!? ナナちゃん、レベルが計れない事は言わない方がいいですよ」
周りに聞こえないようにこっそりとユリスは耳打ちをした。
「あぁ~……私のレベルは大体5000よ」
仲間達が目測を立ててくれた数字をそのまま使う。
すると周りの冒険者達はシンと静まりかえった。
「ぷっ……」
誰かが息を吹き出す。
「だぁ~はっはっは! レベル5000? なんだそりゃ、剣美の五倍じゃねぇか。適当にもほどがあるだろ」
「おいおい嬢ちゃん、そのレベルはちょっとばかし盛り過ぎだぜ? 嘘がバレバレだぁ」
周囲の冒険者が一斉に笑い出した。
普段のナナであれば周りの反応に対して冷静にスルーも出来ただろう。けれど、自分想像と全く違う現実に戸惑いを感じていたナナは、周囲の空気に飲まれてほっぺを膨らませていた。
「嘘じゃないもん! 私剣美に勝ったもん!」
「そんなこと言われてもよぉ~。そもそもギルドには登録してるみてぇだが、お前のバッチ、それランク九級じゃね?」
モヒカンの男がナナの身に付けているバッチを指差してそう言った。
そう。ナナのギルドランクは九級である。歪持ちとしてギルドの使用を禁止されてから全く利用していないからだ。
「いいかチビッ子。俺達は今から突然変異で巨大化した魔物と戦わなくちゃいけねぇんだ。だからギルドランク一級や、最低でも二級の奴等を集めてんのさ。九級なんて初心者は足手まといなんだよ」
モヒカン男の決めつけたような態度に、ぐぬぬっ、と表情を歪ませるナナだったが、そんなナナを庇うようにユリスが前に立った。
「ナナちゃんが剣美さんから手紙を譲り受けたのは本当ですよ。でなければ、私達が手紙を持っている理由は説明できませんよね?」
落ち着いた様子で、愛想のよい笑顔でユリスは言った。
だが、そんなユリスの言葉を聞いてナナは察した。割と本気でユリスが怒っている事に。ナナが笑い者にされている事に腹を立て、ナナの代わりに口を出してくれたのだ。その事に気が付いたナナから怒りの感情が薄れていく。むしろ嬉しいと感じていた。
「それは……剣美から手紙を盗んだ……とか?」
「なら、あなたは剣美さんから何かを盗める自信があるんですか? あの人、全然隙なんてないと思いますけど?」
「うっ、それは……」
モヒカン男が言葉に詰まる。
その場の誰もが、ナナとユリスが手紙を持っている理由を説明できずにいた。
「まぁ待て、まずはキミのレベルも教えてくれないか?」
今度はツンツン頭のハリーがユリスに聞いた。
「私ですか? 私のレベルは25です」
それを聞いた冒険者の口が開きっぱなしとなった。唖然として声も出ない。
「レベル5000の次は25かよ。もう訳わかんねぇ」
モヒカン男がつまらなそうに呟く。
そんな時だった。
「キミ達のレベルなんかどうでもいい。つまり、剣美はこのクランに参加しないって事でごわすか?」
ドシンドシンと床を揺らしながら歩み寄ってきたのは、ブクブクに太った巨体の男性であった。
インパクトの強いその体型だが、目を引くのはそれだけではない。そんな太った体をスッポリと隠せるほどに大きな盾を背中に担いでいたのだ。
「そうよ。剣美は来れない。だから私達が代わりにきたのよ」
そうナナが答えると、太った男はあからさまにがっかりしたようなため息を吐いた。
「はぁ~……だったら、おいどんもクランに入るのを止めるでごわす」
そう言って、ギルドを出て行こうとする。
「おい待てよブータン。どうしたんだよ」
ハリーが必死に、ブータンと呼ぶ男を止めようとしていた。
「当然でごわす。おいどんは剣美が参加すると聞いていたからやってもいいと思ったんでごわす。突然変異なんて魔物、どれだけの強さかまるでわからない。当然この中で一番危険な役目は盾役のおいどんでごわすよ。剣美が参加しないのならおいどんも止めるでごわす!」
「おいおい! それじゃあまるで俺達が頼りねぇみてぇじゃねぇか!!」
「剣美の穴を埋めるだけの人材なんか、ここにはいないでごわす!」
モヒカン男とハリーが、ブータンと言い争いを始めた。
他の冒険者もどうしていいかわからずに、表情を曇らせていた。
その時。
「騒々しいぞ! 静かにできんのか!!」
扉の向こうからけたたましい怒号が聞こえ、冒険者一同が静まり返った。
「た、隊長だ……」
誰かがそう囁く。そして、その隊長という存在にナナは期待した!
