幼女は敵を迎え撃つ②
「フィーネ、あなたの足でドルンの街までどれだけかかる?」
「30分……いや、こっからなら20分かな?」
「わかったわ。あなたのペースでいいから出来るだけ急いでね」
ナナが本気を出せば、フィーネを背負った状態でも10分もかからずに街に到着する。にもかかわらず、なぜそれをしないのか……
と、当の本人であるフィーネは不思議に思っていた。
そもそも一緒に着いて来いと言われた理由すらよくわからない。
フィーネには分からない事だらけだった。
「なぁナナ。こんな危険を冒すよりも、ナナが拠点を守って剣美をドルンの街へ行かせればよかったんじゃねぇか?」
一つずつ、疑問に思う事を聞いていく。
「それでもいいけど……まぁ、ちょっと腹黒い理由よ。ユリスは私の事を危険な存在なんかじゃないって証明しようとしている。だから私もそれに協力しようとしているの。街で犯人が事件を起こす前に捕まえれば、少しはみんなの見る目が変わるはずでしょ?」
「なるほどな。じゃあ急いでるのに、私の足に合わせてるのはなんでだよ?」
走るペースを変えずに、フィーネが次の質問をする。
「……できるだけ体力を温存したいから」
「……疲れてんのか?」
「……まぁね」
フィーネにとって意外であった。剣美との闘いでは特に怪我をした様子はない。今だって息切れを起こしている訳でもない。どこら辺が疲れているのかわからなかった。
「じゃあなんで私を連れてきたんだ? 私は時間を止められたら動けねーぞ?」
「わかってるわよ。別にフィーネに戦闘を期待している訳じゃない」
「……」
ショックであった。フィーネにとってこれまで修行してきたのは、全てナナのためだ。
ナナの力になりたくて……
ナナに頼ってもらいたくて……
ナナの言いつけを守れるだけの強さが欲しくて……
一日14時間、毎日修行をこなしてきた。
それでもまだ、ナナには期待されていない。それが凄く悔しくて、ショックであった。
「ああごめん、言い方がまずかったわね。フィーネの事は信頼してるわよ? そんなフィーネにしか頼めない事があるの」
「……はいはい。期待できない私は、何をすればいいんだよ」
フィーネがいじけてしまった。心なしか、ドルンの街へ向かうその脚も遅くなった気がする。
「真面目な話、次の闘いで私は動けなくなるかもしれない。もしそうなったら、フィーネは私を回収して全力で逃げて欲しいの」
フィーネの表情が、膨れっ面から驚きへと変わっていった。
「う、動けなくなるってどういう意味だよ……?」
「確かに私は時間を止めた世界でも動く事ができる。けどね、それには制限時間があるの。ライカンスロープの力を借りている上に、転身は体そのものが別の物へと変化する。私の元の体には二重に負荷が掛かる事になって、その分動けるだけの時間が限られてくるの。今日はすでに二回も転身を使っているから、次で三回目。正直、あとどれだけの時間、転身を維持していられるかわからないのよ」
フィーネは理解した。だからさっきナナは、体力を温存したいと言ったのだ。
すでにナナの体にはそれなりの負荷が掛かっている。それでも、これからまた転身を使って戦うのであれば、そんなナナを支える相方が必要になるかもしれないのだ。
「相手がどれだけ時間止めの能力を使いこなせるかわからない。下手をすると、私を助けるよりもフィーネは一人逃げた方がいい場合もあるかもしれないわ。その辺の判断はフィーネに任せるし、私も文句は言わない。……けど――」
この時のナナを、フィーネは一生忘れないかもしれない。
ナナは、無理を承知でお願いをするように両手を合わせていた。
「出来るだけ、私を見捨てないでほしい……かな?」
フィーネにとって、初めてナナに頼られた気がした。
そんなフィーネが返す言葉なんてものは決まっている。
