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幼女の異世界転移録  作者:
奴隷解放編
19/64

幼女は奴隷を解放する④

「ナナ様。子供達を連れて参りました」


 A地区から街の外へ出た茂みの中、ミオはナナと合流を果たしていた。

 ここに子供達を集めて、一斉に拠点へと連れて行く予定であった。

 ミオについて来た子供達は、当然ナナとは面識がない。いきなり見知らぬ人物に預けられ少し怯えた様子であったが、一緒にいたユリスが優しく、笑顔で状況を説明すると、段々と落ち着きを取り戻していった。


「ではナナ様、私はもう一度D地区に行ってまいります。一度には全ての奴隷を集めきれませんでしたので」


 すでにどの家に奴隷が住んでいるか、それは調査済みだった。何度もリリアラとこの街を訪れて、感情を読み取る能力で外から奴隷を探し当てる。それを繰り返しておおよそ集める奴隷の数は把握していた。


「ミオ、分かっていると思うけど、変な考えを起こすんじゃないわよ? 今は奴隷を集める事だけを考えて」

「……」


 ナナはミオの表情から、何か思いつめているような感じを受けた。


「わかっています。ではまたここで!」


 そう言ってミオは再びドルンの街へと入っていく。

 そんな様子を見つめながら、ナナは重いため息を吐いた。


「はぁ~。あの子大丈夫かしら? 結構ビックリするような行動を取ったりするのよねぇ……」


 ナナは思い出す。ミオが自傷行為を行っていた頃の事を。だが今は、そんなミオを信じて待つしかないのであった。

――「ミオちゃんは街の北側。C地区からD地区、A地区へと向かって下さい。D地区にはその……貴族の豪邸とかが多くて、うまく気配を消して奴隷と接触できる人が最適なので、ミオちゃんにやってもらいたいんですが……昔の事を思い出すようなら無理にとは言いません」


 ミオはユリスの作戦通りD地区へと入っていく。

 小さな体に、身の丈ほどの石槍を肩に担ぎながら、その足取りには迷いは無く、とある豪邸に無断で足を踏み入れた。


(ユリス様、心遣い感謝します。……けれどここからはもう、私自身の問題です!)


 ズカズカと緑の多い庭を抜け、豪邸に入るための大きな扉の前までやってきた。そこで肩に担ぐ石槍を振りかざすと、扉目がけて振り下ろす。扉は粉砕して錠が外れ、ボロボロになった扉の破片を蹴破った。


「今の音はなに!?」


 奥から恰幅かっぷくのいい貴婦人が慌てながら飛び出して来た。


「お久しぶりですご主人様。私を覚えておいでですか?」


 ミオは笑顔のままそう言い放つ。


「…………ミオ?」


 そう。この豪邸は以前、ミオが住んでいた場所であった。正確に言うならば、ミオが奴隷として連れて来られ、毎日のように暴力を振るわれた場所であった。


「覚えていてくれて光栄です。今日ここへ来たのはなんて事はありません。ご主人様を殺しに来たのでございます」


 そう言って、手にもつ槍を思い切り振るう。

 死神が鎌を振るうような、風を切る音が不気味に響いた。


「私を殺しに……? 奴隷風情が! バーディ、何してんだい! 早く来な!!」


 若干焦りながらそう叫ぶと、一室から大男が顔を出した。

 以前にミオを助ける時にナナがぶん殴った事がある、この家と契約している冒険者だ。


「お久しぶりです。バーディ様」

「ううん? おめぇ誰だ?」


 のっしのっしと歩いてきたバーディは、ミオの事を完全に忘れているようだった。


「そうですか……そうですね。バーディ様はいつもそうでした。私が暴力を受けて助けてほしい時に目が合っても、いつも自分は関係ないという顔で無視していましたね……」

「あ~? おめぇもしかして、前にここにいた奴隷か?」


 ようやく思い出したのか、はたまた話の流れからか、何とはなしに理解したようであった。


「バーディ!! いつまでくっちゃべってるんだい! そいつは私の事を殺すとか言ってるんだよ! 早く外へ摘まみ出しな!!」


 バーディは短く返事をすると、ミオ目がけてドスンドスンと突進してきた。2メートル以上ある巨体で襲い掛かる姿はかなりの迫力がある。

 ミオは一目散に外へ逃げ、バーディは玄関に立て掛けてあった棍棒を手に追いかけていく。家の主である中年女性も、バーディの後ろから着いて行った。


「ではこうする事にしましょう。私が負けたら好きにして構いません。ですがもし私が勝った時にはご主人様を殺させてもらいます」


 そう言ってミオは、綺麗に手入れされている庭木に姿を隠してしまった。


「隠れても無駄なんだなぁ!!」


 ミオが隠れたその庭木を、バーディが棍棒で薙ぎ払う!

