幼女はゲームで勝負する
「おじさん誰なの? ここに何の用?」
リリアラが一人の男性を目の前にして、そう問いただしていた。
「俺の名はラセツ。賞金首の歪持ちと勝負しに参った!!」
ラセツと名乗る男性は、とても巨漢であった。その身の丈はリリアラの二倍近くもあり、二人並ぶと巨人と小人のようだ。
頭にはハチマキを巻いて、武道着を着ているが胸元は開け、そこから筋骨隆々とした体つきが嫌でも目に入る。
ここは拠点からおよそ60メートル離れた荒野と森のちょうど境目。ナナが気配を察知する前にリリアラが様子を見に来た次第であった。
「ん~……わかったの。ちょっとだけここで待ってて」
そう言って、リリアラは木の枝に魔法で伸ばした鞭を絡ませると、まるでターザンのように飛び移って移動していった。
少なくとも見た目が強そうで、自分一人の手には負えないと判断したのだ。
――そして約3分後。
「あなたが私と戦いたいっていう挑戦者ね」
リリアラはナナを連れて戻ってきた。しかしそれだけではない。そんなナナの闘いを一目見たいと、他の子供達が木の上に群がっていた。
それはさながら、下界に興味を持つ猿のようである。
そんなふうに子供達から見られる中、ナナはラセツを一瞥する。決して弱くはないが、はっきりと言ってしまえば寝ていたとしても攻撃を避けられる自信があった。
「お前が歪持ちか。その首、この俺が貰い受ける!!」
ラセツはナナが返事をする前に、戦いの構えを取る。
「止めておいた方がいいわよ。見た所、あなたはパワー系でしょ? 私、スピードには自信があるから相性が抜群に良いのよね」
「確かに。どんな攻撃も当たらなければ意味がない……だが逆に言えば、一撃でも当てる事ができればその小さな体を粉砕する事が出来ると言う事だ!!」
(いやだから、その一撃を私に当てる事が無理だって言ってるんだけどなぁ……)
とは言え、相手がどんな技や奥の手を持っているかわからない以上、油断してはならないのも事実。さて、どう相手をしたものかと考えるナナだったが、一ついいアイディアを思いついた。
「そうだ。それなら私とゲームで勝負しない?」
「ゲーム……だと?」
「ルールは簡単よ。私ね、結界を使えるの。あなたのパワーで私の結界を壊す事ができたらあなたの勝ち。壊せなければ私の勝ち。これでどう?」
するとラセツは肩を震わせて笑い始めた。
「クックック……面白い。けどそんな俺に有利なルールでいいのか? 俺は攻撃力なら誰にも負けない自信があるぞ?」
「あら、私も自分の結界には結構自信があるのよ?」
そしてナナは手を前に伸ばし、空中の何かを掴み取るように拳を握る。
――「インストール、サキュバス!!」
そしてそのまま手を真横に振り払った。すると七色の光の膜がナナを覆う。
「これが私自慢の結界よ。さ、どこからでも攻撃してきてどうぞ?」
「ふっ、まぁそう焦るな。これを見ろ!」
ラセツは自分の腕を見せつけるように二本並べた。相手の攻撃をガードするようなポーズである。
「俺の腕、左の方が太いだろ? なんでだと思う?」
ラセツの言う通り、左腕の方が筋肉が付いており、異様に太かった。
「左腕だけずっと鍛えてんだよ。食事をする時も、風呂に入る時も、寝ている時でさえギプスを付けて鍛え続けている。そう、利き腕と逆の腕なら常にフリーな状態になっているからな。これによって俺は渾身の左ストレートを決める事ができるって訳さ」
シュッと、ラセツはその左腕を前に突き出して見せる。
「俺の左腕は人間の筋力を最高値まで高めたと言っても過言ではない。フライパンってあるだろ? 調理器具のやつだ。俺はあのフライパンを、左腕で捻じ曲げる事ができるのさ」
ドヤ! とした表情でラセツはにやける。
「つまり、お前のその自慢の結界とやらが鉄以上の強度でなければ、俺の拳はいとも簡単に貫通するだろう」
「はぁ……多分大丈夫だと思うから、早く攻撃したら?」
前振りが長いなぁ、などと思いながら、ナナは適当に返事を返していた。
「わかった。その自信、俺が木っ端微塵に粉砕してやろう!! いくぞぉ!!」
ラセツが拳を振りかざす。そして、ザッと足を地面に踏み込み、体を捻りながら渾身の左ストレートを結界に打ち込んだ!!
――ポヨン!
しかしラセツの拳はあっさりと跳ね返されてしまった。まるでゴムに弾かれたかのように、ラセツ自身も後ずさりをしていた。
「クックック……ハーッハッハッハ!!」
だが、ラセツは笑い始めた。顔を手で覆いながら大笑いをしている。
「なるほどなるほど、そうこなくちゃ面白くない。いいだろう。俺の必殺技を見せてやる」
するとラセツはブツブツと呪文を詠唱し始める。
「これが俺の会得した究極の筋力強化魔法。『ハイマッスル・ストレングス!!』」
ムキムキムムキ!!