「見捨てるわけねーだろ!! 時を止められようが何されようが、私は絶対ナナを置いて逃げたりしねーよ!! そもそも相手がどれだけ能力を使いこなせるのか分からないって事は、逆に言えばどんな状況でも逃げられる可能性があるって事だ! 私は最後まで諦めたりしねーからな!!」
それを聞いて、ナナは嬉しそうに笑っていた。
「やっぱりフィーネに付いて来てもらって正解だった。私、フィーネの事、一番信頼してるから」
ドキン、とフィーネの胸が高鳴った。
期待されていないなんて全くの誤解だった。ナナはずっとフィーネの頑張りをその目で見てきたのだ。信頼していない訳が無い。それを今、初めて言葉にしてもらう事で、フィーネはこれ以上にない幸福感を感じていた。
「べ、別に私じゃなくても逃げる奴なんかいねーよ……みんなナナの事を慕ってんだし……」
必死に平常心を装うが、今のフィーネは頭から湯気が吹き出しそうなほどに真っ赤になっていた。
「え~? でもフィーネは特に頑張ってくれそうなイメージあるわ」
「そ、そんな事ないって……っていうか、勝てばいいんだよ! ぜってー負けんなよ!!」
フィーネに激励を飛ばされながら、ナナはドルンの街へと急ぐのであった。
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「ゼェゼェ……ところで……犯人を捜すアテはあるのか……? ゼェゼェ……」
約20分走り続け、二人はドルンの街へ到着していた。
しかしフィーネはすでにバテ気味である。
「も~。ハイペースで走ってるのにおしゃべりなんかしてるから……」
「こんな唐突に連れて来られたら色々聞きたい事があるに決まってんだろ……」
本当に疲れているのかと疑いたくなるほど、ナナは息切れすらしていなかった。
「まぁ私について来て。目星なら大体ついてるから」
そう言ってナナは先頭を歩く。フィーネはフラフラとナナの後ろを着いて行った。
ナナはC地区へと入り、一つの大きな建物の前までやってきた。この街の領主の館である。
「私が人影を見た場所よ。多分犯人は、私じゃなくて領主を狙ったんじゃないかしら。確信はないけどね」
そして扉の前に立ちノックをしようとするが、何かためらったように行動出来ずにいた。
「こんなに家が広いとノックの音が聞こえないんじゃないかしら?」
ドアの中央には、獣が輪っかを加えているデザインのオブジェが取り付けられている。この輪っかをドアに叩きつける事で大きな音を出す仕組みなのだが、初めて見たナナにはただの飾りにしか見えなかった。
「わかった! これ修行の一環なんだよ! 『この俺を呼びだしたいなら、聞こえるくらいの大きな音をだしてみろ』、って言う意味なんじゃね? 私にやらせてよ」
困惑するナナと変わってフィーネが扉の前に立つ。
フィーネは奴隷として売られたが、初めて買ってくれたのがナナであるため、このような大きな館に住んだ事は無かった。
「いくぞぉ……」
足を開き、右腕を引いて構えを取る。
「せっ!!」
ドオオォォン!!
フィーネの渾身の一撃が決まり、丸太を叩きつけたような快音が響く。
「で~りゃりゃりゃりゃりゃ!!」
ドコドコドコドコドコドコドコドコ!!
さらに扉を連続で殴りつける!!
フィーネの腕が何本にも見えるほどの残像を残し、扉を殴りまくる!!
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」
ドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコ!!
まるでマシンガンをフルオートで撃ちまくるような連撃に、家の中だけでなくご近所さんの耳にも届きそうな爆音が轟いていた。
「うおりゃあああああ!! ナナ、このままこの扉壊していいか!?」
「……いや、ダメでしょ……」
完全に止めるタイミングを失い、ナナにも制御できなくなったフィーネの猛攻が続く。
その時だった!