 凄まじい力で庭木がへし折れ、宙を舞う。しかしそこにミオの姿はすでに無かった。


「むぅ!? ここか!? こっちかぁ!?」


 周りの隠れられそうな茂みを手当たり次第に棍棒で薙ぎ払っていく。しかしどこにもミオの姿はない。バーディは完全にミオの姿を見失い、錯乱状態になっていた。

 ミオの気配断ちはもはや達人の域に達している。人間恐怖症の拒絶反応持ちである事から、ナナは徹底的に隠れる事と逃げる事だけを特化させてきた。その上フレイムウルフと共存して、大自然で生きるためにこの能力をさらに磨いた結果、感情を押し殺し周囲と同化。音も無く動き、風の流れるままに移動して空気の変動をわからなくするという神業を会得していた。


――カサカサ……


 バーディの背後から芝を踏みしめる音が聞こえた。


「そこだあああぁぁ!!」


 振り向き様に棍棒を振るう。


「ぐへあ!?」


 棍棒で殴りつけられたのはバーディの雇い主である貴婦人だった。


「ああ!? 奥様!? オラなんて事を……」


 真っ青になりうろたえるバーディ。

 ミオが貴婦人を後ろから押し、バーディにけしかけたのだった。

 慌てて主の元へ駆け寄ろうとするバーディだったが……

 プスリ!

 一瞬の動揺をミオが見逃すはずもなく、いつの間にか背後から石槍を体に突き刺していた。


「なぁ!?」


 チクりとした鈍い痛みに驚いて、背後のミオに棍棒を振るう。しかしその時にはすでにミオは距離を開けていた。

 その手に持つ石槍には一枚の葉っぱが突き刺さっている。


「これはイカズチ草でございます。こうして武器に刺しておくだけで毒が染み渡り、傷口から入り込むんですよ」

「ど、毒ぅ!?」


 焦るバーディが急いでミオを捕まえようと走り出す。しかし毒の効果はすぐに表れた。次第に足が動かなくなり、ついにその場へ倒れ込んだ。


「毒と言っても体を痺れさせるだけで死にはしませんよ。けれどカミナリに打たれた時のような痺れが継続するのでしばらくは動けません。これで私の勝ちでございますね」


 そう言ってミオはバーディの横をスタスタと通り過ぎ、元主人である貴婦人のそばへやってきた。その中年女性はバーディに殴られた衝撃で鼻血を出し、地面をのたうち回っていた。

 ミオはそんな貴婦人の背中を踏みつけ、強引に大人しくさせる。


「さぁ約束でございます。その命、もらいますよ」

「ひ、ひぃぃ~……助けて! お願いだから殺さないで!」


 バタバタと暴れる貴婦人の顔を、石槍でペシペシと叩く。


「あなたは奴隷だった私が止めてと泣き叫んだ時、止めてくれましたか? 止めてくれませんでしたよね? 自分だけ助かろうだなんて都合が良すぎですよ」


 そう言ってミオは石槍を振り上げる。


「い、いやああああ!? もうあんなことは二度としないから!! 心を入れ替えるから!! だから助けてぇ!!」


 貴婦人が泣き喚く。ジタバタと必死にもがく。

 そんな様子を見るミオは実のところ、心に迷いがあった。

 ユリスの作戦では、決して誰かを殺してはならないとされている。それでも今、ミオがこの中年女性を殺そうとしているのはただの私怨である。さんざん暴力を振るわれた事はもちろん、その体に拒絶反応と言う恐怖心を植え付けられて、これによってナナやユリス、他のみんなに迷惑をかけてきた。ミオにとってはそれが何よりも許せなかったのだ。

 許せない! 許せるはずがない! だが、だからと言ってユリスの作戦を無視して人を殺してしまえば、それは一線を超える事になる。

 命の恩人であり、新たな主人であるナナとユリスへの裏切り。そして人殺しとして、もう二度と皆の前で同じような笑顔は見せられない気がした。

 だから迷う。振りかざした石槍を降ろす事が出来ない。いっその事、最後まで見苦しく言い訳でもしてくれればためらう事無く殺せのかもしれない。


「私を助けてくれた今のご主人様はとても立派な人ですよ。あなたとは大違いです。そう、あなたをここで殺すのは、今後私のような不幸な子供を出さないためでございます。あなたのようなクズが死ねば、それこそこの街が平和に近付くというもの」


