幼女は頭を悩ませる①
突然ではあるが、ナナは鈍感である。
それはこれまでの間、彼女が友達という存在を一切作らなかった事に他ならない。……とは言え『作らせてもらえなかった』、という表現が正しい訳だが。
そんなナナは、会話によって相手の嘘を見抜く『コールドリーディング』という技術を身に付けている訳だが、それと相手の好意を理解するのとでは大違いのようであった。
まず相手の嘘を見抜くには、視線の動き、喋る速度、声の大きさ、トーンなどを考慮して微細な変化を感じ取って判断する必要がある。これはナナが魔界にいた頃、修行によって強引に頭に叩きこまれた知識であり、逆に言えば、相手の嘘を見抜くだけの情報しか学ばなかったのだ。
つまり、友達という存在を一切知らなかったナナにとって、どういう態度が自分に対する好意なのかが未だに分からない状態であった。
そして、そんな鈍感な彼女だからこそ、これから起こる出来事に頭を悩ませる羽目になるのであった……
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――ゴロゴロゴロゴロ……ドーン!!
けたたましい音が鳴り響き、それと同時に光が部屋に入り込む。そんな様子を、ナナはベッドで横になりながらボーっと眺めていた。
外ではまるで、岩を急斜面から転がしたようなカミナリが鳴り響き、少し間をあけて何かにぶつかった様な大きな音が断続的に続いている。
カミナリだけではなく雨も強く、小屋に雨粒が叩きつけられる音がしきりに響いていた。
そう、今夜はここ、バルバラン大陸全土に渡って嵐が通過中であった。
現在時刻は22時。こんな天気では修行どころの話ではないので、子供達は早々に寝床に就いていいる。しかしナナは眠る事が出来ずに、そんな嵐の音に耳を傾けていた。
ちなみに魔界では、しょっちゅうカミナリが鳴り響いているので、ナナにとってはむしろ懐かしい気分になっていたといえる。
そんな時だった。
――コンコン!
ナナの部屋にノックをする者が現れた。
「どうぞ~」
特に眠い訳でもないので招き入れると、入ってきたのはリリアラであった。
「あ、あの……ナナお姉ちゃん、その……」
自分の部屋で使っている枕を抱えて、リリアラはモジモジとしていた。
「どうじたの? 眠れない?」
「う、うん……だからね……一緒に寝ていい?」
申し訳なさそうで、且つ恥ずかしそうにそう聞いてきた。
「いいわよ。おいで~」
ナナがポンポンと隣を叩くと、リリアラは嬉しそうにベッドの中へと潜り込んで来た。猫のようにモゾモゾと毛布の中を進み、見事ナナの隣に顔を出す。
「もしかしてリリって、カミナリが苦手?」
「うん、一人だとちょっと怖いの……でも、隣にナナお姉ちゃんがいれば平気~」
ナナの腕をギュッと抱きしめて顔をすり寄せるリリアラに、ナナは愛おしさを感じていた。もはやナナにとってリリアラは本当の妹のような存在だと言っても過言ではない。
二人はベッドの中で会話をして時間を過ごす。しばらくすると、リリアラはスウスウと寝息を立て始めた。しかし眠っている状態でもナナの腕はしっかりと抱きしめて離さない辺りはリリアラらしいとも言える。
そんな静かになったリリアラを眺めていると、ナナの頭にはふと疑問が浮かんできた。
(あれ? なんでリリは私の部屋に来たのかしら?)
それはもちろん、リリアラがナナの事を慕っているからだ。しかし、ナナの思考には全く別の考えが浮かんでいた。
(カミナリが怖くて誰かと一緒にいたいのなら、まず間違いなくユリスを選ぶはず。だってユリスはすごく優しくてつい甘えてしまいたくなるような包容力があるもの)
ココの拠点で生活するにあたって、ユリスは子供達のお母さんのような役割となっている。誰にでも優しく、誰からも好かれていた。それ故に、ある意味でユリスがいなければここに住む子供達をまとめる事は難しかったかもしれない。
ナナはそんなユリスと自分を比べ、甘えるならば確実にユリスを選ぶはずだという認識に陥っていた。
そして考える。雨音と隣から聞こえる寝息に耳を貸しながらぼんやりと考えていたナナは、ある一つの結論に達した。
(も、もしかして……リリとユリスって仲が悪いのかしら!?)
衝撃であった。少なくともナナにとっては、それ以外にリリアラが自分の所に来る理由が思いつかなかったため、とてつもない戸惑いを感じ始めていた。
(ど、どど、どうしよう!? え? 何? ケンカ!? ケンカしてるの!? そういえば今日、二人が会話してるところ見てないわ!!)
混乱!!