「ど、どちら様ですか~!?」
家の中から女性の声が聞こえてきた。
それによってフィーネの攻撃が止まり、額の汗をビッと拭い飛ばした。
「よし! 私の勝ちだな!!」
「いや、勝負じゃないから……」
まさかフィーネのツッコミを担当する事になるとは、流石のナナも予想外であった。
「えっと……盗賊さんですか? ギルドから冒険者さん呼びますよ?」
「ごめんなさいごめんなさい!! そうじゃないんです領主さんに用事があったんです!!」
ナナがフィーネを押しのけて、必死に扉の前で言い繕う。
子供の声を聞いたからだろう。扉の向こう側の女性はガチャリと扉を開けてくれた。
「……あら?」
扉を開けてくれたのはメイドの格好をした若い女性であった。しかし、扉を叩いた相手が小さな子供の二人組だと分かった途端、その表情は困惑へと変わっていった。
ここでナナは考える。どう説明すべきかを……
まさか時間を止められた事を話しても、すぐには信じてもらえないだろう。正直な話、どう説明すべきかは深く考えていなかった。
「えっと、領主さんにちょっと用事があって、話がしたいんだけど」
とりあえず無難にそう切り出してみた。
「ガルドフ様は現在仕事中よ。遊ぶのなら別の場所で遊んでね」
メイドは子供のイタズラだと思い込み、扉を閉めようとしていた。
ナナは慌てて足を滑り込ませて、扉を閉められないように固定する。
「待って! これはイタズラでも冗談でもない。私達は重大な話をしに来たの。私達の言葉を軽く取らないで!」
「じゃあ、その話って何? 私が承るから」
メイドとしては当然の受け答えであると言える。なので、ナナは仕方なく腹を割って話す事にした。
「領主さんは誰かに命を狙われている可能性がある。その事で話を聞きたいのよ」
「はぁ? なんであなた達が、ガルドフ様が命を狙われているってわかるの?」
時間を止めた犯人がこの館の近くをうろついていた、なんて話は信じてもらえないだろう。ナナは取りあえず安否の確認だけでも取ろうと考えた。
「ねぇ、領主さんって今、ちゃんと生きてる?」
「生きてるに決まっているでしょ!?」
「ちゃんと見たかって聞いているの! 今から一時間以内に姿を見た?」
「見たわよ! ついさっき紅茶を出して来たわ」
ちゃんと生きているようだ。取りあえずナナはホッと胸をなで下ろす。
だが、メイドの態度は相変わらず冷たいものであった。
「これでもういいでしょ? 帰ってちょうだい!」
そんな風にナナを追い返そうというメイドの態度に、フィーネは我慢の限界に達しようとしていた。
「なぁナナ、やっぱ扉壊そうぜ? このままじゃラチがあかねぇよ」
ナナの言葉を親身になって受け取ろうとしないメイドの態度に、フィーネのイライラが募りに募って握り拳を作っていた。
しかし、本当に扉を壊そうものなら話を聞いてもらうどころではなくなってしまう。ナナは仕方なく、最後の手段を使う事を決めた。
「なら領主さんにこう伝えてちょうだい。私の名前はナナ。この世界を混沌に陥れる『歪持ち』の召喚獣が話をしたいってね。あなたもこの街に住んでいるのなら話くらい聞いたことがあるでしょう?」
するとメイドはナナの顔を覗き込むように見つめると、次第に青ざめていった。
「そ、そう言えば歪持ちの召喚獣は幼女の姿をしているって噂が……え? 本物?」
「証拠が見たいなら見せてあげるわよ」
そう言って、ナナは一旦扉から離れると近くに建っている石像の隣まで歩いて行った。
――「インストール、ヘカトンケイル!!」
怪力を誇る巨人族の遺伝子を掴み取り、自分に組み込む。そうして過去の偉人であろう人物の石像を片手で持ち上げた。
「これでもまだ信じられない? こっちはやろうと思えば強引に入れるのを、わざわざこの世界のルールに従って丁寧にお願いしているのよ? なんて言ったかしら? 勝手に入室禁止罪?」
「不法入国罪じゃね?」
不法侵入をフィーネと語りながら、石像を指の力だけでクルクルと回すナナを見て、メイドは慌てた口調で二人の間に割って入った。
「わ、わかりました! 今確認してきますので、少しの間お待ちください!」
口調まで礼儀正しくなったメイドはバタバタと館の奥へと走っていく。
ナナは石像を元の位置に戻しながら、メイドが戻ってくるのを待つのであった。




