幼女は敵を迎え撃つ➂
「お待たせしました。ガルドフ様がぜひ面会したいとおっしゃっていますので、案内いたします。どうぞこちらへ」
すぐにメイドが戻ってきて、中へ招き入れてくれた。
ナナとフィーネはメイドについて行き、まるで田舎者のように館の中をキョロキョロと見渡す。基本的に石造りな構造で、白い壁と赤い絨毯が色のバランスを丁度良く保っていた。
壁には絵画が、通路の端には壺などの芸術品が飾られており、二人はせわしなく目移りしていた。
「こちらです。すでにガルドフ様がお待ちしていますので、どうか失礼のないようにお願いします」
メイドがビクビクとした口調でそう言った。
子供に、しかも危険視されている歪持ちにこんなセリフを使うだなんて思っても見なかった事なのだろう。
そんなメイドの気持ちを察しながら、ナナは部屋のドアを開け、中へ入った。
応接室らしきその部屋の中央に、テーブルとソファーが設置されており、そこには初老の男性が静かに座っていた。その隣にはボディガードとして雇われているであろう筋肉質な冒険者が真っすぐに立っている。
ナナとフィーネが部屋に入ると、白髪混じりの初老の男性は立ち上がり、ナナに向き合った。
「ようこそ。儂がこの街の領主、ガルドフだ。よろしく」
「よろしく領主さん。私はナナ。こっちは付き添いのフィーネよ」
二人は初めに軽く挨拶を交わす。
この時のガルドフは義務的に挨拶をこなすだけで、あまり友好的とは言えない雰囲気であった。
「ふむ。キミが噂の歪持ち……思っていたよりも幼いな……」
「私は元の世界で修行ばかりさせられてきたわ。そのせいで食事はロクに取らせてもらえなかった。多分それが原因で、普通よりも体格は小さいのかも……」
ナナの体格は一歳年下のフィーネとほぼ同じくらいだ。そのフィーネも貧しい村の出身なので、普通の人から見れば二人はかなり幼く見えるのかもしれない。
「これは失礼をした。いやはや、先日この街の奴隷を全て盗み出した首謀者が、歪持ちだと噂されていてね。本当にこんな小さい子供が犯人だとしたら、こちらとしては腸が煮えくり返る思いなのだよ」
ガルドフの目つきが鋭くなる。地の底から響くような低い声で、その怒りが感じ取れるほどであった。
「あら、私はこの街の可哀そうな子供を助けようとしただけよ? 私のいた世界じゃ、実力が全てだったから」
押し返す! 凄味のあるガルドフの言葉をナナは淡々とした口調で返していた。
そんなナナの態度に、ガルドフの護衛を務める冒険者が腰の剣に手をかけた。同じようにフィーネも拳を構え、低く唸りながら相手を睨みつける。
その場は今にも争いが起きそうな、一触即発な雰囲気であった。
「ふ……ふはははははっ! はーっはっはっは!!」
そんな中、ガルドフが高らかに笑い出した。
「なるほど、歪持ちと呼ばれているだけあって中々肝が据わっている。すまなかったな。お嬢ちゃんを少しばかり試したかっただけなんだ」
そう言って、剣を抜こうとする冒険者を下がらせる。それを見て、ナナもフィーネをなだめるのだった。
雰囲気が少し良くなったところで、ガルドフは二人をソファーに座らせてから、自分も向かい合わせにソファーへ腰を沈める。今、ようやく本格的な話し合いが始まろうとしていた。
「それでナナ君、儂が命を狙われているという事らしいが、どういう事なのかね?」
ここでナナはガルドフに最初から説明を始める。
一時間ほど前に、この街で時が止められた事。
自分はその止められた世界で動く事が出来る事。
この館の近くで動く影を見た事。
ガルドフはナナの話を聞きながら、顎に手を当てて難しい顔をしていた。
「なるほど。言いたい事はわかった。けれどやはり実感が沸かないな。何か儂にも認識できるような事があればよいのだが……」
「大丈夫よ。それを確認するために訪ねたんだもの。実はね、一般人でも時間を止められたっていう事実を認識できる、とある現象があるの。ねぇ領主さん、時が止まった世界ってどんな世界だと思う?」
確認を取る前に、ナナはそんな事を聞き始めた。