今、ナナの頭の中では完全にリリアラとユリスの不仲説が浮上していた。
(わ、私がなんとかしなくちゃ!! 私がここに暮らそうって言いだしたんだし、みんなには仲のいい関係でいてほしい)
こうして様々な想いが錯綜する中、夜は更けていくのであった。
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「じゃあ今から、朝食の調達メンバーを決めるわね」
次の日の朝、昨日の嵐は過ぎ去った様でお日様がギラギラと輝いていた。
基本的に食事はその日の朝と夜に調達する事になっている。大きく分けると、魔物を討伐して肉を調達する係。魚を釣る係。野草や木の実を調達する係に分けられる。これによってバランスのいい食事を心がけているのだ。
「お肉係はトトラに任せるわね。子供達には無茶させちゃダメよ?」
「了解ッス! 私に任せるッスよ師匠!!」
魔物の肉を調達するという事で、当然の事ながらレベルの高いトトラに任せる事が多い。
さらに調達に向かう際には子供達三人を連れて行き、少しずつ教えていくのがここで生活するにあたっての絶対条件だ。
フレイムウルフと生活しているミオのように、いつでも一人で生きていけるだけの知識を身に付けさせる事を目的として教育している。
「今日は私が行きたい!」
「僕も僕も! ジャンケンで決めようぜ」
子供達が揉めていた。
さすが無邪気でやんちゃな子供と言うべきか、一番危険なお肉係が一番人気だった。
「魚係はフィーネに任せるわ。昨日の嵐で川が増水しているだろうから気を付けてね」
「はいよ~」
フィーネも魚を捕るための方法を教えるべく、子供達を選出する。
そして作戦はここからだと、ナナは目を光らせた。
「じゃあ次ね。野菜係は私とユリスとリリで行うわ」
「なんだよ。野菜はやけにメンバーが豪華だな」
フィーネがいち早く疑問を抱いていた。
「ほ、ほら、最近暖かくなってきたから森の中に生えている植物が変わりつつあるでしょ? 野草の区別は一番難しいから、少しくらい多めに編成しといた方がいいと思ったのよ」
「……ふーん」
特に深くツッコまれる事もなく、各自調達に取り掛かる事になった。
もちろんナナ達もすぐに行動をする予定だが、はっきりと言ってしまえば外で食べられる野草を探すのはそこまで必要な事では無い。ナナ達がここに最初の小屋を建てた次の日から、小屋のすぐ隣に畑を作って野菜を数種類育てているのだ。畑を作ってから早二ヶ月。すでに収穫できる野菜はいくつかあるのだった。
外で食べられる野草、木の実などを探すのはあくまでも念のため。昨夜の嵐のように、もしも畑が使えなくなってしまった時のための予備知識として頭に入れておこうという方針だ。
「じゃ、私は子供達に畑の知識を教えてるから、ユリスとリリは森に行って色々と探してきて」
「了解なの!!」
リリアラが元気よく返事をして、ユリスと一緒に森の方へと姿を消していく。
これこそがナナの作戦だ。ユリスとリリを二人きりにさせて、仲を良くさせる思惑であった。
あとは誰とでも仲良くなれるユリスに任せれば大丈夫だろうとナナは考えた。例えケンカしていたとしても、ユリスはそんなにいつまでも怒っているような性格ではない。
ナナは子供達を畑に連れて行き、手入れをしながらユリスとリリの帰りを待つことした。幸い、昨夜の嵐の影響はさほど無く、傷んだ野菜はそこまで多くはなかった。
そんな野菜の状態を確認している最中だった。
「ナナお姉ちゃ~ん」
出かけたはずのリリアラが戻ってきて、ナナの背中にボフンと抱き付いてきた。
「見て見て! 珍しいキノコを見つけたの!! これ、食べられるかなぁ?」
ナナは困惑した。ユリスと同じグループに入れたにも関わらず、こうして逃げ出すほど一緒にいたくないのだろうかと思った。
「リリ、そんな事私が分かる訳ないでしょ? 図鑑はユリスに持たせているんだから、そういう事はユリスに聞いて」
「え……? あ、うん……」
リリアラは人の感情を正確に読み取る能力を持っている。だからナナは感情を殺す。自分の気持ちを悟られないよう、感情を押し殺してユリスと会話するだけの時間を作れるように仕向けようとしていた。
「それに、今は食材の調達中でしょ? 遊んでちゃダメよ。私だって子供達に色々と教える事があるんだから邪魔しないで」
「ご、ごめんなの……」
想像以上にナナの反応が冷たい事にショックを受けたのか、リリアラは後ずさりながらこうべを垂らしていた。そしてそのままションボリとした様子で森へと戻っていく。
そんなリリアラを見てナナの心がチクりと痛む。けれど、これも全てユリスと仲良くなってもらうために必要な事だと割り切る事にした。
そしてナナは、子供達と一緒に畑の野菜を分別する作業を行う事にした。嵐でダメになった野菜と食べられる野菜に分けるのだ。……と言っても、別に売りに出す訳でもないので大抵は洗って食べるのだが。
と、そんな時だった。
「ナナお姉ちゃ~ん」
リリアラがまたしてもナナのそばに駆け寄ってきた。
「見て見て、見た事のない虫を見つけたの。暖かくなって出てきたのかなぁ?」
ナナは再び困惑した。先ほど注意したというのに、それでも自分の元へ寄ってくるほどまでにユリスとの仲が険悪なのかと衝撃を受けた。
「リリ、私は忙しいって言ったでしょ。ちゃんと森の植物を調べないとダメよ。ユリスに迷惑がかかるじゃない」
ナナとしてはもちろん、ユリスとリリアラが会話できる状況を増やす事で親密度を上げたかった。しかし、ふと振り向いてリリアラの顔を見てみると、そのあまりにも悲しそうな表情にギョッとした。
「わかったの……ごめんなさい……」
リリアラは今にも消えてしまいそうな声で謝ると、ガックリと肩を落として森へ戻っていった。そんな様子を唖然として見つめるナナは、本当にこれで良かったのかと頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。




