幼女はクランに参加する①
「えっと……そもそもクランって何?」
そうナナがユリスに聞いた。
基本的にナナは、魔物の討伐を主な仕事とするギルド関係の言葉にはまだまだ疎い。ギルドランクが十級から九級に上がる程度には利用してお金を稼いだりもしたが、『歪持ち』だと発覚して仕事が請け負えなくなってからは全く利用していない。
ドルンの街の領主、ガルドフの暗殺を見事阻止して仲良くなった後、再びギルドをこっそりと利用出来るようにしてもらったのだが、それでもナナはそれ以上ギルドを利用しなかった。
なぜならば、ナナ達は奴隷解放を行う際にドルンの街の冒険者と一戦交えている。その事でナナは、ギルドの扉を潜る事を出来る限り避けようとしていた。むやみに相手を刺激する必要はない……と。
だが、実際にナナの想いと向こうの想いは全くすれ違っている。ドルンの街の冒険者は自分達の事を恨んでいるだろうと考えるナナだが、実際の所はむしろ恐れられていると言えた。
この街の冒険者でナナの名前を知らない者はいない。決して逆らうな。決して手を出すな。そんな、裏社会のボスのような存在として伝わっている事をナナは知らなかったりする。
「クランって言うのはですね、なんと言うか……目的達成のために集められる集団の事です。この手紙の件名からすると、討伐したい魔物がいるから協力して下さいって事ですね」
ユリスが簡単に説明をしてくれたが、ナナには剣美の考えている事が全く理解できなかった。
「ねぇ剣美。この手紙を渡しに来たって言ったけど、これ、あなた宛てに届けられた手紙じゃないの?」
「そうですわよ。だからこの仕事を、ナナさんに譲ろうって言っているんですわ」
未だに理解できない。剣美が何を考えているのかも分からなかった。
ナナはジト目で剣美を見ながら質問を続けた。
「譲るっていうか、面倒くさい仕事を私に押し付けているようにしか見えないんだけど?」
「まぁそう言わずに。手紙を最後まで読んでみて下さいな」
そう言われ、ナナは仕方なく手紙を読み始めた。
『拝啓、最近では段々と暖かくなり、おだやかな小春日和となりました。剣美様におかれましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。つきましては……』
ポーイ!!
文章の冒頭を読んだだけでナナは手紙を放り投げていた。
「読み難い!! 何書いてあるのか全然分からないんだけど!! 私どっかで聞いた事あるよ? 『難しい事を簡単に説明するのはとても大切な事だけど、逆に簡単な事をわざと難しく説明するのは自分の頭を良く見せたいと思ってるバカのする事だ』ってね!! もっと簡潔に教えて!!」
ぶん投げた手紙を拾いながら、こういった文章はナナにはまだ早かったかと剣美は苦笑していた。
「はいはい、簡単に説明しますわ。ここから南の大陸に、突然変異で巨大化した魔物が出現しましたの。目撃されただけでまだ被害は出ていないようですけれど、早々にクランを結成させて討伐に向かうようですわ。で、その参加要請をナナさんに譲ろうという話ですわ」
「それが理解できないのよねぇ。それに参加する事で私になんのメリットがあるの?」
ナナから見れば精々報酬が支払われる程度のメリットしか思いつかない。しかし、ここではほぼ全て自給自足で生活しているため、あまりお金を必要としていない。
「わかりませんの? このクランでナナさんが活躍すれば、それだけ歪持ちとしての汚名を返上させる事ができますのよ?」
「む……? まぁ確かに……」
「さらに仲間のピンチを救えば友情が芽生え、多くの友達を作る事もできますわ!」
「と、友達……?」
「友達の輪が広がれば、もはや有名人の域まで達するばかりか、救世主として語り継がれるかもしれませんわ!」
「やる! 私このクランに参加する!!」
ムフーと、興奮したようにやる気をたぎらせるナナを見て、単純だなぁと微笑ましく思う剣美とユリスであった。
「そう。ならちゃんと教えて差し上げますけど、その大陸の名前は『アイントロフ』。歪持ちに懸賞金を懸けて、ナナさんを討伐しようとしている王国がある大陸ですわ。まぁ、だからと言って入った瞬間に攻撃されるなんて事はありませんけど、出来るだけ自分が歪持ちだと言う事は伏せた方がいいでしょう。移動手段は、その手紙を見せれば船にタダで乗れますわ」
剣美から一通りの説明を受けて、ナナはすぐに準備を始めた。どうやら夕方の船でこの大陸を出て、明日の昼には到着するらしい。
ナナは拠点に住む子供達に全てを話し、トトラやフィーネに留守を頼んだ。
そして夕刻に拠点を出て、南東の船着き場へと足を運んだ。
「ふふ~ん。ナナちゃんとお出かけなんて、故郷を飛び出して以来ですね~♪」
夕日の見える船の上で潮風に当たりながら、ユリスがご機嫌な様子でそう言った。
ナナと一緒にクランに参加するためである。
「それにしても私がついて行って大丈夫でしょうか。討伐隊なんて強い人ばかりだと思いますが……」
「だってユリスがいないと、もしも空間系の能力を持った敵と戦う事になった時に怖いじゃない。私、空間系の能力使えないし」
ナナは以前、グラージュが攻めてきた際に閉じ込められた事を割と引きずっていた。
「あんな能力を使える敵なんて滅多にいないと思いますけど……けど感激です。私みたいな低レベルをナナちゃんが頼ってくれるだんて!」
「うん。私はユリスの事、結構頼りにしているわよ。絶対に私から離れないようにねっ」
そう言われたユリスは目をキラキラと輝かせ、感激に打ち震えていた。
「嬉しいです! もう絶対に離れませんよ!!」
ヒシッ!!
いつも通りと言うべきか、すぐナナに抱き付くユリスであった。
「ここでくっついてどうするの……離れなさいよ!」
引き剥がそうと押しのけるナナと、それでも抱き付こうと両手を広げるユリスを乗せて船は進む。こうして二人は、バルバラン大陸を出て、アイントロフ大陸へと向かった。