隊長と言えばイケメンで冷静沈着、誰の声にも耳を傾ける優しい常識人。そんなイメージがあったのだ。叱りつけるような怒号ではあったが声が若々しかったため、そのイメージはさらに加速する。
奥の扉が静かに開いて、ついにその人物が顔を出した!
頭は見事なスキンヘッド。その頭部から首の辺りまで大きな傷痕を残し、サングラスをかけた上に無精髭を生やした男は、隊長と呼ぶよりも暴力団の若頭と呼んだ方がふさわしい。少なくともナナのイメージはあっさりと打ち砕かれたのだった。
「一体なんの騒ぎだ!!」
ドスの効いた声で隊長が叫ぶ。
「隊長……なんか剣美が来れないみてぇッス。そんでその代わりにこのチビッ子達が……」
モヒカン男が粛々と報告するように答えた。
「ふむ。剣美の代わりと言う事は、それなりの価値があるんだろう。おいお前達、一体どんな事ができる?」
「あ、私は回復魔法が使えますよ」
ユリスが真っ先にそう答えた。
周囲からは、「か、回復魔法だって!?」と、どよめきが起こる。
この世界では回復魔法を習得しようという者はあまりいない。
「本当ですよ。えっと、ブータンさんでしたっけ? あなた、手を怪我しているんじゃないですか?」
ユリスが太った男にそう聞いた。
「ん? まぁこんなでかい盾を常に握っているから、手のマメが潰れただけでごわすよ」
そう言って、手のひらを差し出して見せてくれた。
ユリスはその手をそっと優しく握ると、魔法を唱えた。
「ヒール……」
青白い光が手を包み、ブータンは突然手を握られた事に驚いた表情をしていた。しかし、手のひらが綺麗に回復すると、ブータンだけではなく、周囲からも驚きの声が上がる。
「す、すげぇ……なぁお嬢ちゃん、実は俺も午前中に狩りをしてて怪我をしたんだ。治してくれないか?」
「あ、俺も俺も!」
「じゃ、じゃあその次は俺な!!」
ワーワー!!
唐突にユリスの人気に火が付いた。
あっという間にユリスは冒険者に囲まれ、引っ張りだこになってしまった。
「ちょっと!? ユリスは私の友達なの!! 勝手に使わないでよ!!」
ユリスに群がる冒険者に圧迫され、ナナは弾かれてしまった。
急いで戻ろうとするも、ユリスはがっちりと囲まれて近付く事ができない。
「こらー! 私を無視するなー! も~!」
ユリスの人気と、ないがしろにされている事実が合わさり、ナナは構ってほしい子供のようにジタバタともがいていた。
「ええい! いい加減にしろぉ!!」
怒りによって二倍となった隊長の怒号が響き渡る。
「そろそろ時間だ! ブータン、今からクランを抜けるのは許さんぞ。ガキの遊びじゃねぇんだ! お目当ての相手がいないからって勝手に抜けるのは許さんぞ!」
「は、はいぃ!!」
姿勢を正して真っすぐに立つブータンが悲鳴をあげるような返事をする。
「いいかてめぇら、その元気を討伐で発揮して見せろ! 相手が巨大だろうとなんだろうと、気合で打ちのめせぇ!!」
「おおぉーー!!」
全員が一斉に声を張る。
まさに殴り込みをする前の声出しのようなけたたましさに、ナナは黙って耳を塞ぐのであった。