ラセツの体が膨れ上がった。筋肉が爆発的に膨れ上がり、その膨らんだ体のせいで身長は3メートルを超えるほどに肥大化している。
「今の俺の腕力は人間の限界を超えている。最高に鍛え上げた肉体に、最高の強化魔法を合せる事で、今まで誰も到達できなかった究極の力を手に入れたのさ。お前、この世界で一番固い鉱石は何か知っているか?」
「さぁ? 私のいた魔界では人間が持ち込んだダイヤモンドだったけど?」
チッチッチ! と、ラセツは人差し指を揺らす。
「オリハルコン。それがこの世界で最も固い金属だと言われている。そして俺は、そのオリハルコンですら拳で砕く事ができるのさ」
するとラセツはノッシノッシと歩き始めた。ナナの左側に盛り上がる岩石の前まで移動した。
「証拠を見せてやろう。オリハルコンですら砕く俺にかかれば、こんな岩石なんてもはや粘土みたいなもんなんだぜ?」
ラセツはその岩石に指を突っ込んだ。そして本当に粘土を掴み取るように、握力だけで岩を抉り取った。
それだけではない、抉り取った岩の塊を思い切り握ると、サラサラと細かい砂の粒子となって風に飛ばされていく。彼にとって岩の硬さなど、もはや粘土どころかプリンのような強度なのかもしれない。
「これで分かっただろう。俺の力が。悪い事は言わない、この勝負は俺の勝ちにしてくれ。そうでないと俺はお前を潰してしまうかもしれない」
「潰す?」
「そうだ。俺が結界ぶち抜いた時、その勢いを止められずにお前を巻き込んで潰してしまうかもしれない。それは俺としても不本意だからな」
前振りが長いなぁ……などと再度思いながら、ナナは答える。
「言ったでしょ? 私だってこの結界に自信を持ってる。いいから早くきなさいよ」
「ふっ、ならやらせてもらおう。だが勢い余ってペシャンコになってもしらんからな!!」
そう言って、ラセツはズンズンと走り出した。
ナナの小さな体を覆う結界は、ラセツから見れば小さいようで、モグラを叩くように拳を振り下ろした。
「喰らえええええぇぇぇ!!」
――ポヨン!
しかしラセツの攻撃は跳ね返された。先ほどと同じように、弾かれた体は後ずさりをしていた。
「オーケーオーケー本気を出そう。少し甘く見過ぎていたようだ」
手のひらを前に突き出し、目を瞑って首を振りながら、まだ本気は出していないんだとアピールするラセツ。
「仕方がない。出来るならこいつは使いたく無かったが、このままでは引き下がれないからな。俺の奥の手を見せてやろう」
むん! と、ラセツは力みだした。足を開き、腰を低くして、両腕を顔の前まで持ってくる。
体を小刻みに振るわせて、血管が浮かび上がるほど力を溜めると、その体に変化が表れた。
なんとラセツの体全体からオーラが沸き上がってきたのだ。
「へぇ~、あなた、気功術が使えるのね」
気功術。それは体内の生命エネルギーである『気』を自在に操る技術である。体全体を覆い防御力を高めたり、拳に集めて攻撃力を増加させる事もできる。
どうやらラセツは後者のようで、全身に湧き上がる気を全て左の拳に集め、光り輝く拳を作り上げていた。
「これが俺の奥の手だ。気功術を使う事によって、さらに俺の攻撃力を増加させる事に成功した。しかもこの技はヤバいぜ? 今、俺の左の拳に集めた気は、いわば爆弾さ。殴りつける衝撃が強ければ強いほど炸裂する威力が高くなるように出来てる。つまり、極限を超えた俺の肉体で殴りつけると、とてつもない爆発が前方に広がるのさ」
ニヤリと、ラセツは不気味な笑みを浮かべていた。
「クックック。どれくらいの威力なのか気になるだろう? 俺もこの技がどれほどの威力なのか確認するために、誰もいない山で試したことがある。あれは切り立った崖の前だった。山のふもとではあるが、そこは断崖絶壁で、すぐにでも上から崩れてきそうな場所でよ、俺はその崖に向かってこの技を全力でぶつけてみたのさ。その結果、どうなったと思う?」
「……いや、知らないし……」
ラセツは勿体ぶるような口調で、ナナの反応を楽しんでいるかのようだった。
「山、消えたぜ?」
そして驚いてほしそうな表情でナナを見つめる。
「……へぇ~。やるじゃない」
「だろ? 多分この技を街の中で使ったとしたらよ、街一つ消滅するぜ? いやマジで! 冗談抜きで!!」
「あ、うん……」
前振りが長いなぁ……などと、またまた思いながらナナは適当に返事をしていた。
「だから出来れば使いたくはねぇのさ。ここで使ったら、お前達のアジトどころか、木の上から観戦している子供達まで巻き込むかもしれねぇからな」
「う~ん。まぁ大丈夫だと思うから、さっさと攻撃していいわよ?」
ナナの言葉に若干戸惑いの表情を見せるラセツ。だがすぐに、憐れむような顔でため息を吐き、やれやれと首を振っていた。
「わかった。そこまで言うのなら俺も全力で行くぜ? さぁ、覚悟は良いか! これがラストアタックだ!!」
ドシンドシンとラセツが走り出す。そして助走を付けた勢いで大きく跳び上がる。そのままナナの結界目がけて拳を振り下ろした!