「う~む……いや、想像もできないな。どんな世界なのかね?」
「じゃあヒントをあげる。時が止まるとね、空気も動かなくなって固まっちゃうの」
ナナはクイズを出すような感覚で少しずつ説明をしていった。
「と言う事は、時を止めた犯人は呼吸が出来なくなり、息を止めている間しかその能力を使えない、と言う事かね?」
「あはは。面白い発想だけど違うわ。私達のような時間を止めた世界でも動ける者はね、ある程度その世界に干渉する事が出来るの。周囲の空気を吸って呼吸もできるし、ドアを開け閉めする事も出来る」
ガルドフは真剣な表情で考え込んでいた。それは未知の世界に対する興味なのかもしれない。
「けどね、結局周りの空気は固まっている。つまり、時を止めた世界って音が響かないのよ。無音の世界になるって事ね。だから気配を読もうとしても全く読む事は出来なくなる」
気配を読むのに必要なのは、音を聞き分ける事。周囲の空気の変動を肌で感じる事。空気に漏れた相手の感情を感じ取る事である。故に、時が止まった世界ではそれら全てがわからなくなってしまうため、相手の気配を読む事は出来なくなるのだ。
「どう? 私の言いたい事がまだわからない? 時を止めた世界で動き回ってから時間を動かすとね、その時に立てた音が一気に鳴り響くって現象が起こるのよ」
そんなナナの説明を聞いたガルドフは、ハッとしたような表情を見せた。
「あっ! あった! 確か一時間ほど前に、儂が自室で仕事をしていた時、突然ドアが閉まる音や足音が鳴り響いて驚いた事があった! けどドアは全く動いていないし、誰も部屋にはいない。おかしな現象だと思っていたんだ!」
「確定ね。多分犯人は、あなたを殺す寸前までいっていたんだと思う」
そう言って、ナナは立ち上がった。
「最初から説明するとこうね。まず犯人はこのドルンの街に来た時点で時間を止めた。そうしてターゲットである領主さんの家まで移動をする。この館に堂々と正面から入り、領主さんの部屋へ入った」
説明をしながらナナは、この応接室の扉を開け、ガルドフの正面まで歩いていく。
「犯人の誤算は、この時私が街にいた事ね。この辺で動く影を見た私は遅くなりながらもこの館を調べ始めた。時を止めた世界で自分以外に動く人物がいる事に気が付いた犯人は、領主さんを目の前にしながらも、慌てて部屋から逃げ出した」
そう言ってナナは、わざとドタバタと足音を立てながら、先ほど開けたドアを勢いよく閉める。
「そうして身を隠せる場所に潜り込んだ犯人は時間を元に戻す。すると領主さんの部屋ではドアを勢いよく閉める音や足音が鳴り響く。ほとぼりが冷めるまで身を隠していた犯人は、時間止めの能力の関係かどうかは知らないけど、一旦計画を中止して、別の場所で計画を練り直しているってところね」
ナナの推測を最後まで聞いていたガルドフが、ソファーにもたれ掛かって大きく息を吐いた。ようやく自分が狙われた事を実感したのだ。
そして、そのままポツリと呟いた。
「そういえば聞いたことがある。どんなに優秀な冒険者を揃えて守りを固めても、誰にも気づかれずにターゲットを殺す事が出来る最強の暗殺者がいるという噂を。そしてその人物は以前、武道大会で四獣を圧倒的な強さで瞬殺した三鬼だという噂だ」
三鬼。それはこことは別の大陸で行われている武道大会に参加した、とある人物を差す呼称だ。
その大会で優勝した人物は、その国の王様が従える四獣への挑戦権を獲得する。そして、四獣のメンバーから一人を指名して戦い、勝つ事が出来ればそのメンバーと入れ替わり、自分が四獣の一員となる事ができるというシステムだ。
しかしその大会は賞金などは一切出ないという。あくまでも得られるのは名誉のみ。三鬼とは、その事に後から気が付いた参加者が例え四獣に勝つ事が出来たとしても、四獣と交代をすることなく大会を去った人物だ。そして、その大会を去った人物は大金で他の国の王様が引き取っていると言う噂もある。
これらは全て、元四獣であったトトラからの情報である。