 ミオは煽る。いっその事、逆ギレしてくれたり、ナナやユリスを侮辱してくれればその腕は制御できずに貴婦人の頭を叩き割るだろう。だが――


「ごめんなさいごめんなさい! 私が悪かったから……お願いします助けて下さい……」


 口から出るのは後悔と謝罪の言葉だけ。それがミオの心をいっそう惑わせた。

 けれど、ここまでやっておいて何もしないで帰る訳にもいかないのも事実であった。

 そんな時だった。


「ワンワン!!」


 一匹の犬がミオの足元に駆け寄ってきた。しきりに吠え立てている。


「ああ、そう言えば犬を一匹飼っていましたね。確か名前は……アレク様。覚えていますよ。私が散々殴られるほど機嫌の悪い時でも、アレク様だけには優しく接していましたね。あの優しさを少しでも私に向けてもらえないのかと、非常に羨ましく思っていました」


 同じ人間ではなく、なぜ犬の方が優しくされるのか……

 当時のミオには理解できなかった。その時のやるせなさが蘇り、ミオの瞳から光が消えた。


「そうですね。残されるのも可哀そうでございます。ご主人様を殺した後に、アレク様も殺してあげましょう。二人で揃って逝けば本望というものでしょう」


 ミオは光の消えたその瞳でペットのアレクを見下ろした。


「いやあああ! やめてええええ!!」


 貴婦人が最後の力を振り絞ってか、踏みつけているミオの足を跳ね除けてアレクに抱き付いた。


「この子だけは……どうかこの子だけは許してあげて……」


 自分の体でアレクを庇うように、強く抱きしめながら背中を向けていた。

 貴婦人の肩から顔を覗かせるアレクがミオを見つめる。その瞳は明らかに、もの言いたげな表情だった。

 ミオは動物の表情から意思疎通ができる能力を持っている。そんなアレクの表情は、確かにミオの事を覚えているのだった。もう吠える事はせずに、ただじっと瞳で訴えかけている。「許してあげて欲しい」と……

 そんなアレクの表情が、またミオの心を惑わせる。それでもミオは再度その手に持つ槍を振り上げた。ここまできて引く訳にはいかない。もう戻れない。進むしかない。そう自分に言い聞かせ、思い切って石槍を振り下ろした!

 その瞬間に脳裏をよぎる様々な出来事。それはまるで走馬燈だ。仲間達と過ごした色々な日々が、ミオの天秤をグラリと傾けた。


 ――ドガッ!!


 鈍い音が辺りに響く。

 振り下ろされた槍は、貴婦人のすぐ真横の地面を抉っていた。

 最後の最後で、ミオの私怨と仲間への想いで揺れる天秤は仲間の方へと傾いていた。これまで通り、みんなと一緒に修行をしたかった。笑い合いたかった。そして……主人に忠義を尽くしたかった。そんな想いを一時の私怨で壊されるなど片腹痛い。それをわからせてくれたのは、皮肉にもペットアレクだったのかもしれない。

 はぁ、とミオはため息を吐いて槍を肩に担ぐ。


「わかりました。今回はアレク様に免じて見逃してあげましょう。けど、もしも次に生かしておく価値が無いと判断したその時は、遠慮なくぶっ殺しますよ♪」


 笑顔でミオは言い放つ。そして、そのまま足音も立てずにその場から走り去って行った。

 後に残された貴婦人は脱力して、しばらくの間その場で放心していた。そんな主人の顔を、アレクはペロペロと舐めるのであった。

「ナナ様。D地区の回収予定だった奴隷は全て集めました」


 ミオはその気配を消す能力をフルに使い、作戦を見事遂行していた。

 一緒について来た奴隷の子供達は、すぐにユリスのそばに集められ、説明を受ける事になった。

 そんな中、ナナはミオの微細な変化に気が付いた。


「どうしたのミオ。なんだか浮かない顔をしているわね?」

「……はい。私は私怨に駆られて、ユリス様の言いつけを破るところでした」


 ミオはどこかホッとしたような、でも顔を上げる事は出来ないような感じであった。


「あの、ナナ様。私はここに居ていいのでしょうか? いつか大きな間違いを犯してしまいそうで、怖いです……」


 そんな事を言うミオの頭を、ナナは優しく撫でる。


「当たり前でしょ。 いいミオ、あなたはずっと私達のそばに仕えなさい。一生ついて来るのよ! わかった?」


 その言葉に、ミオは胸がいっぱいになるような想いを感じながらひざまずく。


「は、はい!! よろしくお願いします、ご主人様!!」


 嬉しくて嬉しくて涙が溢れる。零れる涙は地面に染みを作っていた。

 ミオに必要なのは対等な関係ではない。しっかりと導いていてくれる主が必要だった。そしてその事をミオ自身も痛感しながら、より一層ナナとユリスに忠義を尽くそうと心に誓うのであった。

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