「喰らえぇぇ!! 奥義、『ビッグバンストライクゥゥゥ!!』」
黄金に輝く拳に落下速度を加え、今、渾身の一撃を結界に叩きこんだ!!
――ポヨン。
だがラセツの拳は簡単に弾き返されてしまった。
そのまま軽く後方に飛ばされたラセツは、ドテッと尻餅をつく。その拍子に左手で地面に触れると、ボコッと小さな穴が開いた。
……ラセツの山をも吹き飛ばす究極の一撃は、こうして体を支えるために地面を少し陥没させるだけて終わってしまった。
「さ、これで終わりかしら? なら私の勝ちね」
自分の金髪を人差し指でクルクルといじりながら、ナナがそう告げる。
さすがにこの結果はラセツも予想外だったようで、現実を受け止めきれずに放心していた。
「世界は……広いな。まさかここまで歯が立たないとは……」
「ま、その世界を超えて私は召喚されてきたんだけどね」
ジョークでもなんでもない。正に別の世界からきた未知なる力を持つ存在。それをラセツはようやく実感したようで、もはや笑うしかないと言うような乾いた笑いを浮かべていた。
「ははは、確かにその通りだ。俺もレベルが900を超えたせいで、少し天狗になっていたようだな」
思っていた以上のレベルの高さに、ナナは素直に驚いた。
確かに、山を吹き飛ばすほどの技を持っているのなら、それなりのレベルであってもおかしくない。
「また修行を一からやり直すよ。また攻撃力をあげる技を身に付けたその時は、また今のゲームを試させてくれ」
そう言ってラセツは去っていく。そんなラセツの後ろ姿を見ながら、ナナは思っていた。
(私の結界に三度も触れて、その本質に気付かないようではまだまだね)
――サキュバスの結界。
それは、魔界では下位種族のサキュバスが作り出した結界である。
魔界の長い歴史の中で、サキュバスとヴァンピールは仲が悪かった。なぜならば、食事のための獲物が被るからだ。けれど、魔界を統一したナナの遠いご先祖様はサキュバスと仲が良く、それがきっかけとなり関係は激変する事となる。
サキュバスはヴァンピールに血を提供して、ヴァンピールはサキュバスに精気を提供する。そうする事で、二つの種族は互いに循環する術を得たのだ。
そしてある日、サキュバスは自分の能力について考えた。
元々サキュバスが使える能力とは、相手を金縛りにして動けなくする魔法と、精気を吸う際に快楽を与えて魅了する能力。だが、ヴァンピールが精気を提供してくれる関係となった今、もう金縛りの魔法は必要ないと言う事に気が付いたのだ。
――そう、必要なのは守る力。大切な人を……仲間や友達を怪我させないための力!
サキュバスは、この金縛りの魔法を組み変えて、新しく結界の能力を生み出した。
それが『サキュバスの結界』だ。
だが実のところ、この結界は結界に非ず。いや、入る事を拒むための空間を結界と呼ぶのであればそうなのだろう。
原理はこうだ。敵が結界を壊そうとして、攻撃を仕掛ける際に結界に触れると、触れた物体の慣性がゼロになるという特性を持つ。
慣性というのは、動いている物体は動き続ける、という法則だから、それをゼロにするため触れた物体は強制的に止まる事となる。これが慣性を固定させる金縛りを組み変えた部分であった。
そして次に、結界に触れて止まった物体は、外に弾かれるという力が発動する。慣性が無くなり、完全に動きが止まった状態なので、押し出す力が加わると簡単に戻されてしまうのだ。
だから相手は攻撃を仕掛けても、結界に触れた瞬間に体全体の動きが強制的に止まる事となり、止まった状態から後ろに押し出されるため、まるでゴムに跳ね返されたような感覚となってしまうのだ。
実のところ、ナナもこの結界の原理を完全に理解している訳ではない。とりあえず、攻撃力が高いからと言って貫通できるような原理ではないとだけ理解していた。
こうして、ナナは挑戦者を撃退する。
すると野次馬をしていた子供達が集まって、目を輝かせながら今の闘いでの質問をしていた。
そんな中でナナは、サキュバスの結界ではなく、ヘカトンケイルによる力比べをした方が面白かったのかな? などと考えるのだった。