「そこで相談なんだけど、領主さん、私を雇わない? 私なら時を止めた世界でも動けるし、守ってあげる事ができるわよ」
そうナナが提案した。
「むぅ……何を企んでいる? 金か? それとも儂を助けたという実績か?」
「そうね、一つだけ頼みを聞いてもらえるのなら、この街の奴隷制度を廃止してほしいわね。私もそうだけど、私の仲間がこの街の奴隷制度をすごく嫌ってるの」
それを聞いたガルドフは頭を抱えた。そしてそのまま肩を震わせて笑い始めた。
「クックック……これで儂は詰んだという事か。キミの提案を断れば儂は三鬼に殺される。提案を受ければ奴隷制度を廃止しなくてはならない上に、歪持ちと手を組んだことになり、周囲の国から危険視される」
諦めにも似た笑いをこぼすガルドフに、ナナはパタパタと手を振った。
「あ、別に奴隷制度は廃止しなくても、私はあなたの事を助けるつもりだから気にしなくてもいいわよ?」
ナナのそんな正気を疑うような発言に、ガルドフは驚きを隠せなかった。
「な、何!? だがそれだとキミは無償で儂を助ける事になるのだぞ? 何を考えているのだ?」
「いや別に……目の前に殺されそうな人がいたから、助けてあげようと思っただけだけど? 私、歪持ちなんて呼ばれてるけど、普通に人助けとかするからね?」
「し、しかし奴隷制度を廃止してほしいんじゃないのかね?」
「うん。してくれたら助かるけど、別に嫌なら廃止しなくてもいいわよ? だってそういう可哀そうな子供が増えたら、また盗んで私の拠点に連れて行けばいいんだもの」
ガルドフは言葉を失っていた。だが、ニシシッといたずらっぽい笑みを浮かべるナナを見て、またしても笑いが込み上げていた。
「くっはっはっは!! こりゃ参った! こうも気持ちが良いくらいに堂々と宣言されては敵わんわい! いいだろう。そろそろ潮時だったし、助けてくれたら奴隷制度は廃止しよう」
「あらいいの? 私、政治的な理由とかよくわからないし興味もないけど、領主さん的には大事なことなんじゃないの?」
「ふっ。そんな事もないさ。元々この街の奴隷制度は他の国からよく思われていなかった。キミが奴隷を根こそぎ盗んで行ったあと、その勢いに乗るように他の国から非難されてね、ここらが限界だったのだよ。儂を暗殺するという今回の件も、恐らくはこの奴隷制度が原因だろう。快く思っていない者は少なくないらしいからな」
ナナにはよくわからなかった。難しい話なんてわからないし興味もない。文句があるなら戦って勝った方の言う事を聞けばいいとさえ思っている。それがナナが育った魔界流だからだ。けれど、この世界ではそういう訳にもいかないのはわかっていた。
だから、訊ねる。
「領主さんはどうして奴隷制度を作ったの?」
「元々この大陸では親が子供を捨てる事が多かった。ただそれをなんとかしたかっただけだよ。けれど、理想と現実はどうやら食い違うらしい。子供の教育のためと決めたルールは都合の言いように解釈され、子供を養うためと作った制度は、逆に売られる子供の数を増やす結果となった。結局私は、子供達に何もしてやれなかったわけだ」
「……もしも奴隷制度を廃止して、行き場のない子供が出てきたら私に相談すればいいわ。私、ここから北の大地に子供達だけの村を作ろうとさえ思ってるからね」
ニッと、真っ白い歯を見せて笑みを浮かべるナナをみて、ガルドフは肩をすくめた。
自分にできない事を他人に任せるのは卑怯だろうか? 無責任だろうか?
ガルドフはそう思ってはいない。むしろプライドばかりを気にして誰かの力を借りようとしないのは愚かな事だと思っていた。故に、『歪持ち』と危険視されている相手だろうと、協力する事で良い結果が得られるのなら、それは十分組むに値する。
それどころかナナのポテンシャルを考えると、お互いに協力関係を築いた方が何かと効果的だという結論にガルドフは至っていた。
「ナナ君。もしもこの事件から儂を守ってくれたのなら、儂はキミに出来る限り協力する事を約束しよう」
かくして、信頼と評価を賭けたナナの護衛任務が開始するのであった。




